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万一の場合の「金正恩の後継者」が妹(与正)で、なぜ兄(正哲)ではないのか?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
兄の総書記をサポートする妹の金与正副部長(朝鮮中央テレビからの筆者キャプチャー)

 金正恩総書記に万一のことがあれば、後継者は妹・金与正(キム・ヨジョン)党副部長ではないかと囁かれ、今年1月の第8回党大会で規約が改正され、党総書記の下に第一書記のポストが新設されたのもその布石ではないかと取り沙汰されているが、金総書記には3歳年上の実兄、金正哲(キム・ジョンチョル)氏がいる。

(参考資料:金正恩総書記に後継ぎとなる子供は何人?)

 正哲氏は弟が2010年9月の党代表者会でお披露目されるまでは韓国では後継者の本命とみられていた。家督は弟ではなく、兄が継ぐものと考えられていたからだ。しかし、蓋を開けてみると、後継者は正恩氏だった。兄は政治には不向きであるとして、故・金正日(キム・ジョンイル)総書記は弟を後継者にしたと伝えられている。

 北朝鮮に2001年4月まで滞在し、金正日ファミリーの専属料理人だった藤本健二氏(現在、北朝鮮に永住)の話では、兄弟は幼い頃から仲が良かったとのことだ。弟は兄を「ヒョン」(兄さん)と呼び、兄は弟を「ジョンウン」と呼んでいたとのことだ。正哲氏は面倒見がよく、弟をかわいがり、何かにつけて弟をたてていたとのことだ。

 ならば正哲氏は、二人の子持ちのまだ34歳の妹が前面に出て、兄をサポートしているのになぜ弟の手助けをしようとしないのだろうか?正恩氏に万一のことがあれば、なぜ後継者は妹の与正氏であって、兄の正哲氏ではないのだろうか。不思議でならない。

 不思議なことと言えば、弟が2010年に後継者としてデビューした党代表者会終了後に錦繍山太陽宮殿をバックに金正日総書記を真ん中に党幹部全員が揃って記念写真を撮った際に妹だけでなく「第四夫人」と呼ばれていた秘書(キム・オク)までが含まれていたのに正哲氏の姿がなかったことだ。

 正哲氏の国内での動静は全く不明だが、海外では何回か目撃されている。例えば、2006年6月のワールドカップ開催中にドイツを訪れていたことがフジテレビによってキャッチされている。訪独目的はイギリスのロックギターリスト、エリック・クラプトンのコンサート鑑賞のためだった。また、2011年2月にはシンガポールを訪れ、またもやエリック・クラプトンのコンサート会場に女性を含め20数人のお供を連れ現れていた。

 ところが、それから10か月後の12月に父親が急死した際には告別式や国葬の場にやはり正哲氏の姿はなかった。弟と妹が遺体の傍に泣きながら寄り添っていたのに本来ならば喪主であるはずの正哲氏の姿はなかった。これもまた、実に不自然極まりない。

 正哲氏は党幹部である党中央委員(139人)にも候補委員(111人)にも選出されていない。候補委員の名簿に「キム・ジョンチョル」と言う同姓同名の人物が一人いるが、別人である。

 正哲氏はまた国会議員(687人)にも選ばれていない。いかなる役職にも就いていないのである。党中央委員でもあり、党副部長でもあり、今年1月の第8回党大会までは政治局候補委員のポストにあった妹と比べると、大違いである。

 兄弟は仲が良くても、トラブルの源、即ち仲違いの原因をつくるのは側近、取り巻き連中である。権力を握らんがために正哲氏を担ごうとする野心家らが出てくるとも限らない。それが、お家騒動になりかねないと憂慮したからこそ、初代の金日成(キム・イルソン)主席は正日氏を後継者に定めた際に12歳も年下の当時35歳だった異母弟の平日(ピョンイル)氏を国外に大使として出したわけだ。

 平日氏は1988年に外に出されて以来、ハンガリーを皮切りにブルガリア、フィンランド、ポーランドの大使を転々とし、2019年11月に帰国するまでチェコに大使として赴任していた。この間、本国に戻り、重要なポストに就いたことはなく、31年に亘って海外生活を強いられていた。

 一度、2015年7月に平壌で開かれた大使会議に出席のため臨時帰国したが、会議終了後に金正恩総書記が大使ら外交官全員と一緒に納まった記念写真をみると、金平日氏は異母姉(金慶鎮=キム・ギョンジン)の夫、金光燮(キム・グァンソプ)駐ハンガリー大使とともに2列目の左隅に追いやられていた。

 帰国した金平日氏が新たなポストに就いたとの報道はない。夫(張成沢元党行政部長)の処刑後、全ての地位を解かれ、66歳で「隠居生活」を強いられた異母姉(金慶喜=キム・ギョンヒ)と同じ道を辿るかは定かではないが、北朝鮮の権力構造上、正哲氏同様に表に出て、脚光を浴びることはなさそうだ。

(参考資料:「金正恩後継」の本命「与正」の対抗馬として名前が急浮上している叔父・金平日の実像)

 正哲氏が海外で最後に目撃されたのは2015年5月20日、英国である。やはりエリック・クラプトンの公演会場で目撃されている。ジャンパーにサングラスのスタイルは2017年2月にマレーシアで殺害された異母兄の正男(ジョンナム)氏と同じスタイルであった。

 正哲氏には3人の付き添いと女性が一緒で、一泊5万円から40万円もするチェルシーのテムズ川辺にある5つ星ホテルに宿泊していた。公演鑑賞後、22日にロンドンを出発し、モスクワ、北京を経由して帰国の予定だったが、モスクワ便に搭乗しておらず、またモスクワから北京の便にも搭乗していなかった。23日午後1時の高麗航空(JS152便)にも搭乗していなかった。この時から6年の歳月が流れたが、平壌からは正哲氏の動静は何一つ伝わってこない。

(「金正恩後継者」と俄然注目されている「与正」とは何者?)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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