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埼玉立てこもり事件・白金高輪硫酸事件に学ぶ目に薬物が入ったときの対処法

平松類眼科医
(写真:アフロ)

 埼玉で立てこもり事件があり一人の医師が犠牲となりました。地域医療を担う医師で非常に残念であり、思う所が沢山あります。今回の事件としては猟銃を使っている、さらには催涙スプレーも使用しているという事が報道されています。猟銃は簡単に手に入らないものの、催涙スプレーはインターネットでもホームセンターでも購入が可能なものです。昨年、白金高輪では硫酸をかけられる事件がありました。このようにいろいろなものが簡単に手に入る時代、もし目になにか薬物などを入れられたらどうなるのか?どのように対処すればいいのかについて解説します。

〇催涙スプレーで後遺症が残ることも

 催涙スプレー・催涙弾というと「涙が出るが安全」というイメージがあるのではないでしょうか?確かに暴徒の鎮圧や護身用としてつかわれるもので相手に危害を加えるのが目的ではなく、一時的に落ち着かせる目的として使われているものです。しかし、絶対に安全なもの、なわけではありません。

 催涙スプレー・催涙弾で使われている成分は主に2つあります。OCガスとCNガスです。OCガスは比較的安全な唐辛子の成分などを主とするものでカプサイシンなどが使われています。主に護身用の催涙スプレーで使われているものです。CNガスは催涙弾として暴徒鎮圧などにつかわれるものです。こちらは化学成分でありOCガスよりも刺激が強いものとなっております。確かにOCガスの場合は安全性は高いです。とはいえ確実ではありません。実際唐辛子などを使ってそれを目にこすってしまった患者さんなどが目に傷ができるというのは外来の現場でも経験することです。もちろん適切に治療をすれば後遺症が残る可能性は低いです。CNガスの場合は角膜に傷がつきそこから後遺障害として残る可能性も十分にあります。

写真:ロイター/アフロ

 CNガスの場合はネットやホームセンターでは購入できないので関係ない、そう思うかもしれませんが海外などでたまたま暴徒鎮圧の現場に居合わせてしまった場合などは関連することがあります。

 ではOCガス・CNガスにはどういった障害があるのか。一番は角膜の傷です。角膜というのは目の表面の黒目になります。黒目というのは非常に繊細で、目をずっとあけっ放しにする、ドライアイがあって風が吹いて風邪の刺激があたる、というだけでも傷になることがあります。軽度の傷であれば自然回復しますが、傷が治りにくい糖尿病、抗がん剤使用中など体が弱い人の場合は注意が必要になります。

 昨年起きた白金高輪硫酸事件では薬物が直接目に入るという事が起きました。

〇硫酸などの薬剤は酸性・アルカリ性どちらが怖いのか?

 白金高輪硫酸事件では、硫酸という酸性の物質が目に入りました。体というのはpHといって酸性・アルカリ性というバランスが保たれています。極端に酸性・アルカリ性のものに触れるとただれてしまうという事が起きます。特に目というのは粘膜ですので刺激に弱いです。ちょっとしたものが目に入るとしみてしまうという経験からもそこを理解していただけるかと思います。

 硫酸というのは酸性の物質です。昔からドラマなどで使われるのは酸性の物質であるために「酸性のものは危険」という印象があると思います。でも実臨床の現場としてはアルカリ性の方が注意が必要と言われています。なぜでしょうか?

 酸性の物質が目に入った場合はすぐに反応が出て痛みが出ます。すぐに問題が顕在化します。表面の組織を凝固するので見た目に派手です。しかし派手であるがゆえに早めに対処ができます。また表面が凝固するために浸透しにくい。結果として後遺障害を残さずに治療ができるケースも多いです。一方アルカリ性の場合は地味な反応です。ゆっくりと浸透して組織を融解していきます。そうしてじんわりと組織にダメージを与えます。そのため最初の見た目以上に徐々に悪化するというケースがあります。そう考えるとアルカリ性の方が注意が必要であると言えるのです。

 よく酸性のものが入ったからアルカリ性のものを入れると中和されるからよい。アルカリ性のものが入ったら酸性のものを入れた方が中和されるからよい。という勘違いがあります。中和をするときに反応として熱が出ることもありますし、正確に中和できる可能性は低いです。それよりも大量の水で洗い流すことの方が大切になります。

 では大量の水で洗い流すなど対処としてはどのようにするのがよいのでしょうか?

〇もし目に入ったら対処法は?

 今回の催涙ガス・硫酸など薬物が目に入ったときは「この薬物ならこのようにする」というものは少ないです。それに第三者から入れられた薬物であった場合は「その薬物が何か?」と同定することが困難です。それよりも「まずは薬液の量を減らす」というのが一番です。そのため流水で流す、というように濃度を下げてあげることが大切です。手元に水道がない場合はペットボトルのお水を使うなどでもよいので流してあげることが必要になります。もし自分で薬物を入れてしまった、職場で入ったなどの場合は薬品名がわかるのでそれは必ずメモをするか現物をもって眼科に受診する必要があります。

 勘違いしがちな間違いとしては「余計な処置をせずに病院にいった方がいい」という考え方です。確かに多くの病気やけがは病院での処置が最優先です。しかし、薬物が入った場合は別です。その場合は病院にかかるよりなによりまずその薬物が目に接している時間を短くして濃度を下げることを優先してください。その後で救急車をよぶなり、病院に駆け込むということをしていただきます。(複数にいた場合は同時並行で)薬物が目に入った場合、特に催涙スプレーや硫酸、または第三者に正体不明の薬物をかけられた場合は夜間・祝日でも休日診療している施設で見てもらった方がいいです。なぜならば自分では十分に洗ったつもりでいても洗いきれていないという事があるからです。1日眠った後の処置となると時間が経過してしまい後遺障害を残しやすくなります。視力低下や失明の原因ともなるので迷わず受診しましょう。では受診したら眼科ではなにをしてくれるのでしょうか?

〇眼科ではどのように治療がなされるのか

 眼科でもやることは徹底的に濃度を下げる・量を減らすという事です。大量の生理食塩水などで眼を洗うことで濃度を下げていきます。特に目というのはただ流しているだけだと奥の方に薬物が溜まってしまうという事があります。そのため目のはじまでしっかりこすって薬物を減らすという事を行います。そしてその状況に応じて治療薬を投薬するという事になります。

 アルカリ性・酸性に限らず薬液を使った場合は治療後のフォローも大切です。次第に悪化するということもあるのでただ洗って治療したらおわりではなくて定期的に受診をして治療をしていく必要があります。

 ちなみに、催涙弾などを暴徒の中で浴びてしまった場合は目だけの処置ではなくシャワーを浴びたり洋服を代えるなどをして付着したものを全体に減らすという努力も必要になります。

 こういうことがない事が一番ですがいざというときに備えて知っておいていただければと思います。

眼科医

医師・医学博士・眼科専門医・昭和大学兼任講師。海外および全国(北海道から沖縄まで)から患者さんが集まっている。登録者6万人以上のYouTube「眼科医平松類チャンネル」にて日々目の健康情報を発信。日経Goodayなどに連載。テレビ・ラジオ・新聞・雑誌等メディアにても情報発信をおこなっている。著書に「1日3分見るだけでぐんぐん目が良くなる!ガボール・アイ」「緑内障の最新治療」など多数あり、累計50万部以上。

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