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N党惨敗でNHK受信料スクランブル論は自滅?

境治コピーライター/メディアコンサルタント
(写真:つのだよしお/アフロ)

統一地方選挙の後半戦が終わった。私が住む大田区は前の区長が退任したため新人3人が争ったが自民党候補が勝つというありがちな結果。区議会議員もそこそこ入れ替わったが、面白かったのが前回2019年の統一地方選挙で旋風を巻き起こしたNHK党の候補者が落選していたことだ。仲間割れした政治家女子48党の候補も仲良く落ちていて、4年前の大躍進から一転、激しく後退した。

あの時は大田区に限らずあちこちの地方議会でNHK党の当選者が続出し、少し恐怖さえ感じた。NHK受信料は、払いたくない人にスクランブルをかける制度にすべきだという、数多ある社会問題のうちの一つだけで勢力を伸ばす党が現れるなんてこの先どうなるのかと慄いたものだった。

思い出したのだが、私は4年前はこのYahoo!ニュースに、東京23区でNHK党がどれだけ議席を獲得したかを調べて記事にしていた。

「NHKから国民を守る党」が東京23区中19区議会で議員を当選させていた(2019年4月23日・Yahoo!ニュース個人)

この時はなんと、23区中19の区議会で1議席ずつ獲得していた。

では今年の区議会議員選挙ではどうだったのだろう。大田区以外も比べてみたくなった。

まず、上の記事に示した2019年の選挙の時の表をもう一度お見せしよう。

各区の選挙結果ページより筆者作成
各区の選挙結果ページより筆者作成

太字が当選者で19名もいる。ただし葛飾区は前の年の選挙で、統一地方選挙の結果ではない。

これがどうなったか、同じ図の2023年版がこれだ。

選挙ドットコムより筆者作成
選挙ドットコムより筆者作成

なんと、見事に全員落選していた。

さらに、詳しく見ていくと候補者が微妙に入れ替わっている区もあり謎だ。我が大田区は前回の選挙で議員になった「植田智一」が最近まで議員として活動していたのに、今回は立候補しておらず「おちひろゆき」に候補者が代わり落選していた。

練馬区で落選した「松田みき」は前回新宿区で「松田美樹」として当選したが居住地に問題があり当選が無効となっていた。

品川区では「くぼた学」が落選しているが、前回NHK党で当選した「國場雄大」はなぜか立憲民主党に鞍替えしており落選した。

「金子快之」は前回当選した渋谷区で「イジメを隠した五十嵐教育長を辞めさせる党」として出馬し落選している。(今回はNHK党ではないので表から外した)

杉並区で前回当選した「佐々木千夏」は今回は無所属で立候補し落選、NHK党からは「梶谷秀一」が出て落選。

葛飾区は2021年の選挙で「黒瀬のぶあき」がNHK党で出て落選していた。

足立区は「加陽まりの」が2019年5月の選挙でNHK党から出たが落選。

面白いのが荒川区。前回NHK党で当選した「夏目亜季」が「次世代あらかわ」に鞍替えして当選しており、彼女は「政治家女子48党」でもあるようだ。(こちらもNHK党ではないので表から外した)

追記:文京区は前回「野口健太郎」がNHK党から当選したが、今回は自民党に鞍替えし再び当選。NHK党からは「こせきしんじ」が出て落選した。

なんというか、無茶苦茶だ。無茶苦茶の最たるものがガーシーの参議院議員当選であり、それが党の勢いのピークだったと言えるだろう。ガーシーが帰国せず国会を追われたばかりか犯罪者として追われるようになった段階で、NHK党の無茶苦茶がすべてマイナスに働くようになった。

さて、そうすると気になるのが「NHK受信料は払いたい人だけ払うスクランブル制にせよ」とのNHK党の主張だ。これはこれで主張してもいいことだと思うが、それをなぜこんなに無茶苦茶な手法でアピールする必要があったのだろう。もう少し真っ当なやり方で活動を続けていれば、ワンイシュー政党として勢力を伸ばせた可能性もある。

もしそうなっていたら、スクランブル論がもっと世の中で強くなっていたかもしれない。だが逆に、NHK党は無茶苦茶な団体だったと世間が認識している今、スクランブル論まで怪しく見えてしまう。少なくとも主張としての勢いは失った気がする。

実は昨日、4月27日に総務省の有識者会議でNHKの料金問題が議論されていた。まず最初に、総務省が以下のような4つの論点を示した。まず現状の制度はこのままでいいのか、考え方を変えるべきなのか、有識者に意見を聞いたのだ。

公共放送ワーキンググループ(第7回)配布資料 「インターネット活用業務の財源と受信料制度に関する論点」より
公共放送ワーキンググループ(第7回)配布資料 「インターネット活用業務の財源と受信料制度に関する論点」より

ここで言うとNHK党の主張は「(1)視聴料(サブスクリプション)収入」と同じだろう。だが出席した有識者の中で(1)を支持する人は一人もいなかった。ほとんどの人が(4)を支持した。つまり現状のままだ。ただ、これは公共放送の財源についての議論で、ネットでのNHKの受信料については今後、本格的な議論になりそうだ。(あくまで「有識者の意見」で、これをもって即決定になるわけではない)

NHK党が勢いを失ったことと、この会議の中身はまったく関係ない。有識者の皆さんがNHK党の選挙の結果を見て考えを変えるわけはない。

だがNHK党が軒並み議席をなくしたタイミングで、総務省の会議でNHKの受信料が議論され、スクランブル論が俎上にのらなかったことが、たまたまにしては面白いと感じた。

この会議について今のところさほど報じられてないが、もしNHK党の勢いが2019年ほど高かったら、ひょっとしたら「総務省有識者会議、世論を無視!」などと書き立てた記事が出ていたかもしれない。

そう思うと、受信料スクランブル論はNHK党自らが無茶苦茶をやらかしたことで自滅したと見えてしまう。筆者はスクランブル論は支持しないのでホッとしてしまうが、支持していた人たちからすると、NHK党のこの4年間は裏切りではないだろうか。賛同していた論を勝手に潰したようなものだ。

議論の後半では、本題のNHKのネットでの利用と料金について少し意見交換があった。何人かの有識者から「テレビを持ってない人がNHKのアプリをインストールし、規約に同意などしてアクティベートした」場合はネットでの受信料を徴収しても良いのではないか、との意見も出た。これはネットだけでのスクランブル論と言える考え方だ。

だから「スクランブル派」の皆さんは、ネットでは主張が生きる可能性もあるので、議論を見守っていくといいだろう。ただ、これに関してもう政党をあてにしないほうがよさそうだ。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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