トランプ対ロンドン市長の壮絶バトル、IQテストで決着だ?
泥沼の舌戦
英国の統一地方選でロンドン市長に選ばれたムスリム(イスラム教徒)の「バス運転手の息子」労働党サディク・カーン(45)が、「ムスリムの入国禁止」を訴えて米大統領選の共和党予備選で指名獲得を確実にした不動産王ドナルド・トランプ(69)と泥沼の舌戦を繰り広げています。
カーン氏の両親はパキスタン系移民で、非白人、ムスリムのロンドン市長は初めてです。欧州連合(EU)加盟国の首都でも初のムスリム市長だったため、ニュースは世界を駆け巡りました。その一方でカーンVSトランプの論争はさらに大きな波紋を広げています。「イエス・ウイ・カーン(米大統領オバマのYes We Canのもじり)」が勝つのか、それとも言いたい放題の傲慢トランプが勝つのでしょうか。まずトランプの「ムスリム入国禁止」発言から振り返ってみましょう。
昨年11月、トランプ発言
「私は確実にそれ(米国に居住するムスリムが登録するデータベースのことか)を実施するだろう。データベースを超えるシステムがたくさんあるはずだ。我々はたくさんのシステムを持つべきだ」(その後、米国在住のムスリムの全国データベース設置を求めたことはないと否定)
説教師が憎悪を垂れ流すモスク(イスラム教の礼拝所)の解体を目指すというフランス内相の発言を受けて
「そんなことはしたくないが、強く熟慮していかなければならないことだ。絶対的な憎悪というものがこうした地域から生まれている。憎悪とは異常で、こびりついている。憎悪は信仰を超えている。憎悪は我々の理解を超えている」
「もし認められるのなら特定のモスクの監視を求めたい。これまでにも実施したことがある」
「ムスリムの入国禁止」
12月、トランプ陣営が発表
パリ同時多発テロや、米カリフォルニア州サンバーナーディーノで過激派組織ISに忠誠を誓う2人が銃を乱射、14人が死亡した事件を受けて
「米国の代表者が、何が進行中か把握できるまで、ムスリムが米国に入国するのを完全に阻止することをトランプは要求している」
米人気リアリティ番組「アプレンティス」に出演、マスメディアを使った情報操作に長けたトランプは「something」とか「it」「that」などの「こそあど言葉」を多用して印象を増幅し、問題が大きくなると言い逃れができるように巧みに抜け道を残しています。観測気球を派手にぶち上げて世間の反応を見て、微妙に軌道修正を図っていきます。マスメディアの見出しを踊らせてマーケティングを行い、効果的に「怒る白人男性」票を集めて共和党予備選で大成功を収めました。
5月のロンドン市長選で、劣勢を挽回するため英保守党に雇われたオーストラリア人戦略家クロスビー氏が「私たち」と「ムスリム」を分断するトランプ流の選挙戦術を持ち込み、カーンが過去にイスラム過激派やテロリストら「好ましからざる人物」(カーン本人の釈明)と接点を持ったことが徹底的に蒸し返されます。
テロにフォーカスしてカーンをイスラム過激派と結びつけることで、カーンがムスリムであることを深層心理の中で有権者に思い起こさせ、「イスラム嫌悪症」をあおる「犬笛(いぬぶえ)」と呼ばれる選挙戦術が採られました。犬笛は人間に聞こえないくらい高周波を出すことから、一般の有権者に気付かれないようターゲット集団にだけ響く政治家のレトリックのことを指します。
しかし多文化・多民族のロンドンは米国の保守層ほどイスラム・アレルギーが強くないので、英保守党のトランプ流選挙戦術はまったく機能しませんでした。
5月5日、ロンドン市長選投票
5月7日、最終得票数はカーン131万143票、ゴールドスミス99万4614票でカーンの当選が確定
「トランプ氏は無知」
5月9日、カーンが米誌タイムのインタビューに
「トランプ氏が勝てば、私は(米国の大統領就位式が行われる)1月の前に米国を訪問する。トランプ氏が米国の大統領になったら私は私の信仰によって入国を阻止される恐れがあるからだ。そうなると私は米国の市長たちとアイデアを交わすことができなくなる」
「英保守党の戦術家は(社会を分断するトランプ流の)こうしたやり口でロンドン市長選に勝てると考えたが、彼らは間違っていた。トランプ氏のアプローチでは米国でも勝利を収めることはできない」
トランプが米紙ニューヨーク・タイムズに
「カーン氏の当選を喜んでいる。彼はムスリムの中でも例外だ。何事にも例外はある」「とても良いことだ。率直に言ってこれはとても、とても良いことになる可能性がある。彼が良い仕事をすることを望んでいる」「例外に導かれる、いつも例外に」
5月10日、カーン(英紙デーリー・テレグラフ)
「これは私だけの問題ではない。私の友人の問題であり、私の家族の問題であり、私と似た背景を持つ世界中のすべての人々に関わる問題だ」「トランプ氏のムスリムに対する無知は、英国と米国により大きな危険をもたらすだろう。世界中のムスリムの大多数を疎外し、過激派に利用される危険性がある」「トランプ氏とその取り巻き連中は西洋のリベラルな価値はイスラム教と両立できないと考えているが、ロンドンはトランプ氏が間違っていることを証明した」
5月16日、トランプが英テレビITVに
「カーン氏は私のことを知らないし、私と会ったこともないし、私が何者かも知らない」「彼のコメントは非常に失礼だ。率直に彼に言ってくれ。私は彼の発言を忘れない。非常に不愉快な発言だ」「そのようなことを言う彼の方こそ無知だ。IQ(知能)テストで決着をつけよう」
「私たちはイスラム過激派のテロによって非常に大きな問題を抱えている。世界中で起きていることだ。世界が爆破されようとしている。テロを起こそうとする人たちはスウェーデンから来たわけでない。分かった?」
ロンドン市長の報道官が反論
「トランプ氏の考え方は無知で、社会に分断をもたらし、危険だ。それは恐怖をあおる最悪の政治だ。もしロンドンで投票が行われるのなら、トランプ氏は否定されるだろう」「無知は思考力の欠如と同じではない」
政治は低俗なリアリティー・ショーと化しています。
学力が低いと差別意識が強くなる?
「無知なトランプ」を選んだのは米国の共和党支持層です。米国の保守層がトランプを熱狂的に支持したのに対し、ロンドンが宗教の違いにこだわらずカーンを選んだのは、ロンドンの方が米国より教育レベルが高いからだと言う人がいます。経済協力開発機構(OECD)による2012年の学習到達度調査(PISA)をみると、ロンドン(青マル)の数学的リテラシーは479(37位リトアニアとタイ)、読解力は483(36位スウェーデンとタイ)、科学的リテラシーは497(28位米国とタイ)でいずれも米国の平均以下です。義務教育の修了段階で見た場合、ロンドンの学力は決して高くありません。
偏見や差別意識が教育レベルや学力格差から来ると考えることこそ偏見です。移民でごった返すロンドンの下町の魚屋さんや肉屋さんと、国際金融街シティーのバンカーやアナリストのどちらが親切かと言えば、それは人によります。
筆者は「ごった煮」のような大阪の下町で育ちました。ロンドンに暮らすようになって一番役に立っているのが、日雇い労働者の街(あいりん地区)のど真ん中にあった中学で受けた「にんげん」教育です。当時の大阪には在日差別、部落差別、釜ヶ崎差別を克服しようというエネルギーが満ち溢れていました。
教育レベルや学力格差が偏見や差別意識を生むのではありません。同質性の高い社会で育てば異文化へのアレルギーが強くなり、多文化・多民族がごった返す環境で育てば、肌や髪の毛、眼の色、言葉、宗教、文化の違いとそれが生み出す葛藤に幼い頃から馴染み、相手の感情や立場に立ってモノを見たり考えたりできるようになるのではないでしょうか。
トランプの「白人男性」至上主義と自己中心性はその裏返しです。
(おわり)