Yahoo!ニュース

ニセ本多・正信嫡男の悲運の陰に、可憐な姫の復讐劇

陽菜ひよ子歴史コラムニスト・イラストレーター

NHK大河ドラマ『どうする家康』(主演:松本潤)もついに残り一か月。いよいよ佳境です。いよいよ豊臣家の終焉『大坂の陣』。クライマックスの連続で目が離せません。

今日は『どうする家康』にも登場した「癒し系」の姫が、のちに関わったとされる、恐ろしい事件について書きたいと思います。

裏切り者から名参謀となった本多正信

徳川四天王も全員没して、古参の家臣のほとんどがいなくなった中、変わらずに権勢をふるっているのが本多正信です。

一度は家康を裏切って出奔したものの、「本能寺の変」からの「神君伊賀越え」のどさくさに紛れて、華麗にカムバックしたニセ本多こと「本多正信」。松山ケンイチさんの胡散臭い演技にクギヅケです。

今日のお話のメインは、正信とその嫡子(跡継ぎ)「本多正純」(演:井上祐貴さん)です。 少し前から正純も登場しています。「イカサマ師の父と異なり『ちゃんとしている』」ともっぱらの評判ですが…。

父の本多正信は1563年「三河一向一揆」で一揆側に付き、家康の命を狙いました。一揆の終結後、家康より追放されたとも自ら出奔したともいわれます。その後正信は許されて家康に再度仕えますが、その時期はハッキリとはわかっていません。

一説によれば、1582年「本能寺の変」の頃には戻っていたとされており、大河もこの説を取っています。このタイミングで戻ったおかげで、正信には徳川家で大きく活躍するチャンスが巡ってくるのです。

正信は頭はいいのですが、武力はてんでありません。戦の軍師としても、榊原康政(演:杉野遥亮さん)の意見が採用されたりして、イマイチ活躍できず・・・。彼はどちらかというと伊賀の長老相手におこなったような心理戦、交渉術が得意なようです。

信長亡き後、家康と秀吉は、1584年「小牧・長久手の戦い」で一戦交えますが、その後は実戦より交渉術がモノを言う時代が到来します。しかも、それまで家康が頼りにしていたネゴシエイターの石川数正(演:松重豊さん)が1585年出奔。正信はスルリとその後釜に入り込むのです。

家康に「友」と呼ばれた男

家康はかつて自分の命を狙った正信を信頼し「友」と呼んだといわれています。

家康という人は、自分自身は凡庸な分、「家臣の才能を認めて重用する」能力がありました。自分より家臣が優れていると、嫉妬したり危機感を持ったりする主君が多い中、家康のそうした懐の大きさは、もはや「才能」といえるでしょう。

その才能こそが家康に「天下をもたらした」というのが、この大河のテーマといえるかもしれません。家康の身代わりになって討ち死にした夏目吉信(廣次)(演:甲本雅裕さん)のセリフ「部下に頼ることのできる殿は大丈夫」がそれを如実に表しています。

家康は正信の才能に心から感服し、頼りにしていたのでしょう。

本多正信・正純親子陰謀説

1585年、秀吉が関白宣下を受け、名実ともに天下人になると、それまでの価値観がひっくり返りました。もう武功を挙げて出世する時代ではなくなったのです。

前年の「小牧・長久手の戦い」で活躍し、もてはやされた「徳川四天王」(酒井忠次・本多忠勝・榊原康政・井伊直政)の活躍の場も、残念ながら徐々に減っていきます。家康が天下人となり幕府を開く頃には、皮肉にも政治の中枢に彼らの居場所はありませんでした。

代わりに舞台中央に立ったのが正信です。正信は交渉術のみならず、国づくりにおいても才能を発揮します。正信の嫡子・正純も父譲りの有能さで、家康の信頼を得るようになります。

そして、調子に乗ってしまったのかもしれません。

彼らは政治的なライバルを策略で排斥したといわれています。それが大久保忠隣(ただちか)。忠隣は家康の家臣で「徳川十六神将」の1人・大久保忠世(演:小手伸也さん)の嫡子でありながら、1614年に改易(士籍剥奪、家禄没収)させられてしまいます。

『大久保忠隣失脚事件』は本当に本多親子が仕組んだのか

忠隣の失脚は、以下の二点をもとに「謀反を疑われたこと」が原因だといわれています。

  • 養女を幕府の許可なく結婚させた
  • 家臣の不正(大久保長安事件)

大名は結婚や居城の改築などを、幕府の許可なく自由にできませんでした(「武家諸法度」)許可なくおこなえば処罰され、改易させられることも珍しくなかったのです。

忠隣の一件、正信・正純親子の陰謀だとする説が、江戸時代から記されています。ただ、事件当時の史料は残っていないため、史実かどうかは眉唾です。

大久保忠世は、正信が家康に再出仕するきっかけをつくったと言われています。それだけでなく、忠世は正信の出奔中、妻子の面倒も見ていたとか。正信にとって忠世は大恩人です。

その恩人の子である忠隣に対して、非道なことなどできるでしょうか?でもあいつならやりかねない、と思われていたのが正信だったのかもしれません。

本多正純が失脚した『宇都宮城釣天井事件』

ここからが本題。

多くの大名にとって、つらい戦に耐えた経験もほとんどなく、平和な世で出世して大きな顔をする正信親子の存在は、不愉快なものでしかありませんでした。こうした陰謀説が出るのも、それだけ正信親子が嫌われていたということ。

ただ正信は自身の立場を理解し、身の処し方を心得ていました。彼はどれほど活躍しても多くの禄(ろく)を受け取ることを固辞したといいます。出世しても金さえ受け取らねば恨みは買うまいと考えたのでしょう。

徳川四天王が約10万石の禄を受け取る中、彼の領地は死ぬまで相模玉縄1~2万石程度。子の正純にも3万石以上は受け取らないよう言い遺したと伝わります。

正信の死後、正純は宇都宮藩15万5,000石に加増されます。そして父の危惧通り、正純の権勢は、ここで潰えることとなるのです。

1622年正純は、秀忠の宇都宮城宿泊予定に合わせて、城を将軍にふさわしい御殿に改築します。ところが、良かれと思ってしたことで、言いがかりをつけられてしまいます。宇都宮城に釣天井を仕掛けて秀忠の暗殺を企てたとする嫌疑を突き付けられました。

この事件は『宇都宮城釣天井事件』といいます。もちろん実際には宇都宮城には仕掛けなどはなく、正純は無実というのが現在広く信じられている見解です。

因果はめぐる~事件の陰に姫君あり

実はこの『宇都宮城釣天井事件』にも「陰謀説」があります。正純が城に釣天井を仕掛けたと、秀忠に耳打ちした人物がいた、といわれているのです。その名は加納御前、広く知られた名は「亀姫」。そう、家康の長女のあの可憐な亀姫(演:當真あみさん)です。

「長篠の戦い」で鳥居強右衛門(すねえもん)の言葉に心を打たれ、ド田舎・長篠の奥平信昌に嫁ぐことを決意した心優しい亀姫。

実は、亀姫と本多親子には少なからぬ因縁があります。

ちょっとややこしいので、人物相関図をどうぞ。

明暗を分けた大久保家と本多家

亀姫の一人娘は、大久保忠隣の嫡子・忠常の正室でした。忠常は32歳の若さで死去。前述のようにその後大久保家は理不尽な改易となります。さらに、正純が転封となった宇都宮藩は、もともと亀姫の子・奥平家昌が藩主で、当時は孫の忠昌が跡を継いでいました。

娘婿の早世と改易、孫の不本意な国替えと、立て続けに起きた不幸。その陰に、権勢を誇る本多親子がいると、亀姫が思いこんだとしても無理はありません。亀姫の本多親子に対する恨みは深く、「いつかはらすまじ」と、待ち構えていたところ、将軍の宇都宮訪問は絶好の機会だったのでしょう。

将軍暗殺を企てたとする罪は大きく、正純は出羽横手へ流罪となり、本多家は改易と厳しい罰が下されました。亀姫の孫・奥平忠昌は宇都宮藩に返り咲き、大久保家は忠職(ただもと・忠常の子で亀姫の孫)の代で許されて家が存続しています。

まとめ

『どうする家康』、史実から外れたファンタジーだと賛否両論はありますが、個人的には夢のある世界観だと感じます。悪妻として描かれることの多い築山殿を聖女のように描き、その娘の亀姫は天使のごとく。が、しかし亀姫もなかなかに強い女性だったとも伝わります。

なんといっても天下人・家康の娘。夫・奥平信昌には側室を置くことを許さず、自ら4人の男子と1人の女子を生みました。たくましい!ただ男子は、四男の松平忠明以外は早世しています。夫や息子を次々と亡くしながらも、孫の後見を務め奥平家を守った亀姫、あっぱれです。

正純の失脚が亀姫の策かどうかは謎です。正純を疎ましく思っていたのは、亀姫だけではなかったともいわれます。正純に罪状を突き付けた使者の陰謀だとも、秀忠自身の意向だとも。

父の正信は家康と意見が異なるときには寝たふりをしてやり過ごしたといわれます。正純は秀忠より一回り以上年長だったせいか、頭ごなしに意見することも少なくなかったそうです。知らない間に秀忠に疎まれていたのかもしれません。

たとえ「友」と呼ばれても調子に乗らず、家康を立てることを忘れなかった正信。そのうまい立ち振る舞い方、見習いたいものですね。

(イラスト・文 / 陽菜ひよ子)

歴史コラムニスト・イラストレーター

名古屋出身・在住。博物館ポータルサイトやビジネス系メディアで歴史ライターとして執筆。歴史上の人物や事件を現代に置き換えてわかりやすく解説します。学生時代より歴史や寺社巡りが好きで、京都や鎌倉などを中心に100以上の寺社を訪問。仏像ぬり絵本『やさしい写仏ぬり絵帖』出版、埼玉県の寺院の御朱印にイラストが採用されました。新刊『ナゴヤ愛』では、ナゴヤ(=ナゴヤ圏=愛知県)を歴史・経済など多方面から分析。現在は主に新聞やテレビ系媒体で取材やコラムを担当。ひよことネコとプリンが好き。

陽菜ひよ子の最近の記事