「自分のことはさておき」。坂上忍が語る絵本、コロナ禍、今の思い
フジテレビ「バイキング」などで司会を務める俳優の坂上忍さん(52)。14匹の犬たちと暮らす愛犬家としても知られますが、先月、愛犬・リクを描いた絵本「リクはよわくない」を発売しました。命の重さを語る一冊から、新型コロナウイルス禍で生まれた価値観、そして、今後への思い。今、考えることを語りました。
「何ともならなかった」
絵本を出すきっかけになったのは「バイキング」のロケだったんです。年に1回、被災地に行っていて、東北にお邪魔した時、ある幼稚園にうかがったんです。
そちらで、保育士の方々と一緒に絵本の読み聞かせをさせてもらったんですけど、子どもたちが本当に一生懸命聞いてくれてね。
その時に「みんな、これだけ聞いてくれるんだ…」と絵本の力を感じまして。そんなことがあって、僕の出版物を担当してくださっている方と話す機会があった時に「絵本という形で『生き物と暮らすとはこういうことだよ』と子どもたちに伝えるのはどうでしょう」という話になったんです。それが2年前ほどでした。
動物と暮らす現実を伝える。それを考えた時に、ずっと僕の頭の中にあったのがリクのことだったんです。
リクはウチの5番目の子なんですけど、それまでの4匹は自分のやり方でうまく育ってくれたんです。特に、4番目の子、パグゾウは未熟児だったんです。かなり厳しいとも言われていたけど、本当にありがたいことに、しっかり育ってくれました。
リクも産まれた時から、かなり大変というか、難しいとは言われてました。ただ、パグゾウもうまくいったので、どこか、僕が調子に乗ってたんだと思います。「大丈夫、なんとかなる」と。ただ、結果的には、なんともならなかった。2011年の3月にウチに来て、その年の10月には別れが訪れました。どこまでも後悔しかないです。本当に。
僕は子役スクールもやっているので、子どもは本当に十人十色。痛感しています。画一的に教えるのではなく、その子、その子に合った教え方をしないといけない。この上なく、分かっていたつもりでした。
そして「人間も、犬も同じ命」。これも、ずっと言ってきました。でも、でも、僕の中で、どこか、犬の命を軽んじていたところがあったのか。そう思わざるを得ないくらい「パグゾウが大丈夫だったから何とかなる」と思っていたところがあった。でも、何ともならなかったのが現実です。リクは本当にどうにもならなかった。
リクから教わったのは、人間も犬も本当に同じ。そして、それぞれに個性があるということでした。
それぞれ強さと弱さがある。強い部分をより強くして、弱い部分をどうカバーをして生きていくのか。個性。そして、命。とても大切なことで、とても基本的なことで、自分としては分かっている気になってた部分で、実は、相手から信頼を得るやり方を自分は知らなかった。それをリクから教わりました。
コロナ禍で思うこと
そんな思いを込めて絵本を作る。そして、それを読んでくれた子どもたちからもらう感想というのは、すごく染み込んできます。子どもは感じたことをそのまま言いますからね。例えば「なぜ、もっと楽しい終わり方にしなかったんですか」「この絵本を読んで、動物を飼おうと思っていたけど、今迷っています」とか。一方で「今、犬と生活しているんですけど、もっと大切にしないといけないと思いました」という感想ももらいました。どれも何も間違ってないし、どれも心に強く残りました。
それとね、出版にあたって、僕が絵本を作るのが初めてだった部分もあったし、絵をお願いした「野性爆弾」のくっきー!も、いつもとは全く違うトーンの絵を最後まで粘って一生懸命描いてくれたし、ぶっちゃけ、発売時期は延びたんです。本当は去年のうちに発売しているはずが、今年の4月17日になりました。
出版社さんにしたら、予定していた段取りは崩れるし、とんでもなくマイナスな流れだったと思います。ただ、何の因果か、いつも以上に命について考える新型コロナウイルス禍で、この絵本を出すことになった。こういう場合に、縁という言い方はおかしいんだろうけど、自分の中ではつながってしまいますね。
命についてもそうだし、いろいろな価値観を再度見つめなおす時期になってます。今は。この前、たまたまヒロミさんと話をしたんです。コロナ禍になって「半世紀生きてきても、こういうのを食らうと価値観が変わっちゃうよね」と。
どっちかというと、僕はせっかちなんで、50歳までに終活も終えて、早め早めに何でも段取りをしていくタイプだったんです。でも、今回のようなことがあると「もうこの歳になって変わらないだろう」と思っていた価値観に基づいて決めたことも、また見つめなおさないといけない。そんなことも感じてますね。
「自分のことはさておき」
犬の命は人間よりはるかに短い。それは分かっていたはずなのに、自分の感情を優先して、犬と接していたんじゃないかなと。それもまた感じています。自分のことはさておき、目の前のこの子の一日一日を本当に良いものにするためにはどうしたらいいのか。
徐々に「自分はさておき、別の何かのために」という思いが増えてきました。50歳も過ぎたから“人間が丸くなる”というようなものとはまた別でね。
歳のこと言うと、あと少しで53歳になりますから、もう芸歴50年ですよ。こんなもんね、アホみたいな話ですよ(笑)。
ただ「自分のことはさておき」をするためには、まず自分が果たすべき責任を果たしきらないといけない。もう“アガリ”の状態にしておかないといけない。それをしないと“さておく”こともできないですから。なので、今しばらくそこはしっかりとやろうかなと思っています。
先ほどみたいな子どもたちの感想もうれしいですし、絵本をきっかけに、僕よりはるかに先輩の方々から丁寧なお手紙をいただくこともありました。そういう声を糧にね、なんとか、やっていきたいと思います。
…え、タレントさんから絵本の感想があったかですか?事務所が絵本を送ったりもしていたみたいですけど、僕のところには、ほとんど来てないですね(笑)。「絵本、いただきました。ありがとうございます」という御礼はいただくんですけど…。あの~、なんかよく分からないけど、僕、怖がられている?からか、感想をくれる人がいなくて。
それこそ、子どもたちじゃないけど、感想に正解も不正解もないんだし、もちろん、何と言っていただいてもいいんですけどね。そう考えると、まだまだ人間として「さておき」ができる状態じゃないんでしょうね(笑)。
■坂上忍(さかがみ・しのぶ)
1967年6月1日生まれ。東京都出身。3歳で劇団に入団してデビュー。テレビドラマ「下町かあさん」(72年)から国民的子役として活躍。以降、ドラマ、映画、舞台と多くの作品に出演し、97年には映画「30-thirty」で監督デビュー。舞台の脚本・演出も手がける。2009年には、キッズアクターズスクール「アヴァンセ」を設立。近年は「バイキング」「坂上どうぶつ王国」(フジテレビ系)でメインMC を務めるなど多くの番組にレギュラー出演中。著書に「偽悪のすすめ」「パグゾウくんとシノブくん。」など。