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野球界から"ダイスケ"が消える日

楊順行スポーツライター

1980年生まれの、プロ野球OBと雑談していたときのこと。ふと思いついて、たずねてみた。

80年生まれというのは、いわゆる"松坂世代"だ。98年、横浜高で春夏連覇を果たした松坂大輔を筆頭として、甲子園やプロ野球で大活躍した選手がことのほか多い。

その年のドラフトで指名された全75人のうち、高校生が29名。現在と違い、大学生と社会人には逆指名制度があったとはいえ、そのうち1位指名が8人もいる。松坂をはじめ藤川球児、東出輝裕、新垣渚(のち、大学からプロ入り)……。社会人や大学を経てのプロ入りなら、ほかに杉内俊哉、和田毅、村田修一、館山昌平、久保康友……ら、枚挙にいとまがない。

67年生まれのKK世代もそうだ。85年のドラフトでは、桑田真澄や清原和博のほか、つごう6人の高校生が1位指名されるなど、一流のプロ野球選手が数多い。ほかにもテニスなら松岡修造、バレーボールなら中垣内祐一らがこの年代にいる。

この世代誕生前年の66年は、縁起の悪い丙午。迷信を嫌った両親が66年の出産を避け、その分、翌年生まれの子どもの絶対数が多かったため、というのがKK世代=黄金年代の定説だ。

「僕らの世代なら、荒木大輔さんの存在があったと思いますよ」

松坂世代のOBがいう。

「80年というのは、早稲田実の荒木大輔さんが、1年生エースとして夏の甲子園で準優勝し、大ブームになった年です。野球好きな親が、荒木さんにあやかりたくて、その年に生まれた子どもに"大輔"という名前をつけても不思議はない。松坂がそうだったようにね。またそうした親はわが子に、熱心に野球の手ほどきをし、野球に夢中になるように積極的に導くでしょう。松坂世代が、これだけ球界に多いのは、そういう理由があるんじゃないですか」

かつて高校球児に高かった"大輔含有率"

そういえば、思い出した。98年と99年の夏、いったいどれだけの大輔が甲子園に出場したかを数えたことがあるのだ。いわば、"大輔含有率"。結果、98年が出場55校の全880人中14人、99年は出場49校全784人中18人。これ、かなり多いですよ。人数が多めの1クラスなら、必ず大輔が一人いる計算なのだ。

松坂大輔が活躍した、その98年に生まれた年代は、今年高校1年生にあたる。で、さぞや大輔君が多いことだろう……と、九州大会に取材に出向いたとき、全18チームの登録メンバーをながめてみた。だが、いないんだな、これが。

360人中、大輔はたった一人。エースだけとってみても乃亜、海斗、塁、大夢、翔太……ワープロソフト泣かせの、いまどきの名前ばかりだ。まあ、だれかにあやかって名づけるよりも、オリジナリティーを表現したいのがいまの親心なのかもしれない。

それはそれとして、野球界にはいま、大きな危機感がある。大輔君どころか、野球少年の数そのものが激減しているのだ。

たとえば、軟式の全国大会にあたる全日本学童(小学生)大会の今年の代表51チームのうち、選手数がベンチ入り上限の20人に達していないのが29チームと、半数を大きく超えている。強豪にしてもそうで、昨夏の全国大会でメダルを獲得していながら、今年は人数不足で休部したチームもある。

全日本軟式野球連盟に登録している学童チームの数は、2011年度の14221に対し、13年度は13291と、2年で1000近い減少だ。

一方、高校生の硬式野球部員数は今季、統計を取り始めた82年以来初めて17万人を突破した。だがそれは、理不尽なしごきや上下関係が姿を消し、新入部員が退部しなくなったからでもある。1年生が3年まで続ける継続率は、40年前に72.9%だったのが、いまや87.7%で、いわば数字のマジック。先日取材に行った強豪シニアリーグの指導者は、

「うちの市には小学生の硬式チームがなく、やるのなら軟式。ですが、小学校は27あるのに、選手登録しているのはたった60人です。選手募集については、数年先が思いやられます……」

と嘆いていたが、それが現場の体感だろう。

学童チームが、2年で1000も減った……

なぜ、野球少年が目に見えて減っているのか。むろん、原因として少子化は考えられるが、サッカーなら中学の部員数が野球を抜いたり、小学生のなりたい職業として、サッカー選手が野球をしのぐ1位になって久しい。ひとつ考えられるのは、サッカーの場合、指導者にライセンス制度があり、年齢が上がっても、継続して体系的な指導が受けやすいことがある。そこへいくと野球は、進学するごとにチームが、指導者が替わり、それぞれの教え方に一貫性があるとは限らない。

また、ボール1個あればプレーできるサッカーに対し、野球は投げる、打つ、捕るためにある程度の技術が要求される。その水準に達するまでに時間がかかるし、プレーする環境も限られている。それが間口を狭めているのではないか。

むろん、野球界も手をこまねいているわけではない。普及のために各地で野球教室を開催し、日本プロ野球選手会は06年、公園でキャッチボールができるようなプロジェクトを立ち上げた。ただそれにしても、低年齢の野球人口の減少には、歯止めがかかっていない。先に書いた全日本学童の今年の優勝チームは、ベンチ入りが12名だった。しかも6年生が卒業すると4、5年生一人ずつしか残らないのだ。

10年後を考えると、空恐ろしいですね。大輔がいないどころか、「野球? やったことないけど、ゲームなら知っている」という子どもだらけになったりして……。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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