「都合の悪い者」陥れる官邸のフェイクー『新聞記者』のリアル、望月記者らに聞く
話題の映画『新聞記者』(監督:藤井道人)を観た。本作は、官房長官記者会見での活躍で知られる東京新聞の望月衣塑子記者の著作『新聞記者』(角川新書)を元に、映画プロデューサーの河村光庸さんが企画製作したもの。森友・加計問題や財務省職員の自殺、「総理に最も近いジャーナリスト」とされる元TBS記者による性的暴行疑惑もみ消しなど、この間の安倍政権にからむスキャンダルを連想させる要素がちりばめられ、映画冒頭からラストまで、緊張感を途切れさせず一気に観させる作品だ。劇中には、望月記者や、前川喜平・前文科事務次官、新聞労連の南彰委員長らも本人役で出演している。そこで、望月記者、南委員長に、映画「新聞記者」や、そのモデルとなった現実の日本の政治・社会について聞いた。
○政権によるフェイク攻撃
映画の主人公で、東都新聞の若手記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)は、同紙にリークされた「医療系大学の新設」をめぐる極秘文書の謎を追いかける。本作のもう一人の主人公は内閣情報調査室(通称:内調)で任務につく官僚・杉原拓海(松坂桃李)。政権にとって都合の悪い事実をもみ消すのが、その仕事だ。ある事件をきっかけに内調に疑問を持つようになった杉原は、吉岡の調査取材に協力していく―本作を語る上で欠かせない大きなテーマは、政権による卑劣なフェイクに、いかに記者が対抗していくかというものだろう。そして、映画の中で描かれた、都合の悪い存在を政権側がデマによって陥れようとする謀略は、今、正に現実で起きているのである。劇中に本人役で出演した新聞労連委員長、南彰記者(朝日新聞)は、自身の経験をこう語る。
「官房長官会見での望月記者に対する質問制限に対し、今年2月、新聞労連は抗議声明を出しました。その後、首相官邸関係者が官邸で取材する各社記者達に、私のプライベートについてスキャンダルめいたデマを吹聴していたと、ある記者から聞きました。そうしたデマは、記者メモとして、政治記者の間で共有されていたのです。もっとも、根も葉もない事実無根のデマなので、それが週刊誌などで記事になることはありませんでしたが、新聞労連の声明に対する『報復』としてのイメージ操作なんでしょうね」(南記者)
望月記者本人も「攻撃対象」とされていると、南記者は言う。
「官邸取材の記者らによれば、菅義偉官房長官やその周辺は非公式のオフレコ取材などで、口を開けば、望月記者について、“あの記者はパフォーマンス。その内、選挙に出るために目立とうとしているんだ”などと批判していたとのことです。そうした批判を何度も繰り返し聞いているうちに、菅官房長官に同調してしまう記者も出てくる。オフレコで政府関係者の本音を聞かされることで、事情通になったつもりになってしまうのですが、オフレコ取材の危うさを記者側も問い直す必要があるのかもしれません」(同)
○政権の存続こそが重要―暗躍する官僚達
劇中で描かれていた、政権を維持するために暗躍する官僚達も実在するようだ。「本書は92%真実」「リアル告発ノベル」だとして『官邸ポリス』(講談社)を執筆した元警察キャリア、幕蓮氏にインタビューした経験を望月記者は語る。
「彼ら警察官僚にとっては、政権が安定し長続きすることこそが第一なのです。映画『新聞記者』の劇中でも、事実を曲げてでも政権を守ろうとする内調の任務に反発する主人公にその上司が“何が真実かは、国民が決めることだ”と正当化するシーンがありましたが、同じようなメンタリティーが実際の官僚機構にもあるのです。しかし、都合の悪い事実を覆い隠して政権が続いたとしても、それが民主主義だと言えるでしょうか?」(望月記者)
○嘘を押し通すためのレッテル貼り
事実を事実として認めず、追及する記者に「事実誤認」のレッテル貼りをする。それが公然と行われたのが、官房記者会見での望月記者への質問制限だ。昨年12月末、望月記者の質問について「事実誤認」「度重なる問題行為」だとして、官房記者会見の意義が損なわれることを懸念」、「このような問題意識の共有をお願い申し上げる」と官邸報道室長名で内閣記者会に申し入れた。だが、その申し入れの中で「事実誤認」の具体例として示された望月記者の質問は、むしろ安倍政権の欺瞞を追及する、極めて重要なものであったのだ。前述の新聞労連による声明の一部を引用しよう。
つまり、事実に反していたのは、官邸側の主張であり、その嘘をつき通すべく、望月記者に対し「事実誤認」とレッテル貼りし、「度重なる問題行為」だと印象操作したのだ。映画『新聞記者』でも、政界の闇をスクープした記者を、政権側やそれに同調するメディアが「誤報」と決めつけ追い込んでいく描写があるが、それは正に望月記者に対して現在進行形で行われている弾圧なのだ。
○異常なことを異常であると認識すべき
映画の内容にとどまらず、その公開においても、現在の世相が「反映」されているのは象徴的だ。映画の公式ウェブサイトに異常な量のアクセスが集中し、サイトが一時的に閲覧できない状況になったという。映画の広報関係者によると「個々の人間によるものではあり得ない数のアクセスが特定のIPアドレスから集中しています。何らかのシステムを使ったものかと思われます」とのこと。つまり、サイバー攻撃の可能性が高い。この映画を多くの人々に観てほしくない存在による妨害行為なのかもしれない。
いかに、異常なことが起き続けてきたのか。映画『新聞記者』を観て、また望月記者や南記者へのインタビューを通じて、筆者も改めて考えさせられる。安倍政権が歴代3位の長期政権となっていることで、メディア側も一般の人々の側も感覚が麻痺しているのかもしれない。だが、異常なことを異常であると認識し直すことが、今、必要なのだろう。
(了)