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ウクライナの原発はいまどうなっているのか

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

ウクライナの原発が今どうなっているか、気になっている方も多いのではないか。

様々なメディアで大きく報道されたので、とりあえず今の時点では問題ないことは伝わっていると思う。

状況を知るのには、日本の「原子力資料情報室」が発信している情報が、大変優れている(教えてくださった久留米のA様、ありがとうございます)。

筆者も、書きっぱなしは良くないと自戒しているので、同情報室のサイト情報から、今のウクライナの原発の状況をお伝えしたい。

原子力資料情報室へのリンクはこちら

ウクライナの原発には、ロシア軍によって、特に欧州在住者は今まで二度恐ろしい思いをさせられている。

一度目は3月4日、ザポリージャ原発の攻撃である。

筆者が聞いた第一報では、「原発が攻撃を受けて、火事になっている」という内容だったので、本当に心臓をわしづかみにされたように驚いた。

その後すぐに、火災は研究棟であるとわかって、ほっとした。

二度目はチェルノブイリ原発である。

最後の原子炉は2000年に停止されているが、1986年に大事故を起こしてもなお、

3つの原子炉を使い続けた。そして今に至るまで、まだサイトが使われ続けているという事態は、「悲劇」という表現だけでは、あまりにも済まされないものがある。

Wikipedia「Nuclear power in Ukraine」より。Yakiv Gluck作。丸印は筆者による
Wikipedia「Nuclear power in Ukraine」より。Yakiv Gluck作。丸印は筆者による

以下に、現時点で注意したほうが良いと思われる、ウクライナの3つの原発の状況を説明する。

1、ザポリージャ原発

◎3月4日にロシア軍が攻撃開始した。

このサイトには6基の原子炉がある。ウクライナ最大のサイトである。

攻撃時点で、1号機、5号機、6号機は、何日も前に停止していた。

攻撃が起こったので、2号機と3号機を停止した。

4号機だけは、ずっと稼働している。

攻撃を受けたのは1号機だ(ザポリージャ原発による情報)。また報道されているように、訓練棟で火災が発生したが、消し止められた。

被害の全体は、1号機の原子炉建物が損傷、使用済み燃料乾式貯蔵施設に2発の砲弾が当たったとのこと(ウクライナ国家原子力規制局による)。

この情報は、近くの戦闘の流れ弾が当たったのか、それとも施設そのものが狙われたのかを考える上で、重要な情報だと感じる。

この攻撃の後、2号機は再稼働したので、今は2号機と4号機が稼働しいている。

なお、運転員はシフト勤務できているとのことだった。

◎3月9日の朝の時点

ロシア軍はおよそ400人。50台の重機と、多くの武器弾薬があると報告されている(ウクライナ原子力公社による)

原発の職員が、ロシア側のプロパガンダに協力するよう強制されているという(ウクライナ原子力公社Energoatomが、同国のエネルギー相の発言として伝える)。

また、6号機(停止で原子炉冷却中)が3月7日、変圧器が修理のため使用停止となったとの報告があった。砲撃で受けた、オイルシステムの損傷の検出によるとのことだ(ウクライナ国家原子力規制局による)。

また、送電線が2本断線している。

この原発には、4本の750kV送電線がある。さらに、待機状態のものが1本ある。ところが、2本(ザポリージャ、南ドンバス)が損傷して使えなくなったため、今は、2本の送電線と、待機中の1本が利用可能である(ウクライナ国家原子力規制局による)。

◎3月10日

損傷した1号機の修理作業が再開されたが、要員、部品などはロシア軍の制圧下のため供給できていない。

同じく、6号機の変圧器についても修理は難航している。

ロシア軍の攻撃時の不発砲弾などを処理している最中である。この情報に、ぞっとした。

2、チェルノブイリ原発

このサイトには4基の原子炉があった。

1機は1986年に大事故を起こした。それでも残り3機は使われ続けたが、1991年に1機が火災を起こし閉鎖、もう1機は1996年に閉鎖、最後の1機が2000年に閉鎖された。

いま、特に問題になるのは、使用済み燃料貯蔵プール、乾式貯蔵施設、事故があった原子炉建屋を覆うドームである。どれも電力を必要とする。

3月9日にチェルノブイリ原発からSOSが発信された。750kV送電線がロシア軍の攻撃により停止した結果である。市全体が停電していた。

翌日10日、ロシア側は、非常用ディーゼル発電機はロシア側技術者が速やかに稼働させた、ベラルーシ側からの送電により電力は復旧したと述べた。その後、ベラルーシ側もMozyrという所から送電していることを確認したと報道された。

チェルノブイリ原発は、ベラルーシとの国境から遠くない所にある。同国内のMozyrからチェルノブイリまで、送電線が国境をまたいで伸びているのである。

さらにロシア側は、電源喪失はウクライナ側の攻撃によるものだと述べている。

しかし、ウクライナ側は、合意ができ次第、送電復旧のためにチェルノブイリ原発に職員を派遣する準備は整っており、ベラルーシからの送電は不要だとコメントした。

また、非常用ディーゼル発電機が稼働して、使用済み燃料貯蔵プール、乾式貯蔵施設、原子炉建屋を覆うドームにも電力は供給されているとも発表した(ウクライナ国家原子力規制局による)。

もう事故から48時間が経っている。クレバ外相は非常用ディーゼルは48時間のみ有効だと言っていた。結局いま、電力はどこから供給されているのだろうか。

使用済み燃料貯蔵プールには約2万体の使用済み燃料が貯蔵されているという。ただし、最後の取り出しから22年経過しており、発熱量は大幅に低下している。

福島原発事故の後に、EUがつくった独立した専門家による安全規制当局「ENSREG」によるストレステスト結果によれば、プール水温は70度を超えないと評価、ただし、水素除去装置が動かない場合、水素濃度が上昇し(放射線分解による)、10日で下限値の4%を超えるという。

ストレステストでは非常用ディーゼル発電機、または可搬式ディーゼル発電機に接続できるので問題ないとしているが、燃料供給が途絶える場合は検討されていない。なお、4%は可燃限界濃度とされ、8%を超えると比較的高い爆発圧力が生じるということだ。

3、南ウクライナ原発

ロシア側は、現在ミコライフ(ウクライナ語名:ムィコラーイウ)を攻撃している。これは、オデッサを攻略するためである。

ミコライフは南ブーフ川の東側に位置する都市である。この川の上流方面に、南ウクライナ原発が存在する。

参考記事(記事後半):ロシア軍が初めてウクライナ西側を攻撃。戦争は新局面か:黒海、オデッサ、モルドバ、ルーマニア

この街の北西にあるVoznesenskという場所に、ロシア軍が侵攻していることを、米戦略研究所が報告している。南ウクライナ原発はここから直線距離で約30km。しかも、ほぼ直線の道路でつながっている。同原発は、3基中2基が稼働中である。

今は寒いため、ウクライナでは暖房のために電力を必要としている。

3月10日時点で、戦闘による被害により、約100万人以上の人が電力供給を、約23万人の人がガス供給を受けていないという(ウクライナ・エネルギー省による)。

また、米ブルームバーグによると、バイデン政権がロシアの国営原子力企業Rosatomを制裁対象に加えるかを検討中だという。

ロスアトムと子会社は世界の濃縮ウランの約35%を製造し、欧州各国と核燃料供給契約を結んでいる。

終わりに

今後、何かまた新たな事件が起きたら筆者も執筆する用意があるが、詳細な情報は、「原子力資料情報室」が大変参考になると思う。

最後に余談だが、筆者は、早稲田松竹で見たチェルノブイリの2本のドキュメンタリー映画は、一生忘れないだろう。1本目は事故直後につくられたもので、事故処理に当たった英雄たちを讃え、前向きさを演出した映画だったが、フィルムそのものが放射能に反応して、ばちっばちっと、あちこち発光しているのだった。

2本目はもうしばらく後のもので、「もう、どうしていいのかわからない」という悲痛な叫びに満ちた映画だった。

今もサイトが使われているというのなら、従業員の安全が守られているのを願うしかないのに、そこに悪意をもった相手による戦争である。

当時はショックで動転していたが、その後は怒りが込み上げた。

この核施設の攻撃や、一般市民の住宅地を狙ったとしか思えない攻撃以降、考えが変わった。いくら市民は独裁者の犠牲になっているとは言っても、やはりロシア国民には何がしかの責任はあり、自分たちであの大統領を結果的に支えている側面はないわけではないだろうと思うようになったのである。

今後のロシア国内の動きには、引き続き注意を払っていきたい。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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