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英EU離脱投票と労働者たち:暴走するワーキングクラスの怒り

ブレイディみかこ在英保育士、ライター
残留を呼び掛ける労働党党首コービン(写真:ロイター/アフロ)

ユーロ2016とEU離脱投票

サッカーのユーロ2016が開催されているフランスのイングランド代表サポーターたちと、EU離脱投票で揺れる英国のムードをリンクさせて記事を書いているのはガーディアンのコラムニスト、ポリー・トインビーだ。

マルセイユのイングランド代表ファンの群れは明快だ。「ファック・オフ、ヨーロッパ!俺たちは離脱に投票する」。彼らはそう叫んでいる。そして私は、もっと行儀よく、けれども自分の耳を塞ぐような頑なな姿勢で同じことを口にする人たちと話しながら一週間過ごした。

出典:Guardian:"Brexit supporters have unleashed furies even they can’t control" by Polly Toynbee

彼女はロンドンの労働党本部で、ボランティアの若者たちと一緒に、労働党支持者たちにEU残留票を投じるよう呼びかける電話をかけていたという。北部のノッティンガムシャーの労働党支持者のリストを渡された彼女たちは、そこで圧倒的多数の人々が電話で「離脱!」「離脱!」と訴えるのを聞いたという。

トインビーは彼らの声から激しい怒りを感じたそうだ。「俺は生涯労働党を支持してきたが、今回は離脱に入れる」「我々はもうパンパンだ。悪いがこれ以上の人々は受け入れられない。医者に会う予約を入れるのも大変で、英国人の子供が行きたい学校に通えず、家も足りない」「国民のことをまず考えてくれ」と言う人々に「それは移民のせいではなく、保守党政権が緊縮財政で予算を削減しているからです」と説得しようとしても、「移民から先に何でも与えられる」と先方は答えるらしい。トインビーはその場に2つの全く正反対の人々の姿を見たという。

ここにあるのは2つの和解できない人々の顔。ノッティンガムの伝統的な年長の労働党支持者たち。そして彼らを十分に説得することができない、若く、熱意に溢れたロンドンの大卒の若者たち。

出典:Guardian:"Brexit supporters have unleashed furies even they can’t control" by Polly Toynbee

ノッティンガムといえばダイハードなワーキングクラス地域として知られている。後者の大卒の若いボランティアたちは、昨年の党首選でジェレミー・コービンを熱烈に支持した若者たちの象徴だろう。コービンが昨年労働党党首選で奇跡の勝利を果たしたとき、この2つの層は再び同じ党首のもとに団結したように見えた。が、EU離脱問題でまたほころびが目立ち始めた。トインビーは電話で話した北部の労働党支持者たちから得た感触をこう書く。

「エリート」へのアンチ発言がさらに激しくなるだろう。アンチ議会、アンチ政治、彼らはもうデモクラシーに飽き飽きしている。

出典:Guardian:"Brexit supporters have unleashed furies even they can’t control" by Polly Toynbee

サッカーのW杯やユーロの開催時といえば、下層の街の家々の窓にびらびら聖ジョージ旗が下がる時期でもある。これでイングランド代表がまた例によって死闘の末に惜敗するような劇的な試合でもあれば、庶民の怒りと絶望は最高潮に達し、そのまま猛然とEUにファック・オフをかますんじゃないかとさえ思える。国民投票の投票権は一部の都市のインテリ層だけが握っているわけではないのだ。全国津々浦々で不満を抱えている庶民たちの方が数は多い。そのことを忘れ、政治家も有識者もストリートのムードを知ろうとしなかったからこそ、スコットランド独立投票であれほどパニックしたのではなかったか。

EUは労働者にやさしいのか

これまで一般に、保守党支持者と比べて労働党支持者は残留支持が多いと言われ、残留を唱えるキャメロン首相は、実は労働党支持者の票をあてにしてきたとも言われてきた。

実際、労働者はEUの規制に守られていたほうが権利を維持できるのだというのは労働者の街でも一般論だ。保守党政権は昨年の総選挙後、組合のストライキを困難にしようとしたり、組合から労働党への献金にも規制をかけようとしてきたからだ。

EU懐疑派のコービンは、EUはデモクラティックな組織ではないとしながらも、「EUから抜けると保守党の労働者への締め付けに抑制が効かなくなる」と主張して残留を呼び掛けてきた。

コービンは、EUに残留することは「有給休暇や差別禁止の規制、産休、父親の育児休暇、そしてとりわけ環境保護」を守ることになると言う。

出典:BBC NEWS:"EU referendum: Vote Remain to protect workers' rights, says Corbyn"

だが、これに対する離脱派の反論は、「規制が少なくなればもっと雇用が創出される」「規制が必要かどうかは英国民が自分たちで決めるべき」だ。労働党では、議員の4%が離脱を支持しているにもかかわらず、党員となると44%が離脱を支持しているという調査結果もある。離脱派の労働党議員フランク・フィールドはこう書いている。

僕は労働党の同僚たちに、我が党の改革の歴史と英国民の良識にもっとプライドを持ってほしい。(中略)有給休暇から最低賃金まで、クレメント・アトリーやハロルド・ウィルソンやトニー・ブレアは、それらを実現するのにあたってEU官僚からの強制は必要なかった。英国の社会権は、幾度も世界を先駆けるものとなってきた。それに、保守党政権が我々の基本的な権利を侵そうとすれば、彼らは英国北部の街で支持を伸ばそうという野望を果たすことはできないだろうと僕は確信している。

出典:Guardian:"Brexit would help us control immigration. Like me, many Labour voters want out" by Frank Field

加え、わたしの周囲の中高年労働者がよく言っているのは「そんなにEUが労働者を保護するなら、どうしてギリシャやスペイン、ポルトガルでは50%近い若者が失業しているんだ」ということだ。「EUは労働者にやさしい」というレトリックは地べたの人々には説得力がない。

残るはやはり移民問題なのか

これは風向きが変わったなと感じたのは、潔癖左翼と呼ばれてきたジェレミー・コービンが「移民について心配するのはレイシストではない」と語ったときだった。

下層労働者が「移民が多すぎる」と言えば、左派は「レイシスト」と言って彼らの不安を頭ごなしに否定し、耳を貸さなかった。しかし伝統的には、こうした人々こそが労働党を支持してきた層だったのである。コービンはこう言った。

「劇的に、急激に変わるとコミュニティーの人々は当惑します。彼らはリトル・イングランダーではないし、外国人嫌いでもないし、レイシストでもない。地域に人々が増えれば、病院や学校や住宅にプレッシャーがかかる。それは移民のせいではありません。政府のせいです。2010年に政府はMigration Impact Fund(移民による影響の対策基金)を廃止しました。それは地方自治体が移民による短期的インパクトに耐えらえるよう配分される基金でした。この廃止により、政府はコミュニティーが移民に対応するための準備と投資を弱体化させたのです」

出典:Daily Mail:"It's not racist to worry about immigration, Jeremy Corbyn says as he slams David Cameron's Remain campaign ・・・ but tells people to vote for In anyway"

しかし、いくら「保守党政権が悪い」と結論づけても次の総選挙は2020年であり、怒れる労働者たちには遅い。

さらに、別の観点から「EU離脱派はレイシストではない」と主張する労働党議員や支持者たちもいる。前述のフランク・フィールドの記事も、伝説の労働党女性議員、バーバラ・キャッスルの言葉を引用してこう主張している。

EUの外に出れば、我々はEUメンバーに現在求められているような、ドイツ人やスペイン人やベルギー人を優遇し、インド人やオーストラリア人やカナダ人を冷遇するといった差別をしなくなるでしょう。英国は、「リトル・ヨーロッパ」や地理的に近い国々のためだけに仕える国ではなく、肌の色に左右されない移民政策を通して、再び世界の市民になるのです

出典:Guardian:"Brexit would help us control immigration. Like me, many Labour voters want out" by Frank Field

16日に発表されたIpsos MORI の世論調査では離脱希望が6%リードしている。

追記:この記事は残留派の労働党議員ジョー・コックス氏が死亡される前に書いたものです。彼女が共同執筆された文章を昨年ここに書いた記事の中で一部引用させていただいたこともありました。RIP Jo Cox.

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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