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「バットマン」では主役が感染、CMでは死者が。難航するコロナ禍での撮影再開

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
次の「バットマン」映画に主演するロバート・パティンソン(写真:REX/アフロ)

 コロナ禍での撮影再開は、思った以上に厳しかった。ハリウッドは今、痛い思いをしながら、その教訓を学んでいる。

 今週、ロンドンの「The Batman」撮影現場では、主演のロバート・パティンソンの感染が判明。ガイドラインどおり、撮影はすぐさま中止となり、キャストとクルーは待機状態に入った。3月上旬に急遽撮影をストップされた今作は、5ヶ月経って、ようやく先週、再開にこぎつけたばかり。今回の中止がどれだけ長引くのか、来年10月の北米公開予定日に影響が出るのかなどについて、ワーナー・ブラザースは、今のところ何も発表していない。

 ユニバーサルの超大作も、困難に直面した。やはり3月に撮影が中断された「Jurassic World: Dominion」は、7月半ばにイギリスで撮影再開するにあたり、1万8,000回分のPCR検査や、キャストとクルーのための貸切ホテルなど、コロナ対策のために900万ドル(およそ9億円)を投じている。それでも、開始後まもなくクルーに感染者が1名出てしまった。また、今作で大活躍するはずだったロケ地のマルタ島でも感染が拡大してしまい、クリス・プラット、ブライス・ダラス・ハワード、サム・ニールなど主要キャストを現地に行かせないよう、脚本が変更されている。マルタ島は引き続き登場するものの、シーンは半分に減らされ、セカンドユニットが撮影するそうだ。

アメリカではCMの助監督が死亡

 コロナで止まってしまった撮影を誘致すべく、7月初め、イギリスの政府は、ハリウッドの撮影関係者には、到着後2週間の隔離義務を免除すると決定した。それは業界人にとって朗報ではあるが、一方でお膝元のL.A.は、時間がかかっている。組合が強いハリウッドでは、基本となるコロナ対策ガイドラインを決めるのも容易でなかった上、さらにひとつひとつの作品に対し、組合の承認が要求されるせいだ。コロナがまだ消えない2022年を舞台にした物語で、キャスト同士が接触ゼロで撮影するマイケル・ベイ製作の「Songbird」ですら、映画俳優組合(SAG-AFTRA)の承認を取るまでにはゴタゴタがあった。また、承認されても、実際に規定をきっちり守るのは思いのほか大変なようで、ほかに先立って撮影を再開した長寿番組の昼ドラも、いったん保留にし、あらためて準備を整えた上、また始めることになっている。

 そんな中でも、撮影期間が短く、クルーの数も比較的少ないコマーシャルは早くに撮影が戻ったのだが、先月、テキサス州では、あるCMで助監督を務めた51歳の男性が、コロナのため亡くなってしまった。撮影場所はオースティン、撮影期間は7月9日から16日。陽性反応が出たのは同月29日で、亡くなったのは翌月26日だ。このコマーシャルを制作した広告会社は、撮影中は毎日クルーの検温をし、ソーシャルディスタンスを徹底するなど正しい対応をしていたと主張するが、CMプロデューサーの組合は、ガイドラインの項目に頻繁なPCR検査を入れていない。撮影が数日で済むことも理由なのだろうが、ある関係者は、この男性の死を受けて、「仲間には怖がっている人がたくさんいる。これを機会にもうこの仕事からは足を洗おうかという声も聞く」と「L.A. TIMES」に対して語っている。

「検査しすぎ」が問題になることも

 だが、みんながみんな、頻繁な検査を望んでいるのかというと、必ずしもそうではないようだ。テレビドラマ「グッド・ドクター 名医の条件」のバンクーバーの現場では、検査が少なすぎるのか多すぎるのかをめぐって、ハリウッドの組合SAG-AFTRAとブリティッシュ・コロンビア州の組合が対立することになっている。

 当初決まっていた規定で、検査の頻度は、キャストが週2回、キャストと接触する機会が多いクルーが週1回、それ以外のクルーがゼロ。しかし前述のようにSAG-AFTRAは週3回を絶対としていることから、アメリカ人キャストが異議を唱えたらしいのだ。SAG-AFTRAは当然、自分たちの組合員の肩を持ったが、カナダ側も同様で、一時は現場がボイコットされるまでの事態となった。カナダ側は、感染者数や入院者数が比較的少ない事実や、当時、専門家が「症状のない人がやみくもに検査をするべき状況ではない」と言ったことを根拠に挙げたようである。

 しかし、双方はなんとか合意にたどりついたようで、先月下旬には無事、第4シーズンの撮影が始まった。このほかにも、バンクーバーではすでに複数のテレビ番組の撮影が再開しているし、撮影準備に入っている番組も多数ある。今のところ、これらの現場で陽性反応が出たという報道はなく、現状、バンクーバーは、撮影再開をリードしていると言ってもいいかもしれない。そもそも、バンクーバーは、ハリウッド・ノース(北のハリウッド)とも呼ばれてきたところ。そこがしっかり立ち直ってくれれば少し希望が持てそうである。それでも、ここですら、いつ、何が起こるかわからない。今はまだ、コロナと生きる時代が始まったばかりで、一寸先は、暗闇。制作関係者たちはみんな、そんな中を、手すりにつかまりながら、3歩進んで2歩下がりつつ、先に向かおうとしているのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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