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イスラーム過激派の食卓:「イスラーム国」のビミョーな犠牲祭

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 世界中のイスラーム教徒(ムスリム)は、年に一度の巡礼の季節を終え、犠牲祭の祝祭と休日を楽しんだ。それは「イスラーム国」の構成員たちも例外でなく、彼らは今期、まともな広報ができなかった昨期と異なり大量の画像を発信した。とはいえ、曲がりなりにも調理した料理の食卓を囲む場面を発信できたのは、西アフリカ、中央アフリカ、モザンビークの各州にすぎず、巷で脅威が喧伝されている某州からは何の発信もなかった。これは、祝祭や余暇を楽しむ場面や日常生活についての動画や画像を発信する能力が組織の兵站や経営能力に裏打ちされていると考えた場合、そのような作品を発信できない組織は「イスラーム国」の「州」に限らず構成員に消耗を強いる潜伏生活を余儀なくされている証左と考えていいだろう。

 そうなると、今期はアフリカの一部では関係当局の不作為や報道機関の無関心の陰で「イスラーム国」の復調が着々と進んでいるともいえる状況だろう。そんな気持ちで各「州」が発信した犠牲祭を楽しむ模様の画像群の一部を眺めてみよう。写真1は、「イスラーム国 西アフリカ州」が発信した画像の一部だ。肉のソースをかけたご飯状のものを食べるとともに、清涼飲料のペットボトルや魔法瓶のような、冷たい飲み物を提供する手配がされている。

写真1:2024年6月19日付「イスラーム国 西アフリカ州」
写真1:2024年6月19日付「イスラーム国 西アフリカ州」

 写真2は「イスラーム国 西アフリカ州」の別の地域で活動する集団の作品だが、ここで注目すべき点は食事が一応柱を備えた建物の中で営まれている点だ。これまで、アフリカで活動する「イスラーム国」の諸「州」が屋内で食事を楽しむ場面はあまり多くなかったように思われるので、この点からもアフリカの一部で「イスラーム国」が勢力を伸ばしているらしきことがうかがえる。料理の内容はスイカと肉をかけたご飯という、これまでとあまり代わり映えのしないものではあるが、本稿で触れる画像群では写真3のとおり軒並み大人数を集めて多数の生贄を屠って犠牲祭を楽しんでいるので、年少者を含む末端の構成員や制圧下の住民も動員する能力がある集団が増えてきているのは確かだろう。

写真2:2024年6月19日付「イスラーム国 西アフリカ州」
写真2:2024年6月19日付「イスラーム国 西アフリカ州」

写真3:2024年6月20日付「イスラーム国 西アフリカ州」
写真3:2024年6月20日付「イスラーム国 西アフリカ州」

 例年、いかにも居心地がよくなさそうな露天の野営地での暮らしぶりを発信することが多かった「イスラーム国 中央アフリカ州」も、今期は写真4のとおり土壁や屋根を備えた拠点か集落で犠牲祭を楽しむ模様を発信した。ちなみに、綱引き、腕相撲のような力比べや射撃は、「イスラーム国」に限らず各地のイスラーム過激派の末端の構成員たちの娯楽として今期の犠牲祭の画像でよく取り上げられる題材だ。イスラーム過激派の観察歴が長くなりすぎた筆者には、こういう過ごし方が健全で楽しいのかどうか、もうわからない。もっとも、「イスラーム国 中央アフリカ州」は、写真5、6のとおり今期も移動性を最優先するかのようなビニールシート状への盛り付け(=食器を使うゆとりが乏しい)と、木の枝で組むという極めて高度なコンロづくりを継承しており、同「州」が組織的な食材の調達と調理、搬送を行っているほど強力かは相変わらず疑問符が付く。なお、これが年に一度の祝祭のごちそうだというのなら、配膳の場所や使用されている器具を見る限りとてもおいしそうには見えない。

写真4:2024年6月20日付「イスラーム国 中央アフリカ州」
写真4:2024年6月20日付「イスラーム国 中央アフリカ州」

写真5:2024年6月20日付「イスラーム国 中央アフリカ州」
写真5:2024年6月20日付「イスラーム国 中央アフリカ州」

写真6:2024年6月20日付「イスラーム国 中央アフリカ州」
写真6:2024年6月20日付「イスラーム国 中央アフリカ州」

 実は過去数年の「イスラーム国」の活動で最もと言っていいくらい有害度が高い「モザンビーク州」は、戦場の様子と称する前線の戦闘部隊の食事風景と思しき画像群を発表した。こちらは写真7の通り、調理の必要がなさそうな炭水化物と水だけで済ませる食卓で、お弁当に副菜を持たせる意志や能力が欠如しているという点でこの集団の兵站・経営能力がたいして高くなさそうなことがよくわかる。

写真7:2024年6月20日付「イスラーム国 モザンビーク州」
写真7:2024年6月20日付「イスラーム国 モザンビーク州」

 長年繰り返しているが、「イスラーム国」の諸「州」の場合、彼らが食事風景の動画や画像を発信する場合、それはムジャーヒドゥーンがいかに優れた環境でジハードに邁進しているのかを誇示する作品としての意図が強い。今期のアフリカの諸「州」が発信した動画群が、例えばEU諸国やアメリカのようなところに居住する勧誘対象にとってどの位魅力的なのか、大いに考えるところがある。しかも、目下のムスリムの関心事、或いは彼らが閲覧するニュースのトップに挙げられる記事はガザ地区で飢餓に瀕するムスリム同胞たちのことだろう。そんな中で、祝祭のごちそうという特殊な場面とはいえ、食事や娯楽を楽しむ場面を広報素材として流布させるということは、「イスラーム国」が本当はムスリムを含む世の中の誰からも好かれるつもりがなさそうだということと、「こいつら、何考えてんの??」と言わざるを得ない程度に同派の広報部門の細やかな心遣いが感じられる。今期の祝祭風景についての作品群からは、アフリカの一部で「イスラーム国」の勢力がかなり深刻な状況にまで伸びていることと並び、情勢認識や広報、兵站や組織の経営という観点での「ショボさ」が示されているように思える。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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