BTS原爆Tシャツ問題 「語られない」背景とは何か? K-POP研究、第一人者の分析
「日本と韓国、お互いのナショナリズムばかりが強調されて、BTS(防弾少年団)を通していまのK-POPを考える機会が失われた」――。こう語るのは『K-POP 新感覚のメディア』(岩波新書)などで知られる北海道大学のキム・ソンミン准教授だ。
ソウル生まれ、研究のため来日して日本の大学でメディア文化研究を続ける第一線の研究者である。彼の目にBTSの原爆Tシャツ問題はどう映ったのか? 韓国の視点、日本の視点、そしてK-POPの歴史が複雑に絡まりあう問題を聞いた。
経過を整理する
まず簡単に経過を整理しておこう。
11月9日に放送された人気音楽番組「ミュージックステーション」(テレビ朝日系)で、予定されていた韓国のヒップホップグループBTSの出演が直前にキャンセルとなった。
BTS についてメンバーが原爆投下を肯定するTシャツを着ていた、と一部メディアで報じられ、ネット上で「反日だ」などと批判の声があがっていた最中でのキャンセルだった。
問題とされたTシャツは「ourhistory」の商品で、原爆が落とされた直後のキノコ雲の写真と、解放、愛国心といった言葉や万歳をする人々が写っている写真がプリントされていた。製作者は「反日の意図はなかった」としている。
さらに過去にナチス親衛隊の記章をつけた帽子、ナチスを連想させるステージパフォーマンスを披露していたことも問題視され、アメリカのユダヤ系団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」も彼らに抗議をした。
彼らは反日でナチス支持なのか?
《これまでのBTSの発言やインタビューからも明らかですが、彼らが「反日」だとか「ナチス支持」というのはあり得ないことです。
日本だけでなく、グローバルにファンを獲得し、アメリカでもライブ会場を満席にし、チャートも賑わせています。音楽的にもブラックミュージックの強い影響を受けている。
ファンを傷つけるようなことをする理由がない。私はTシャツについては韓国と日本で歴史の受け止め方が違うということに尽きると考えています。》
韓国社会にとっての原爆とは何か。その背景にあるもの
韓国の歴史、特に近代以降の歴史は日本の植民地支配の歴史でもある。支配した側である日本とまったく同じような歴史認識ではない。
《韓国社会が原爆投下に対して、日本社会のように特別な思いを抱いているかと言えばそれは違います。
広島や長崎に人が住んでいたことへの想像力、原爆について日本に住む人たちがどう受け止めるのか。そこに対する感受性が足りないのは事実でしょう。当時、7万人以上とされる朝鮮人が被爆したことも十分に知られていないですし。
韓国にとって第二次世界大戦の歴史は、日本の植民地支配からの解放の歴史です。韓国は常に「被害者」だったので、他の社会からみてどうかと問われる機会が少なかったし、配慮が求められる場面も少なかった。
Tシャツをデザインした会社も「反日の意図はない」としていましたが、それは本当でしょう。
だから問題がないわけではない。K-POPはグローバルに広がっているため、これまでと同じではなく今まで以上に他の人たちからみてどうなのかを考えていく必要があります。》
K-POPが積み上げてきた文化
ナチスを連想させるパフォーマンスについてはどうか。
これは2017年9月に韓国のソ・テジさんのデビュー25周年記念ライブでBTSがゲスト出演した際に披露された。
《ナチスについても同じです。コラボ舞台を披露したソ・テジは、韓国にヒップホップやラップを定着させる一方でデビュー以来一貫して社会的なメッセージを発してきた韓国を代表するアーティストです。
今回のパフォーマンスで使われた「教室イデア」という曲も、全体主義的な教育制度や競争を促す社会を痛烈に批判した曲です。
つまり、ソ・テジからBTSまでの「文脈」を理解している人からすれば、彼らがナチスに賛同するパフォーマンスをするはずがないということは常識とも言えることです。
しかし、いまK-POPを受容しているグローバルなファンの大半は、当然そのような文脈を共有していない。
だから、本来なら当たり前のようにわかってもらえたはずのそのようなパフォーマンスをするときも、より多くのことを配慮しなければならなくなっているし、今後はそれがまた当たり前なことになっていくでしょう。》
吹き荒れる「ナショナリズムの政治」
ただし、とキム准教授が指摘するのが過熱化する社会の反応だ。
《本来なら、傷ついたり、戸惑いや違和感を感じた人びとに対して、BTSが丁寧に説明、謝罪して終わりの話です。
インターネットで「反日」だと批判されたからといって、テレビ朝日は出演中止をするべきではなかったと思います。
これによって「ナショナリズムの政治」が前面に出てきました。インターネットを含めたメディア上でも、日本からは「韓国の反日アイドル」というバッシングが吹き荒れ、韓国ではそれに反応して「日本人はBTSが日本のアイドル以上に活躍したことを妬んでいる」といった声があがる。
ナショナリズムの政治は「お前は韓国と日本、どっちの味方」なのかと問題を単純化します。BTSが生み出した音楽やカルチャーは議論されず、お互いのナショナリズムをぶつけ合うだけになる。
こうした単純なフレームの中では、今までBTSを応援してきたファンたちはほとんど何も言えずに沈黙するしかなくなるのです。
テレビ朝日の対応はこうした単純なフレームワークを強化するものだったと私は考えています。》
ナショナリズムが排した大事な論点
ナショナリズムが前面に出てくることによって失われてしまうのはファンの声だけではない。K-POPが積み上げてきた豊かな表現であり、日本のアイドルとは明らかに異なる社会に込めたメッセージも議論の対象ではなくなる。
《K-POPの世界では女性アイドルも男性に媚びるようなことはしない。ジェンダー問題も歌うし、社会に対して発言もする。BTSも社会に対するメッセージや彼らのアイデンティティを歌う。
K-POPは「アイデンティティの政治」が展開されるメディアであるとも言えるのです。K-POPは常に新しいものを取り込みながら、前に進んできたという歴史があります。
それはヒップホップやクラブミュージックのような音楽的要素もそうだし、例えばMeTooのような社会の変化も積極的に取り込む。
その中では当然だけどミスも起こるのです。BTSだってジェンダーの視点から問題がある歌詞ではないかと指摘されたこともあります。
彼らは問題をファンとのコミュニケーションで乗り越えてきました。ミスから生まれるコミュニケーションを大事にしてきたのです。日本のメディアの対応は過剰であると同時に、コミュニケーションの機会を奪ってしまっている。》
奪われた学び合いの契機
過熱するナショナリズムの政治は、アイデンティティの政治を飲み込んでいく。
《今回だって、BTSを通じて韓国のファンは日本の歴史にとって原爆はどのような意味があるのか、日本のファンは韓国の歴史がなぜ「解放」に重きを置いて語られるのかを理解しあう良い機会になったと思うのです。
それが彼らの音楽をちゃんと追いかけてきたファン以外の人の声によって、ナショナリズムの問題に押し込められてしまったことは残念としか言えないですね。》
それでも前を向くK-POP
K-POPは2000年代に入ってからも韓国政府が積極的に「利用」しようとしてきた歴史もある。K=韓国(Korea)の意味合いが強くなった時代だ。だが、今はどうだろうか。BTSに代表される新世代のK-POPはグローバルに消費され、世界から注目されている。
Kよりも、新しいPOPカルチャーという意味が強まってきているとは言えないだろうか。
《まさに今K-POPはPOPがKを乗り越えようとしています。韓国という国家、韓国人というナショナリズムを超えた新しいポップカルチャーに成長している。
韓国文化には立ち返るところがないのです。政治的にも戦後、南北分断と冷戦体制による緊張状態のなかで長く続いた軍事政権に立ち返るわけにはいかない。
前に向かうしかないのです。新しいカルチャーを取り入れ、グローバルに広がっていくK-POPはその象徴的な動きでしょう。
彼らがグローバルにメッセージを届ける。それが新しいポップとして受容されている。原爆、ナチスイメージの騒動は成長したK-POPは外からの視点を意識しなければならないという教訓になったと思います。
まだまだK-POPもBTSも成長の途上なのです。》