「食い物の恨み」で対立する金正恩エリートと地方住民
朝鮮半島では、旧暦の8月15日が秋夕(チュソク、旧盆)に当たる。今年は今月11日だった。各家庭では、先祖を様々なごちそうで迎える。その中で欠かせないのがリンゴなのだが、北朝鮮ではこの配給をめぐり、国民の大きな怒りを買う事態となっている。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
平壌の事情に明るい咸鏡南道(ハムギョンナムド)端川(タンチョン)の情報筋によると、秋夕を迎えて、平壌市内では「元帥様(金正恩総書記)の熱い愛」との触れ込みで、各家庭にリンゴが配給された。
先月26日から、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)部隊のトラックが、平壌市内の各洞(町)の果物屋にリンゴを運び込み、配給が行われたが、その様子は国営の朝鮮中央通信も報じている。
これに激怒しているのが、平壌以外の地方住民だ。
「朝鮮労働党が地方住民を騙したと考えると、怒りが収まらない」(情報筋)
クァイル郡はその名が示すとおり、昔から果物の生産地で、全国の果物の4分の1がここで生産されている。降水量が少なく、稲作より果物栽培に適しているからだ。一方の大同江果樹総合農場は、金正日時代の2007年、地方の住民を多数動員して、山を削らせて造成させてものだ。
朝鮮労働党は「これからここで生産されたリンゴ、ナシ、スモモ、サクランボが全国に供給される」と宣伝していたが、実際に受け取ったのは、平壌市民と一部の幹部だけ。
地方は、食べ物が底をついた「絶糧世帯」が続出するほどの食糧難に苦しめられ、果物はおろか、日々の糧を得るのが精一杯という実情なのに、平壌市民だけは、果物や野菜が配給されている。それとて充分な量とは言えないのだが、それでも「食い物の恨み」を募らせてしまうほど、地方住民は苦境に立たされているのだ。
(参考記事:山に消えた女囚…北朝鮮「陸の孤島」で起きた鬼畜行為)
海に面した端川は、まだマシな方と言えよう。北部山間地の食糧事情は、極めて深刻だ。
両江道(リャンガンド)普天(ポチョン)の情報筋は、平壌市民にリンゴが配給されたことを知った地元民は、激しい怒りと虚しさに包まれていると伝えた。
(参考記事:地方住民を犠牲にして平壌市民に野菜供給…募る不満)
大同江果樹総合農場の建設に半年間動員され、整地とリンゴの木の植林を行ったという情報筋は、労働力の動員のみならず、労働者を支援するとの名目で、各家庭から少なからぬ金品も徴収されたと当時を振り返りつつ、怒りをあらわにした。
「大同江果樹総合農場の果物一つ一つには、数多くの地方住民の血と汗がにじんでいるのに、取れた果物は平壌市民にだけ供給されるなんて、不満が出ないはずがない」
「平壌市民だけを優遇する当局のやり方は、平壌市民の8倍以上になる地方住民をバカにして差別する、極めて間違ったものだ」
当局の平壌優遇策は、今に始まったものではない。そもそも、平壌は成分(身分)の良好な「選ばれし者たち」だけが住める特別な都市だ。一方の地方住民は、平壌を一時訪問するだけでも特別な許可を求められる。平壌優遇は、法的制度に基づいた地方住民の差別なのだ。
地方住民の不満を感じ取ったのか、金正恩氏は、地方の開発にも力を入れるよう述べたが、それは地方住民の負担を増やす結果となっており、どう転んでも地方住民は痛めつけられるのだ。