今週末、どこ行く? 寒いこの時期に、温泉と郷土料理で温まる絶品!【温泉ごはん】 女性ひとり客も歓迎
働く女性の応援団長の「かやきっこ」で温まる
おいしい旅館「妙乃湯」(秋田県・乳頭温泉)
2016年の夏、手術をした顛末を観光経済新聞の連載に綴ると、掲載されたその日に電話が鳴った。
「大変だったね~、うちに休みにおいでよ」
馴染みの女将の声、秋田県乳頭温泉郷「妙乃湯」の佐藤京子さんからだった。
乳頭温泉郷は乳頭山の麓のブナの森に抱かれるように、鶴の湯、蟹場、孫六、大釜、黒湯等の7つの温泉が湧き、昔ながらの秘湯の風情を残す。とりわけ「妙の湯」は、女性に人気があり、予約を取るのが難しい。
もともと東京でインテリアデザイナーをされていた京子さんは、昼夜関係なく猛烈に働く中で、心身が疲れ、親戚が営んでいた「妙乃湯」に湯治にやってきた。
「お湯は素晴らしいんだけどね、当時は女性が湯治できる宿じゃなかったのよね」
京子さんは東京を離れ、女性も寛げる湯治宿を作るために「妙乃湯」に入った。
京子さんとの出会いは、初めて「妙乃湯」を訪ねた2003年。原色の花々のワンピースを着こなし、都会的な空気を纏っていた。
2000年代前半は、まださほど乳頭温泉は注目されてなかったが、「妙乃湯」には女性客が多く、私の記憶にも残る宿だった。
一昨年の年末に「妙乃湯」を再訪すると、第一印象で抱いた洗練された空間にさらに磨きがかかっていた。
玄関に入るとカサブランカが生けられてあった。桃色の紬生地の暖簾といい、この華やぎは意表を突く。
大浴場前には、美しい模様が入った硝子製の水差しに「ぶなの森の水」という湧き水が用意されている。「そうそう」と、私は頷く。湯上りにはその土地で湧いた美味しい水が飲みたいものだ。それも素っ気ない器やネーミングじゃ、旅の気分は盛り上がらない。「ぶなの森の水」は湯上りの体にすっと染みこんでいった。
「妙乃湯」は酸性・カルシウム・マグネシウム・硫酸塩泉の「金の湯」と単純温泉の「銀の湯」の2本の源泉がある。「金の湯」が注がれる混浴露天風呂は、川を臨み、美しく雪化粧されていた。でも私は「妙乃湯」発祥の内風呂「喫きっ茶さ去こ」がとりわけ好き。「銀の湯」が注がれている湯船の底には玉砂利が敷かれていて、入浴中に足の裏で砂利を転がすと指圧されているみたい。温熱効果に加えて、血流が良くなる。
料理はもっぱら秋田の食材が並ぶ。喉ごしのいい稲庭うどんはさっぱりとした汁に絡めていただければ、どんどん食べられる。いぶりがっこは、辛口のオリジナル地酒「妙乃湯」と実によくあう。最も印象に残っているのが「かやきっこ」。メニューを見た時に想像できなかったが、京子さんが教えてくれた。
「『かやき』をね、漢字で書くと『貝焼き』なの。秋田では昔っから、北海道産の大きな帆立貝の貝殻を鍋のかわりに使っていたのね。『かやきざら(貝焼皿)』と言って七輪にのせ、ひとりずつ煮ながら食べていたから、うちでも出しているのよ」
七輪の網の上に大きな帆立の貝殻が置いてあり、その上に帆立と白身魚、ワカメが盛られていた。口に含むと、貝殻も溶け出しているのではないかと思うほど、味もにおいも磯の香りがする。帆立や大ぶりな白身魚も食べ応えあるが、とりわけワカメの触感が驚くほど。活きがいいのだろうか、ゴリッゴリッと噛みしめると、海の情景が浮かんだ。
食事の〆にふるまわれるきのこ汁は、カットしていない大振りのきのこが味噌汁に浮いていた。郷土料理のどれもが素朴な味だった。
夕食を終えた時に、お腹だけでなく、目も満足していたことに気づく。田舎なのに華やぎがあるという「妙の湯」ならではの特徴が料理にも及んでいるからだ。朱色の漆器に食材が並べば、膳が賑わうというもの。この華は、私の心を躍らせた。
女性が喜ぶひとつひとつの工夫は、京子さんの「頑張る女性に寛いでほしい」という気持ちが随所に出ている証なのだろう。
※この記事は2023年4月6日に発売された自著『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)から抜粋し転載しています。