サッカーのビデオ判定は成功するのか!? バイエルン戦、フランクフルト戦、ミラン戦から読み解く
2017-18シーズンからドイツ、イタリア、ベルギー、ポルトガル、アメリカなど、世界16カ国のリーグやカップ戦で、『ビデオ判定』の試験導入が始まった。
特に注目度が高いのは、ブンデスリーガとセリエAだろう。開幕節でもいくつかの判定が修正された。
しかし、そのルールや手順はあまり周知されておらず、混乱を招く部分が多いようだ。そこで両リーグの開幕節で起きたシーンを振り返りつつ、サッカーにおけるビデオ判定の仕組みを知っておきたい。
バイエルン対レヴァークーゼン、レヴァンドフスキの例
ブンデスリーガ開幕節のバイエルン対レヴァークーゼン。後半6分にレヴァンドフスキがペナルティーエリア内で倒されたとき、ボールが直接絡まない位置だったため、主審は見逃したが、ビデオ判定によってPKが与えられた。
まずは基本の“き”。ビデオ判定が使用される対象シーンは、試合結果を左右する明らかな間違い(あるいは重大な見逃し)のみ。具体的には以下の4つの場面だ。
●ゴール
●PK
●一発退場(警告は含まない)
●人間違い(誤った選手に対する退場、警告)
レヴァンドフスキのシーンは、PKが見逃された場面なので、ビデオ判定の対象となる。
また、修正される判定内容は、“明らかな間違い”(重大な見逃し)と定義されているのもポイントだ。
明らかな間違いとは、選手、監督、メディア、ファンなど、誰が見ても議論の余地がほとんどなく、同意できるもの。映像を見て瞬時にわかること。このように定義されている。
レヴァンドフスキは明らかに腕で引き倒されていた。相手にはイエローカードが提示されている。誰でも映像を1回見れば、すぐにわかる“明らかな”シーンだ。逆に、見た人によって意見が分かれるような主観的なシーンは対象ではない。
ビデオ判定の目的は、正しい判定を要求することではなく、明らかな間違いを防ぐこと。そもそもサッカーの判定は主観的である場合が多く、“正しい判定”という考え方は、ときにナンセンスだ。“自分にとって正しい判定”を迫る風潮が強くなると、試合中に主審が悩み、フィールド上でモニターチェックに走る回数が増え、消費される時間がどんどん長くなるかもしれない。
ビデオ判定は、正しい判定をするのではなく、明らかな間違いを防ぐ。これは判定のスピード面でも重要だ。個人的に、この原則が理解されることは、サッカーのビデオ判定の成否を分ける“肝”と考えている。
主審の『チェック』と『モニター』
次に、主審の所作に注目してみよう。レヴァンドフスキが倒されてから約10秒後、ボールがタッチラインを割った。ここで主審は耳に指を当て、もう片方の手のひらでスローインの再開を制している。この耳に指を当てる仕草を『チェックサイン』と呼ぶ。
サッカーのルールでは、プレーが切れた後に再開されると、それ以前には一切戻れない。すべての判定が確定し、流れていく。これはビデオ判定が無くても同じことだ。主審が副審や追加副審の助けを借りて、判定を修正するときも、やはりその機会は次のプレーが再開するまでに限られる。
『チェックサイン』は、主審がVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)から情報を受け取るために、「再開を待ってくれ」と選手や観客に状況を伝えるサインとなる。覚えておくといいかもしれない。
そして、約30秒のレビューが終わり、主審は手で大きく長方形を描いた。これを『モニターサイン』と呼び、ビデオ判定によって判定が修正される(見逃した判定が行われる)ことを示す。これがなければ、主審は判定を修正できない。そして、PKの判定を下した。
ちなみに、主審のチェックサインは、VARとコミュニケーションを取る合図にもなる。選手や監督はそれを妨げてはいけない。執拗な抗議によってスムーズなビデオ判定を妨害したり、あるいは『モニターサイン』を自ら示してビデオ判定を要求する行為には、イエローカードが出される。これは選手や監督が覚えておかなければいけない。
もちろん、観客はこのような情報を知っている人ばかりではないので、ビデオ判定の運用については、少なくともレビューが行われていることを伝えるメッセージを、競技場のスクリーンに表示することが推奨されている。
また、設備的な話をするなら、ブンデスリーガでは開幕節の3試合でビデオ判定システムがうまく運用できなかったようだ。その辺りの設備、システムに関する話は、こちらで詳しく書いているので、参照してほしい。
フライブルク対フランクフルト、ゴール取り消しの例
フライブルク対フランクフルトの前半17分には、長谷部誠に入れ替わって飛び出したニーダーレヒナーの折り返しから、ゴールが決まった。しかし、ビデオ判定によってニーダーレヒナーの飛び出しはオフサイドと判定され、ゴールは取り消された。
単純なオフサイドの見逃しなら、ビデオ判定の対象にはならない。しかし、この場面はそのままゴールが決まったため、上記4つの場面に該当し、ビデオ判定が行われた。
身体半分が出ている程度で、タイミングは微妙だが、関係している選手は長谷部とニーダーレヒナーのみ。ボールが出た瞬間の静止画にしてしまえば、わかりやすいシーンだった。30~40秒程度で判定が修正されたので、待たされたストレスはそれほど大きくはない。
クロトーネ対ミラン、カードの色の変更
最後に、セリエA開幕節のクロトーネ対ミランから。
前半3分、ペナルティーエリアへ飛び出したFWクトローネのシュートを、DFチェッケリーニが妨害。主審は笛を吹いてPKの判定を下し、合わせてチェッケリーニに対するイエローカードを提示した。
クロトーネの選手は抗議に行ったが、それだけでなく、ミランのボヌッチやムサッキオも抗議に行っている。おそらく、決定機であったため、阻止したチェッケリーニがレッドカードではないかと主張したと思われる。
主審は抗議に来る両チームの選手に囲まれ、VARとの対話がしづらい状況だったが、『モニターサイン』を出して選手を遠ざけた。そして1分後、メインスタンド側に置かれたモニターの元へ。VARからのインカムを通した説明だけでは判断できない場合、自らの目で映像を確認する方法だ。
映像を確認した主審は、ピッチに走って戻りながら、モニターサインを示す。そしてチェッケリーニにレッドカードを提示した。
これはビデオ判定ではなく、通常のルールの話だが、決定機をファールで阻止した場合、それが正当なチャレンジによるファールだった場合は、“PK&退場&出場停止処分”の三重罰を避けるため、イエローカードを示す規約になっている。
ところが、DFチェッケリーニは足を出しただけでなく、その前に腕を使って、FWクトローネを引き倒していた。これは正当なチャレンジとは認められない。イエローカードではなく、レッドカードによる三重罰が妥当であり、ビデオ判定によって修正された。
結果的にはボヌッチらの抗議が実ったように見えるが、それは間違った認識だ。主審はVARの助言を聞いているだけで、ボヌッチらの抗議はVARに届いていない。すべての場面はVARにチェックされており、もはや抗議をする意味はない。
流れの遮断は、感情の遮断
ただし、レヴァンドフスキ、ニーダーレヒナーのケースに比べると、やや複雑だったせいか、主審が直接モニターを確認に行った。そのため、判定にかかった時間は約2分。これをどう捉えるか。
試合が始まって、わずか2分でPK。それだけでも天を仰ぐ有様なのに、ビデオ判定で2分も待たされ、その挙句にイエローカードがレッドカードに変更。試合が終わってしまった。果たして、観客は楽しめたのだろうか。
もちろん、判定内容に問題はない。ただ、やはり、この中断の長さは興ざめする。ライブで見て、そう感じた。
サッカーのビデオ判定のいちばん大きな問題点は、“試合の流れが切れること”と言われている。競技にはそれぞれ失ってはならない本質がある。ただ、“流れ”ではピンと来ない人がいるかもしれない。
感情だ。流れとは、感情である。
得点シーンでワーッと感情が盛り上がったとき、あるいはPKシーンで絶望したとき。その感情がさらに爆発するのか、あるいは時の流れに癒やされるのか。サッカーはさまざまな感情が入り混じり、時間と共に流れて行く。
しかし、そこにビデオ判定の中断が入ると、どうなるのか。
選手が執拗に抗議している時間とか、誰かがケガをしている時間とか、あるいは犬や人がピッチに乱入したときでさえ、そこには怒り、悲しみ、何らかの感情が存在する。試合の一部と感じられるアクシデントだ。
だが、ビデオ判定によって中断される時間は違う。本当に単なる待ち時間で、感情が遮断される。ゴールをぬか喜びした後、2分後に同じ熱で、喜び直すことが可能だろうか。ロースコアのサッカーにおいて、最も盛り上がる「ゴール!!」の興奮に、2分もの判定時間で水を差されることを軽くは考えられない。中断は40秒が限界だろうと、個人的な感覚は持っている。
ちなみに、ビデオ判定はテクニカルな成果だけでなく、マーケティング面の分析も行われている。ビデオ判定が導入されたことで、スタジアムの熱は下がるのか、上がるのか。あるいはテレビ視聴者の熱は上がるのか、下がるのか。その分析はベルギーのルーヴァン・カトリック大学に一任されている。スタジアムはともかく、視聴者の熱をどうやって計るのか。その方法はよくわからないが、パブのボリュームを計測するのか、あるいはSNSを分析するのかもしれない。上記の中断に関する感覚は私個人のものだが、その点も客観的な統計データが作られることになる。
クロトーネ対ミランに話を戻すと、判定に時間がかかったのは、主審がモニターチェックに走るからだろう。それほど複雑なシーンとは思わないが、とはいえ主審がモニターチェックをしたいと感じる時点で、”明らかな場面”には該当しない。ならば、この場面はビデオ判定の対象としなくてもいいのではないか。主審の直接チェックは保険に過ぎず、基本的にインカムの会話のみで済ませるくらいスムーズに判定できれば、試合の中断が短くなり、受け入れやすい。そのためには「ビデオ判定は正しい判定をするのではなく、明らかな間違いを防ぐため」という認識が浸透することが必須だろう。
ビデオ判定のベースとなる哲学では、「すべてにおいて100%の正確性を求めるものではない。サッカーの本質を為す流れや感情を壊してはならない」と記載されている。つまり、すべての判定が都合良く修正されるわけではない。この認識が進めば、主審をモニターチェックに走らせるプレッシャーが軽減し、スムーズなビデオ判定が実現するのではないか。
ビデオ判定の試験導入について、正式な結論は2018年3月に出される。ずいぶん早い結論だが、ロシアワールドカップに間に合わせたいのだろう。もう少し試験期間を長く取ったほうがいいと思うが、さて、どうなるか。