中国は「フランケンシュタイン」になったのか ニクソン訪中から半世紀 米国の対中関与政策が幕を閉じる?
米国務長官「共産主義者の中国と自由政界の未来」
[ロンドン発]マイク・ポンペオ米国務長官が7月23日、カリフォルニア州のリチャード・ニクソン図書館・博物館で「共産主義者の中国と自由世界の未来」と題して演説しました。1972年のニクソン訪中から半世紀に及んだアメリカの対中関与政策の大転換を目指しています。
超タカ派そろいのトランプ政権では2018年10月、マイク・ペンス米副大統領が「トランプ政権の対中政策」と題して演説、米中「新冷戦」の到来を告げました。11月の米大統領選で優勢が伝えられる民主党候補のジョー・バイデン前副大統領は対中関与政策を推進してきました。
新型コロナウイルス対策の失敗と景気後退で劣勢に立たされるドナルド・トランプ大統領の切り札は対中関与政策の大転換と、白人の怒り、そして人種間の緊張を煽る「文化戦争」です。「文化戦争」の炎に油を注ぐのはもってのほかです。
しかし、南シナ海や東シナ海での海洋進出、中印国境での冒険主義、香港国家安全維持法の強行を目の当たりにすると、このまま対中関与政策を続けると経済や軍事面での米中逆転が早まり、危険極まりないこともまた事実です。
「中国が変わるまで世界は安全ではない」というニクソン氏の言葉を引用したポンペオ長官の演説を見てみましょう。
【ポンペオ長官の演説要旨】
もし21世紀を習近平国家主席の夢見る中国の世紀にしたくないのなら、自由な世紀にしたいのなら、厳しい真実に目を閉じたまま対中関与政策を続けるべきではありません。戻るべきでもありません。自由世界は新しい専制政治に打ち勝つ必要があります。
1967年の外交誌フォーリン・アフェアーズでニクソン氏はこう指摘しました。「長い目で見れば中国を永遠に国際社会の外に置いておくことはできない。中国が変わるまで世界は安全ではあり得ません。私たちの目標は変化を起こすことです」
アメリカの政策立案者は中国がより繁栄するにつれ、開放され、国内でより自由になり、海外での脅威が少なくなり、友好的になると予想しました。しかし、そうなるのが必然と考える時代は終わりました。関与政策はニクソン氏が望んだ中国内の変化をもたらしませんでした。
真実は、自由陣営の政策は中国の失敗した経済をよみがえらせ、国際社会は手をかまれただけでした。われわれは中国人民を受け入れましたが、中国共産党は自由で開かれた社会を利用したに過ぎません。西側企業が中国に入る代価として中国共産党は人権侵害に目をつぶることを求めました。
ニクソン氏は、中国共産党に世界を開くことにより「フランケンシュタイン」を作ってしまったのではないかと心配していると語ったことがあります。それが今日、実現しています。理由が何であれ、中国はますます権威主義的になり、より自由への敵意を示すようになっています。
習主席は破綻した全体主義イデオロギーの真の信奉者です。中国共産主義の世界覇権への長年の野望はこのイデオロギーに由来します。アメリカは中国共産党がそうであるように、もはや両国間の根本的な政治的、イデオロギー的な違いに目を閉ざすことはできません。
ロナルド・レーガン元米大統領は「信頼せよ、しかし確かめよ」の原則に基づき旧ソ連に対処しました。現在の中国共産党に対しては「信頼するな、確かめよ」ということになります。世界の自由を愛する国々はニクソン大統領が望んだように中国に変化を起こさなければなりません。
コロナで一気に硬化したトランプ氏の対中政策
トランプ政権になってアメリカの対中政策は転換しました。バラク・オバマ前米大統領時代の対中政策はG2(米中対話)からアジア回帰政策、封じ込め政策(コンテインメント)と関与政策(エンゲージメント)という2つの政策を合わせた「コンゲージメント」と大きく揺れ動きました。
トランプ政権の対中政策を見ておきましょう。
(1)膨大な対中貿易赤字に端を発した米中貿易戦争。中国を「為替操作国」と非難
(2)中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の次世代通信規格5G参入阻止のためアングロサクソン諸国の電子スパイ同盟「ファイブアイズ」を軸に包囲網を構築
(3)昨年の香港逃亡犯条例改正案を巡る大規模デモや今年の香港国家安全維持法の強行に合わせて次々と対抗措置
(4)新型コロナウイルス・パンデミックで初期の流行を中国が隠蔽し、被害を世界中に拡大させたと糾弾。世界保健機関(WHO)を「中国寄り」と非難して来年7月にWHOを離脱すると公式に通告
(5)新疆ウイグル自治区でのイスラム教徒弾圧に関して地元の中国共産党関係者に制裁発動
(6)南シナ海の領有権を巡る中国の活動を「違法」と断罪
(7)スパイ活動と知的財産窃盗の拠点だったとしてテキサス州ヒューストンの中国領事館を閉鎖
トランプ陣営はオバマ前大統領の副大統領を8年も務めたバイデン氏との違いを明確にするため、対中強硬政策を次々と打ち出しています。
バイデン氏は対中関与政策を推進した実際主義者
「オバマ大統領の時代は、口だけで実際に動かなかった(軍事活動を伴わなかった)ものですから中国は、南シナ海、特に南沙諸島で好き勝手にできました。結局、今の中国の“のさばり”というのはオバマ大統領の8年間の負の産物です。言うだけで何もしなかったわけですから」
香田洋二・元海上自衛隊自衛艦隊司令官は筆者にこう指摘します。
オバマ前大統領の副大統領だったバイデン氏は2011年から1年半の間に、当時、副主席だった習氏と8回も会っています。2人は中国の地方の学校でバスケットのシュートに興じ、通訳を介しただけの食事は合わせて25時間以上に及んだそうです。
「世界のどの政治指導者より習氏とプライベートな会合に多くの時間を費やした」というバイデン氏は11年8月、習氏と北京の人民大会堂で夕食を共にした後、大笑いする写真が残されています。バイデン氏は民主党の政治家として長らく対中関与政策を推進してきた実際主義者です。
トランプ陣営の対中強硬政策は冷戦初期のイデオロギー的な「赤狩り」にも似てきました。しかし一貫性がなく、トランプ大統領のツイッターのように場当たり的で、米大統領選の行方をにらみながら「踏み絵」を迫られる同盟国を混乱に陥れています。
今回の大統領選でバイデン氏は新疆ウイグル自治区でのイスラム教徒弾圧で習氏を「この男は体の骨の中に民主主義を持たない男だ」「ウイグル族を強制収容所に入れている犯罪者だ」と非難しました。しかしバイデン陣営の外交チームが中国との「対話」を重視しているのは明らかです。
アメリカが中国に対し軍事的優位を維持している間にテクノロジーや経済面での中国の台頭を抑えられなければ、台湾、南シナ海、東シナ海の安全保障は大きく揺らぎます。米大統領選とその結果を受けてアメリカの対中政策がどう変わるかで、日本と世界の運命は一変します。
(おわり)