北欧最大級の美術館は「刑務所」のようか?王室に失礼な作品や建築家との対立、波乱と期待の幕開け
北欧で最大級となる国立美術館が6月11日にノルウェーの首都オスロでオープンする。
オープンする何年も前から、ノルウェー現地では新しい国立美術館の在り方を巡って、議論が盛んだ。
この国の人々は高い税金を払っていることもあり、公共の建築物となると市民は「正しい税金の使い方か」など、多様な観点でひとりひとりが意見を言いたくなる。
国立美術館といえば、オスロに観光にくる日本人も必ず訪れる場所。
旧館にあったムンクの『叫び』が所蔵されている「ムンクの間」は新館に移された。フラッシュをたかなければ、スマホで『叫び』と記念撮影可能な寛容さも新館では継続される。
新館は、かつてのナショナルギャラリー、建築博物館、デザイン博物館、現代美術館が統合された。この新館への移転のために、2016年からは各館が続々とクローズしており、『叫び』も2019年から一般公開されずにいた。
ここ数年は寂しかったが、昨年の新ムンク美術館のオープンとともに、今オスロのアートシーンは花開いている。
新国立美術館は、6500点以上の作品を展示、総面積約5万4600平米、1万2400平米の展示スペース。つまり、オランダのアムステルダム国立美術館やスペインのビルバオ・グッゲンハイム美術館を上回る規模となる。
さて、素晴らしい美術館の幕開けではあるのだが、美術館を巡って議論が好きなノルウェーではこのような観点でも話題を集めている。
①美術館の外観は「刑務所」のようか
新ムンク美術館は「空港のようだ」と酷評されたのだが、新国立美術館は「刑務所のようだ」と言われている。
「駐車場」や「ガレージ」という声もある。
灰色の冷たい感じの建物は「閉じられた空間」で、市民を遠ざけるデザインだと。
旧館ナショナルギャラリーを巡っても、本来は素晴らしい建物なのに使われず眠っており、古い建物を使い続けない「裕福な国ノルウェー」の「使い捨てカルチャー」の実例としても挙げられるようになった。
②ノルウェー王室をバカにしている(?)作品を展示
オープニングのこけら落としの展示「私はそれをアートと呼ぶ」では、約150人のアーティストによるノルウェー現代美術を紹介。
特に注目を集めているのはLena Trydalさんによる王室一家を描いた『民衆の王様』と、天使と交信できるなどと話題のノルウェー王女の『マッタ・ルイーセ』だ。
国王はカジュアルな恰好、王妃は若者のよう座り方、かつてドラックパーティ―にも出入りシングルマザーだったメッテ=マリット王太子はホーコン王大使と出会った音楽フェスでのTシャツを着ている。
ノルウェーでは美術館の役割は「議論を生むこと」とも捉えられているので、オープン前から特定の作品がこれほど注目を集めることはマイナスではない。そもそも王室を愛情を込めて笑いのネタにするのはノルウェーでは前からあること。
日本では展示できないような王室ネタの作品があるのもノルウェーらしいし、ノルウェー王室の庶民らしさを反映しているともいえる同作品を「笑える」「おもしろい」と評価する声もある。
③対立ドラマ「建築家を尊重しないノルウェーのカルチャー」
建築設計したのは、ドイツの建築家グループ「クライフス+シュベルク」。
だが、建築家のクライフス・シュベルクさんは、国立美術館のトップやノルウェー政府の国有建造物管理局Statsbyggに対して怒りを感じている。
「オープニングは欠席することさえ考えた」と話すのはクライフス・シュベルクさん本人だ。「美術館のトップたちは傲慢の塊で、建築家である私を敵扱いした」。
建築側の不満はノルウェー現地でも大きなニュースになっていた。
国立美術館側はコミュニケーションの問題が起きていることを認めていた。
建築のプロセス後半になり、国立美術館の関係者は、シュベルクさん側の当初のデザインを一部変更。
床の材質は金銭的節約のために手抜き材料が使われたり、照明担当者たちの意向が優先され、当初なかった設計が追加されたり、シュベルクさん側にとっては「建物との相性が最悪なデザインの家具・ロッカー・ゴミ箱」が設置されたり、問題は複数ある。
こけら落としの展示「私はそれをアートと呼ぶ」の全体の設置を、シュベルクさんは「蚤の市のようだ」と酷評した。
4日はプレス向けの公開日で、シュベルクさんによるガイドツアーが開催された。
こういう時は本来は報道陣を連れて館内を回り、どういう意図で設計したのかを話すものだ。
だが、私たちはミュージアムショップの前から一歩も動くことはなく、立ったままシュベルクさんの不満に耳を傾ける1時間の記者会見へと発展した。
「建物に満足しているか?いいえ。嬉しいと言わないといけないのかもしれませんが。国立美術館にずっとクレームしていて、美術館の公式HPから、建築設計のどの部分に私が加わったのか、私のクレジットを一部を削除する依頼はやっと今朝反映されました。特定の設計に関わったことから距離を置きたいんです」
「美術館は対話を無視しました。他国との仕事では、建築家の意見はもっと尊重されますが、ノルウェーにはそのカルチャーがない。次々と私たちをスルーして設計を変えていき、『ギャラはもう支払ったのだからいいだろう』という態度をされた」
「私たちの美しい設計図は捨てられ、美術館側はまるで我々が悪者で、クレイジーで、頑固者かのように振る舞いました。建築家のデザイン画を無視して、三流のインテリアデザイナーたちの意見を採用する。同僚の仕事を取り上げるようなもので、倫理コードに反しています」
一体これまで何があったのか、シュベルクさんの話は止まることがなかった。
確かに美術館側の主張のようにコミュニケーションの問題はあったのだろうが、これほど建築家を憤慨させることになったことは残念だ。
一方でここまで建築側に自由に館内で問題の不満を話させているのも、「公開性」を重視するノルウェーの特長といえるのかもしれない。
まぁ、ここで建築家に口止めしていたら、それはそれでノルウェーのメディアは見逃さずニュースにするだろう。
美術館側は今回のオープニングで、現地ではさまざまな批判が出ていることは承知で、「議論は歓迎」とカリン・ヒンズボ館長は話していた。
ちなみにノルウェーの美術館というのは、批判されると「美術館をきっかけに、社会で議論が巻き起こっていて素晴らしい」と切り返すのがお馴染みだ。
「美術館は議論を生むべき」という役割をまさに実行中の新しい国立美術館。
いつかノルウェーを観光することがあれば、この美術館をあなたはきっと訪問するだろう。
新しいムンク美術館と国立美術館の複数の『叫び』を鑑賞しながら、「現地ではこういう観点でお議論になったのか、自分はどう感じるだろう」と物思いにふけるのもいいかもしれない。