ひろゆきvs2ちゃん運営 控訴審の判決文が公開されました(1)
西村博之氏が2ちゃんねる運営企業であったレースクイーン社(Racequeen Inc.、以下RQ社)を商標権侵害等で訴えていた件、報道された情報ベースで簡単に書きましたが、知財高裁の判決文(1月26日付け)が公開されました(要旨も公開されていますので時間がない方はそちらをご参照ください)。以下、簡単にポイントを見ていきたいと思います。
結論としては、RQ社が西村氏に2億円強の損害賠償金を支払うよう命じられましたが、RQ社によるドメイン2ch.netの使用の差止めについては棄却となっています。また、将来の損害に対する損害賠償金の請求が却下になっていますが、将来の損害の賠償を今求めるのはそもそも無理筋なのでここでは議論を割愛します。
2ch.netのドメイン使用差止めが勝ち取れれば西村氏としては大勝利だったのでしょうが、それはかないませんでした(この判決についてご本人もテンション低めなのもうなずけます)。
まずは、商標権侵害による損害賠償について見ていきましょう。
西村氏が権利者になっている「2ちゃんねる」および「2ch」の商標権の侵害の話です。RQ社は侵害を避けるために、2ちゃんねるを5ちゃんねるに改名しましたが、少なくとも2014年2月19日(いわゆる「乗っ取り」が行われたとされる日)から2017年9月30日(5ちゃんねるに改名した日)までの間はこれらの商標を使用していたことから、この期間における侵害が争点となりました。地裁判決では、RQ社によるこれらの商標の使用には先使用権があるとして、商標権侵害を認めませんでした。商標法の先使用権の規定は以下のとおりです。
①出願前から使用していた、②不正競争の目的ではない、③自己の業務として周知になっている、④継続的に使用すること等を要件に、先使用が認められると他人の商標権の効力が及ばなくなります。
報道情報ベースからは、②が問題となった(RQ社の商標使用が不正競争目的と判断された)と想像していましたが、そうではありませんでした。ひっくり返ったのは③の判断です。③の「自己の業務」の「自己」が西村氏なのかRQ社(または、その前身のNTテクノロジー社)なのかという判断です。
RQ社は西村氏が2000年頃から掲示板運営・開発には関与しなくなり、実質的な掲示板サービスの提供者(商標の使用者)が自社であったことを、様々な証拠と共に主張しています(この部分、2ちゃんねる開発の細かい歴史がわかってなかなか興味深いです、個人名は匿名になっていますが見る人が見れば全部わかってしまうでしょう)が、結局、知財高裁は、長年の使用により「2ちゃんねる」は西村氏の業務として周知になったのであってRQ社(およびNTテクノロジー社)の業務として周知になったのではないとして、RQ社には先使用権は発生していないと判断しました。これは、感覚的には納得が行きます。
先使用権が認められなかったことにより、不正競争防止法(2条1項2号)についても西村氏の主張が認められました。2ちゃんねるの著名性については疑いの余地がないでしょう。2014年2月から2017年9月のうちで商標登録がされていなかった時期の損害については、不正競争防止法による損害賠償が認められ、結果的に全期間における満額請求が認められています。
なお、乗っ取り行為があったか否かについても、知財高裁は判断しています(以下、判決要旨より抜粋、太字は栗原)。
さらっとではありますが、乗っ取りであったと認定しているように思えます。なお、なぜこの点を議論しなければならないかと言うと、不正競争防止法の損害賠償は故意・過失が要件なので少なくとも過失があったかを検討しなければならないからです(細かい話になりますが、商標権についてもそれは同じなのですが、商標法には過失の推定規定があるので原告は過失があったことを立証する必要はありません)。
次に、2ch.netのドメインの使用差止めの件です。
地裁判決では、そもそも先使用権により商標権の侵害はなかったことから、ドメインの不正使用については論じるまでもなく請求棄却されていました。控訴審では、先使用権が認められなかったことで、ドメインの不正使用についても議論されたわけですが、やや意外な理由により請求棄却となっています(これは、冒頭で引用した「要旨」では触れられていません)。長くなりましたので別記事で書くことにします。