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「働く」の不幸を取り除け!組織課題へ取り組む産業医の役割【浜口伝博×倉重公太朗】第3回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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コロナによって働き方は大きく変化しています。とくに首都圏ではテレワークが劇的に増えました。もし労働者がテレワーク中にケガをした場合、業務に関連するものであれば労災の対象となる可能性があります。仕事とプライベートが混在する在宅勤務では、職場と比べて安全衛生を守ったり、労災を予防したりするのが難しくなります。そのあたりの判断をしたり、アドバイスを求めたりするときに、非常に頼りになる存在が産業医です。時代の変化が加速する今、どのような産業医が世の中に求められているのでしょうか。また「良い産業医」を選ぶポイントも教えていただきました。

<ポイント>

・これからの産業医は「ニーズ・オリエンテッド」が求められる

・産業医を選ぶ場合のわかりやすい指標とは?

・日本で唯一の「産業医特化型」のサイト

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■在宅勤務に労災は適用されるのか

倉重:コロナに関しては、労災になるという通達も出ているところです。安全配慮義務がどこまであるのか。義務ではないけれども措置は講じなければいけないのか、まだ判例がないので確定していません。それでも、できうる限りのことを、今一生懸命やるという話ですよね。

浜口:おっしゃるとおりです。在宅勤務を会社も認めているわけですから。労働衛生の3管理で言うところの、「作業環境管理」「作業管理」「健康管理」のうち、「作業環境管理」「作業管理」を自宅に適応しなければいけません。自宅で事故が起これば、業務関連なら労災になります。

倉重:そうですね。

浜口:腰痛の問題も起こりやすいですし、何かにつまずいて足をくじいてしまうと労災になるわけです。自宅でも労災になることを安全衛生委員会できちんと説明してあげて、「会社の指示で在宅勤務させるのですから、注意しなさい」と言わなければなりません。

 そもそも家は仕事をするように設計されてはいません。リラックスするために設計されている場所で仕事をさせるわけですから、照明、いすの高さ、机の広さ、事務用品の不足やコピー機不備など、さまざまな不都合な問題があります。不便な中で仕事をさせるわけですから、会社としても必要なものを提供したり、配慮すべきことを工夫したりしないといけないですね。

倉重:なるほど。お話を伺っていると、産業医の役割は非常に広がっているように感じます。

産業医に求められるスキルは、どういうものですか。

浜口:これからは、ニーズ・オリエンテッドになると思います。会社ごとにニーズはまちまちですから、産業医側も持つべき能力を幅広く準備する必要があります。産業医の経験値がそのままスキルのベースになりますが、こういう時代ですから、ネットワークの中に自分から入っていって、自分の経験値以上の情報を取りに行く必要があります。いま開業型の産業医が増えているんですよね。

倉重:独立されている方が結構いらっしゃるのですね。

浜口:そうです。独立して産業医になって、いくつかの顧客をもって、なりわいを立てている先生が都市部を中心に増えています。その先生方が本当に的確なスキルを持っているかどうかは、また別なのですけども。

■コンサルティングできる産業医はニーズが高い

倉重:そこをお伺いしたかったのです。企業の人から見て、どういう産業医を選べばいいのですか?

浜口:いくつか分かりやすい指標はあります。一番分かりやすいのは、「どういう資格を持っているか」ということです。

倉重:どのような資格がいいのですか?

浜口:そもそも産業医をするには、医師免許だけではダメで、プラスアルファの資格が必要です。一番基本的な資格は、日本医師会が発行している「認定産業医資格」を持っていること。これ以外には「労働衛生コンサルタント資格」があります。少なくとも、どちらかを持っていないと産業医はできません。ちなみに産業医大卒業生は、医学部時代にこれらを履修するので卒業時には全員が有資格者です。ここで知ってもらいたいのが、日本産業衛生学会が認定する「産業衛生専門医」、つまり産業医の「専門医制度」です。日医の認定産業医は50単位の受講で資格取得できるのですが、「専門医」は、他の臨床系の専門医と同様式での、ペーパー試験や面接試験、発表試験等があって、かなりの難関資格です。

倉重:その産業医の専門医制度は、いつからあるのですか。

浜口:1992年から始まりましたので、もう30年近くなりますね。

倉重:それほど前からあるのですね。

浜口:日本産業衛生学会が30年近くかけて専門医認証をやっているのですが、全国で指導医、専門医を合わせても500名も誕生していません。

倉重:それは確かに少ないです。

浜口:かたや日本医師会の認定産業医を持っている人は、報道では「10万人」と言われていますから、もう話にならないくらいの差があります。

倉重:それでは産業医の数が足りませんね。

浜口:日本産業衛生学会の専門医は、結果として少数精鋭の希少価値なのですが(笑)、社会から見たら日医認定産業医10万人を前にしてビジビリティがありません。とにかく日本全国の産業医スキルを上げるには、どうしても日本医師会の産業医制度を維持発展させていくことが大前提です。制度発展と応用実践的な産業医育成の両立をしていく必要があります。日本医師会は国内の産業医基盤を整備するという意味で大事業を成し遂げました。この制度設計者は大久保利晃先生(産業医大元学長)です。歴史に残る事業をされたと思います。そして次のステップとしては、この制度を飛躍させながら、かつ全国どこにいても先生方にわかりやすく産業医実践を伝えて、タイムリー情報も提供できるようなオンデマンド型のネットワークシステムの構築が必要です。そこで私は2018年から準備を始めて2019年9月に産業医に特化したeラーニングサイトを開講しました。ここにくると、きちんと応用的、実践的な勉強ができるコンテンツがあります。Q&Aも自由にできますし、毎週オンラインで研修会も開催されています。実践場面で困っている先生や、さらに専門性を深めたいと思う産業医は、ぜひここに来てほしいと思います。有料会員主体ですが、無料会員制度もあってけっこう情報もありますし、オンライン参加できるプログラムもあります。じつはこのサイトの運営にも先ほどご紹介しました大久保利晃先生のご指導を頂いています。

倉重:そのタイトルは、何と言うのですか。

浜口:「産業医アドバンスト研修会」と言います。

倉重:ここにリンクを張っておきましょうか。https://johta.jp/

浜口:ありがとうございます。これは日本で唯一の「産業医特化型」サイトです。すべてのコンテンツは、さっき紹介した日本産業衛生学会の専門医たち、もしくは熟練の専属産業医やスキルの高い労働衛生コンサルタントたちで製作されています。

倉重:産業医を志している方の人数を増やさないとまずいですよね。

浜口:講演でよく言うのですけれども、どの企業も、弁護士と契約していない企業はありません。「企業は弁護士を置かなければならない」という法律はどこにもないのに、企業も必ず弁護士と契約しています。なぜでしょう? やはり、それは必要だからです。ニーズがあるからです。産業医はそれとは真逆で、ニーズの有無にかかわらず、とにかく法的に置くことが決められています。

倉重:だから有名大学の名誉教授のようなよくわからない人が、ハンコを押しに来るのですね。

浜口:そうです。企業側も、「産業医を置け」と言われているのですけれども、何のために置くのかが、分かっていないのです。

倉重:そうです。いや、まさにそこなのです。

浜口:何のために置かなければいけないのか。それから、何をしてもらったらいいのか。会社側も、産業医も分かっていなかったりします。そこで私は「御社の問題は何ですか」と、まず産業医のほうから聞いてくださいと先生方にアドバイスしています。会社側はたとえば、「若い人の欠勤が多いので、メンタルが心配です」あるいは、「残業が減らないので体調が心配です」「女性が多いのですが、どういう施策したらいいのか分かりません」など、いろいろ課題が出てきます。すぐに解決できることとそうでないことがありますが、まずはコミュニケーションすることで、企業側と信頼関係を築く必要があります。

倉重:まさにコンサルティングですよね。

浜口:おっしゃるとおりです。コンサルティングができる産業医が信頼感に直結します。

倉重:今の時代これから、もっと必要性が高まってくるのかと思います。

(つづく)

対談協力:浜口伝博(はまぐち つたひろ)

産業医科大学医学部卒業。病院勤務後、(株)東芝および日本IBM(株)にて専属産業医として勤務。

(株)東芝では、全社安全保健センター産業医を務め、日本IBM(株)では、統括産業医、アジアパシフィック産業医を担当した。同時に、日本産業衛生学会理事、東京都医師会産業保健委員、厚労省委員会委員としても活躍する。現在、産業医、労働衛生コンサルタント、産業保健コンサルタントとして活躍中。

企業・団体での講演や医師会産業医研修会での講師担当も多い。 受賞歴:産業医学推進賞、日本産業衛生学会奨励賞、中央労働基準局局長賞、産業医科大学基本講座最優秀講師賞など。 教育:産業医科大学産業衛生教授、東海大学医学部講師、順天堂大学医学部講師としても学生を指導している。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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