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これではAKB48総選挙と変わらない 「希望の党」も政党なら首相候補と政権公約ぐらい決めてから戦え

木村正人在英国際ジャーナリスト
安倍首相と小池知事のガチンコ討論は実現するか(写真:つのだよしお/アフロ)

政党政治とは

[マンチェスター発]希望の党代表の小池百合子都知事が新聞各紙のインタビューに答えています。本人は10月22日投開票の総選挙には出馬しないと断言する一方で、過半数に達する候補者を擁立し「しっかりと政権を狙っていきたい。まずは単独政権だ」(毎日新聞)との考えを示しました。

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焦点の憲法改正について「9条関連の改正を含めて幅広く議論すべきだ」とした上で地方分権を優先すると述べています(読売新聞)。消費税10%への引き上げについては「いったん立ち止まるべきだ」と凍結する考えを改めて表明しました。しかし希望の党は単独過半数を目指すと言う以上、首相候補ぐらい決めておくべきではないでしょうか。

保守党年次党大会(筆者撮影)
保守党年次党大会(筆者撮影)

筆者は英マンチェスターで開かれている保守党年次党大会の取材に来ています。保守党はイギリスで最も歴史の長い政党で17世紀に発足し、今でも昔と同じように「トーリー」と呼ばれています。今年の党大会は10月1日から4日まで4日間開かれています。

支持者の自撮りに応じるメイ首相(筆者撮影)
支持者の自撮りに応じるメイ首相(筆者撮影)

テリーザ・メイ首相をはじめ閣僚の演説だけでなく、朝は8時前から夜遅くまでシンクタンクや団体、メディアが主催するさまざまなフリンジ・イベントが開かれています。教育、医療、高齢者対策、税制に関わる下院議員、業界関係者、研究者、活動家、有権者が集まり、活発に議論を戦わせます。

保守党大会のフリンジ・イベント(筆者撮影)
保守党大会のフリンジ・イベント(筆者撮影)

イギリスの民主主義は言葉と討論、アイデアの力によって形作られます。徹底した討論を積み重ねて作ったマニフェスト(政権公約)を柱に総選挙を戦います。メイ首相はEU離脱交渉に向け政権基盤を強化したいとの政略から早期解散に打って出て、準備不足のマニフェストで大きく躓いてしまいました。

危うい日本の民主主義

イギリスの政治文化と比べると、急ごしらえの希望の党が人気を集める日本の民主主義に危うさを感じます。政党としての政策もはっきりしない。代表は首相にはなれない都知事。党大会すら開いたことがない。こんな新党が議会第2党になるのが確実というのだから驚きます。

産経新聞に全文掲載された小池知事のインタビューを読んで、あきれました。あまりにもとらえどころがなさすぎて、「AKB48選抜総選挙」と大して変わらないなというのが実感です。政党の背骨は政策です。日本を変えるというだけでは政策にはなりません。小池知事にとって政党は権力闘争のための手段に過ぎないようです。

有権者は安倍首相と小池知事のガチンコ党首討論を期待しています。それを見ずしてどうして政権選択選挙に投票できるでしょう。小池知事が出馬しない限り、今回の総選挙は安倍首相に対する信任投票に過ぎません。かと言って小池知事が総選挙に出馬すれば都政をないがしろにしていると厳しい批判を浴びるでしょう。

左派から右派への鞍替えはありえない

昨年6月の国民投票で欧州連合(EU)離脱を52%対48%で決定してから、イギリスは漂流しています。経済には何のプラスにもならないEU離脱は短期的には「失敗どころか大失敗」です。しかし長期的には仕方のない選択だったのかなと筆者は考えています。

EU離脱決定を機に、ハードブレグジット(EU単一市場・関税同盟からも離脱)の保守党とソフトブレグジット(単一市場・関税同盟へのアクセスを可能な限り残す)の労働党の対決構造が再び強まりました。イギリスで中産階級が細り、若者VS高齢者、持たざる者VS富裕層の格差が広がったことも背景にあります。

保守党は、できるだけ政府の関与を少なくして市場原理に任せれば経済は成長して雇用は増えると考えています。政府は小さくして機能的、効率的にしようというわけです。これに対して労働党は財政を拡大して貧富の格差を埋めよう、政府は積極的に社会的弱者のために役割を果たそうと訴えます。

保守党から労働党に鞍替えする、労働党から保守党に移ると言ったら、イギリスの有権者は腰を抜かしてしまうでしょう。保守党にとって労働党は不倶戴天の敵であり、労働党にとって保守党は天敵だからです。

自民党の安倍晋三首相が進める政策は、イギリスのジェレミー・コービン労働党党首のそれと非常によく似ています。政府債務残高を対国内総生産(GDP)比の240%まで膨らますような政策はイギリスの保守党では考えられません。それは保守党が忌み嫌う労働党の政策だからです。

日本には本来の意味でのコンサーバティズム(保守主義)は存在しないのです。

一方、政権交代可能な二大政党制を目指した民主党は民進党になり、希望の党に合流することになったかと思えば、安保・憲法観の不一致から排除された護憲派が新党「立憲民主党」を結党するそうです。立憲民主党は日本国憲法を変えないという方針がはっきりしているため、希望の党より政党らしいと言えるかもしれません。

しかし改正条項がある憲法を変えさせないというのは憲法違反ではないかと筆者は思います。

政策を戦わせる民主主義を

保守党のダミアン・グリーン筆頭国務相は二等車に乗って移動し、タクシーの列に並ぶという庶民派政治家です。常々「自分にとってコンサーバティズムとは何か」を考えているそうです。

グリーン筆頭国務相(筆者撮影)
グリーン筆頭国務相(筆者撮影)

グリーン氏はフリンジ・イベントで「あなたが抱える問題を解決するために、もっとお金を使います、税金を上げずに歳出を増やしますと言っているのが労働党のコービン党首だ。ナンセンス。我々はこの議論に勝利する」と力を込めました。

党大会で演説するハモンド財務相(筆者撮影)
党大会で演説するハモンド財務相(筆者撮影)

フィリップ・ハモンド財務相も党大会の演説で「コービンのマルクス主義政策は不可避的にイギリスを(欧州の病人と呼ばれた労働党政権下の)1970年代後半に引き戻す」「労働党は政治的な恐竜、ジェラシック・パークだ」とこき下ろしました。

EU加盟国の大統領選や総選挙を取材していて痛感することがあります。フランスの国民戦線や「ドイツのための選択肢」といった極右政党の広がりに目をつぶりながらEU統合を進めた方がいいのか。それともEU離脱を決めてイギリス独立党(UKIP)を雲散霧消させたイギリスの方が幸せなのかということです。

イギリスは国民投票でEUという統合システムの中で溶けてなくなってしまうことを拒絶しました。

EUという経済統合のプラットフォームを出発点にするより、自分たちの国のかたち、社会のあり方、自分たちの未来を徹底的に討論して決める民主主義に立脚する。イギリスはEU離脱交渉で大変な苦労をするかもしれないけれども、国家百年の計でみると正しい道を進んでいるように筆者は思うのです。

日本でも安倍首相と小池知事が徹底的に政策論争をして民主主義に活を入れてほしいのですが、なかなか難しいようです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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