安倍政権がやった「掟破り」総決算!--そのツケは誰が払うのか?
異次元緩和の「アベノミクス」から「春闘介入」まで
7年8ヶ月続いた安倍政権が、幕を閉じることになった。この間、安倍首相がリーダーシップをとって行ってきた様々な政策は、賛否両論あるものの、日本経済や日本全体の将来に大きなインパクトを残した。とりわけ、アベノミクスに代表される経済政策の影響は、ひょっとしてしたら今後、何十年もの間、我々の生活に影響を及ぼすかもしれない。
安倍政権の様々な政策を一言で表すとすれば「掟破り」と言って良い。それまでの政権ではタブーとされた方法も、安倍政権下では政権の独断によって次々と繰り出された。安倍政権を支持してきた国民の多くは、この掟破りの方法を是として、閉塞感のあった日本経済を立て直せるのではないかと期待したのだろう。
たとえば、官僚の人事権を内閣府の直轄にして、政権による官僚支配の構図を作った。公文書偽造問題なども、内閣府主導から生まれた官僚支配体制がもたらしたものと言っていい。まさに掟破りの政権だったわけだが、問題は過去の掟を破ってでもチャレンジした様々な政策が、どの程度の「成果」を上げたのかだ。成果さえ上がっていれば、結局は誰も文句を言わない。他の政権がやって来なかった、安倍政権の成果を経済に絞って検証する。
掟破りその1
「アベノミクス」という名の未来へのツケ
安倍政権は、日銀の金融緩和を柱とした「アベノミクス」を看板に掲げて、経済政策を推進してきた。日銀が国の借金である国債を買い入れることで、国中のお金の量を増やし、20年以上続いたデフレ経済を改善しようとしたわけだ。
中央銀行による大規模な金融緩和は、戦争や新型コロナウイルスによるパンデミックのような非常時では行われることがある。今回のコロナでも、先進7カ国の中央銀行で計6兆ドル(約640兆円、IMF調べ)の金融緩和が実施された。ところが、アベノミクスは平時に異次元と呼ばれる金融緩和を行ったところが掟破りと言って良い。
しかも、「リフレ派」と呼ばれる一部のエコノミストの言葉を鵜呑みにして、日本銀行にリフレ派を送り込み、強引に中央銀行支配を成し遂げた。黒田総裁は政権の求めに応じて、現在も無制限の金融緩和を続けている。ただ、このアベノミクスによって円安が進み、株価が上昇するなど一定の成果はあった。簡単に整理すると次のようになる。
●株価……政権発足時(2012年12月25日、以下同)には1万80円12銭(日経平均株価)だった平均株価が、辞職表明の2020年8月28日には2万2882円65銭に。株価は約2.3倍になった。
●為替市場……「ドル円」では政権発足時「1ドル=84円」程度。それが辞職表明前後には「106円」台の円安となっている。アベノミクスの実施によって1ドルあたり12円前後の円安となり、輸出産業などを中心に業績がアップした。
●GDP(国内総生産)……498兆円(2012年10-12月期)だったのがピーク時には539兆円(2019年7-9月期)に押し上げた。ただし、コロナの影響で最終的には485兆円(2020年4-6月期)となり、政権発足時よりも下がってしまった。
●デフレ解消……2%の物価上昇率を目指したものの、7年8か月たった今もその目標は達成できていないが、一時期を除いて概ね物価がマイナスに下落するデフレは解消できた。とはいえ、新型コロナの影響もあって犠牲を払った割には成果は乏しいものだったと言って良い。
安倍政権を支持する人たちは、こうした経済効果を評価しているわけだが、問題は非常時でもないのに7年8か月もの長期にわたって、中央銀行が異次元の規制緩和を実施してしまったことだ。どんな形で未来にツケとして現れるのか……。たとえば、次のようなことが考えられる。
●中央銀行の決算を悪化させた……アベノミクスを強力に推進させたのは日本銀行の異次元の緩和であり、さらに国債を大量に買い入れたことで日銀のバランスシートを大きく膨らませることになった。日銀の国債保有比率は政権発足時には11.5%だったのが、20年3月末には47.2%にまで膨れ上がっている。金額ベースで532兆円の国債を積み上げ、株式も33兆円を買い入れた。
2013年度の日銀の総資産は241兆円、2019年度には604兆円に拡大している。安倍政権下で2.5倍に拡大させたことになる。銀行券=紙幣発行機関である日銀の財務の健全性がいずれは問題になるはずだ。とりわけ、日本国債の半分が日銀保有という現状は、いずれ大きなツケを払うことになるかもしれない。
●財政再建を放置した……国と地方の長期債務残高を見てみると政権発足時には932兆円、対GDP比率で189%だった。それが現在では、1182兆円に膨れ上がり、対GDP比率も207%に上昇した。「3本の矢」を掲げて、財政出動も積極的に行ったためどうしても長期債務が増えてしまったわけだ。最近は、経常収支が黒字である日本は、どんなに国債を発行しても財政破綻はしないし、超インフレにもならない。将来的にそのツケを払う必要もない、という考え方をよく耳にするが、ツケを払う必要がないと考えること自体が、本来であれば掟破りと言える。いまとなっては、ツケを払う必要がないことを祈るしかないだろう。
結果的に、アベノミクスは安倍政権を代表する経済政策となったわけだが、「400万人を超える雇用を作った」と安倍首相は辞任会見で胸を張ったものの、アベノミクスについては一言も触れなかった。少なくとも安倍政権と日本銀行が追及した結果は得られなかった、と考えて良いだろう。
そもそもアベノミクスの異次元緩和の考え方のベースは、米国の経済学者「ポール・クルーグマン」が提唱した考えに基づくものだが、残念ながらそのクルーグマン自身が、自分の考え方の過ちを認めている。日本の場合、アベノミクスと同時に消費増税を2回も実施したために、思った成果を得られなかったというのも事実だ。単純な評価は難しいが、いずれにしてもアベノミクスは様々な形で今後の世代に、大きなツケを押し付けたと言って良い。
掟破り2
金融市場に介入、クジラとともに株高を演出したこと
掟破りの第2弾としては、株式市場などへの市場介入がある。国債市場も、アベノミクスによる日本銀行の国債買い入れで大きな歪みを作ってしまったが、同様に現在日本銀行が続けているETF(上場投資信託)やREIT(上場不動産投信)の買い入れは、国際的にみても「掟破り」の経済政策と言える。
そもそも株式市場は、あくまでも投資家による人気投票であって、株価は市場の評価によって決定されなければならない。にもかかわらず、株価が下がってくるとどこからともなく日本銀行のお金が入ってきてETFを通して株価が維持されてきた。
この状態がいつまでで継続できるのかどうかは不明だが、本来は市場メカニズムで動く金融市場が、中央銀行の金融政策によって価格を操作され続けているのが、現在の日本の金融市場と言って良い。言い換えれば、そのために日本の株式市場がいつか大暴落を起こす可能性は否定できない。
さらに日銀だけではない。安倍政権下では、世界最大の機関投資家と呼ばれる年金資金を積立運用する「GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)」が、それまでの資産運用のルールを変えて、国内外の株式市場や債券市場にも積極的に投資が出来るように、一気にルール変更したことも掟破りといって良いだろう。日銀やGPIFに加えて、豊富な資金力を持つ共済年金やゆうちょ銀行、かんぽ生命を含めた「5頭のクジラ」と呼ばれる存在が、安倍政権時代の株価を支えてきたと言っても過言ではない。
今回の新型コロナウイルスによる株価暴落でも、その運用成績に関心が高まった。株価が大きく売られる局面で、莫大な損失を出した場合、年金生活者の多くが路頭に迷うことになる。
掟破り3
上がらぬ賃金批判受けて春闘介入?
安倍政権が当初スローガンに掲げていた「トリクルダウン」が機能しなかったことはよく知られている。富裕層が豊かになれば、それ以外の層も徐々に豊かになれるという理論だが、安倍政権下では実質賃金は上昇するどころか下がり続けている。毎月勤労統計調査によれば、2015年を100とした「実質賃金指数」は政権発足時104.5(12年平均)だったのが、99.9(19年平均)と下落し続けている。7年間で4.4%、賃金が減った勘定になる。
ただ、その反面で雇用情勢は改善したと考えていいだろう。有効求人倍率も、政権発足当時は1.0倍を大きく下回っていたのが、現在ではコロナ禍でも1.08(7月)と1.0倍を上回っている。失業率も、確かに4.1%(12年11月)から2.8%(20年6月)へと下落した。実際に、13年1月~20年1月の7年間で、雇用者数は504万人増えた。しかし、その64%に当たる322万人が非正規雇用者だった。
この時期は1947年~49年にかけて生まれた「団塊の世代」がリタイアした時期でもあり、急速に人手不足感が出てきた時期とも重なった。法人企業統計によると、企業の売上高はこの7年で8.4%上昇し、営業利益も39.9%伸びた。アベノミクスによって企業の利益は約4割伸びたわけだ。
しかし、人件費の伸びはわずか4.9%にとどまった。正規社員が急減し、非正規雇用の社員が急増したからだ。要するに、安倍政権下で企業は生産性向上のための努力を怠り、非正規雇用者の低賃金によって利益を増やし、内部留保を溜め込んだというのが正しい見方と言える。
そんな状況の中で、安倍政権は「春闘」にも介入しようとした。これも掟破りと言って良い。経団連に働きかける形で、2%を超える賃金上昇を要求した。残念ながら、「春闘賃上げ率」の集計の対象になるような企業は資本金10億円以上、従業員1000人以上の労働組合がある大企業のみだ。これは、全体の7%程度にしかならない。大企業の従業員の賃金は上昇したものの、それ以外の従業員は5%程度、賃金が減った--それが安倍政権の成果だ。
掟破り4
7年で2倍以上になった外国人労働者、4倍の訪日観光客
格安の労働力を確保する方法として、安倍政権が注目したのが外国人労働者だ。厚生労働省の発表では、2013年の外国人労働者数は71万人、2019年10月末現在の外国人雇用労働者数は165万人で、前年同期比13.6%と過去最高を記録した。外国人労働者も安倍政権になってから2倍以上に増えたことになる。国籍別では、中国が最も多く約41万人、次いでベトナムの40万人。この2カ国でほぼ半数を占める。
それまで外国人労働者は、民主党政権時代も含めて年々伸びてはきたものの、意図的に伸びを抑えてきたと考えていい。そういう意味では、外国人労働者大量受入れという掟破りをここでもしたことになる。さらに、今では安倍政権最大の功労とも言える「インバウンド需要」、いわゆる観光大国ニッポンを目指したのも、それまでの政権とは異なった。
訪日外国人数は、2012年が840万人だったのが、2019年には3190万人に増加。4倍近い伸び率となった。観光庁が発表した2019年の訪日外国人旅行消費額も前年比6.5%の4兆8113億円に達した。安倍政権下で最も成功したプロジェクトのひとつだが、この背景に東京五輪があることは明らかだ。
皮肉なことに、新型コロナウイルスによるパンデミックで、このインバウンド需要が最も深刻な影響を受けることになってしまった。一刻も早いコロナ収束が待たれるところだが、一極集中的なプロジェクトの育成もコロナのような全世界を巻き込んだアクシデントには弱いことが分かった。
リスクを先送りした典型的な政権、次期首相に託される日本の命運
7年8か月に及ぶ戦後最長の政権が残したものは、少なくとも構造改革や生産性向上といった、いまもっとも日本経済に求められている改革には手が付けられなかった。その代わりに、異次元の金融緩和政策や金融市場のルール変更といった小手先の方法で、日本を変えようとした節がある。もっと簡単に言えば、支持基盤を裏切るような政策はすべて先送りにして、安定した政権基盤を作ったと言って良いのかもしれない。
「やってる感」だけをひたすら演出し続けた7年8か月だったと指摘する報道も少なくない。結局のところ、国民全体にリスクを分散したとも言える。いずれにしても安倍政権の7年8か月が、我々国民一人一人に残したツケはあまりに大きい。