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河野行革相「ハンコ、すぐになくしたい」~それでも「ハンコ」がなくならない場面

竹内豊行政書士
河野行革相が「ハンコをすぐになくしたい」と発言したと報じられました。(写真:ロイター/アフロ)

平井卓也デジタル改革相は、23日午前に開かれたデジタル改革閣僚会議の初会合で、河野太郎行政改革担当相が「ハンコをすぐなくしたい」と述べ、決済などにハンコを使う慣行を改めることに意欲を示したと記者団に明らかにしました(河野行革相「はんこ、すぐになくしたい」 デジタル閣僚会議で発言)。

河野行革相のこの発言は、新型コロナウイルス対策として広がったリモートワークの推進をハンコが阻んでいるとの声によるものと思われます。

このようにハンコ廃止論は高まっているようですが、実は「ハンコ」が人生の中で重要な役割を果たす場面があります。それは、「遺言」作成の場面です。

「遺言」にはハンコが必要

遺言を作成する場合、通常、自筆証書遺言か公正証書遺言のいずれかを選択します。そして、そのいずれにもハンコは遺言の成立要件の一つとなっています。 このことを条文で確認してみましょう。

「自筆証書遺言」の場合

自分で書いて残す遺言が「自筆証書遺言」です。そして、自筆証書遺言の方式は民法で次のように規定されています(民法968条1項)

民法968条(自筆証書遺言)

1.自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない

2.前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない

3.自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない

このように自筆証書遺言を法的に有効に成立させるためには、遺言書の本文にはもちろんのこと、添付する「財産目録」や遺言を加除訂正した場合にもハンコを押すことが求められています。なお、ハンコの種類は決められていないので、いわゆる「認印」でもかまいません。

「公正証書遺言」にもハンコが必要

遺言者が公証人役場に行くか、公証人に出張を求めて、公証人に作成してもらうのが「公正証書遺言」です。公正証書遺言の作成方法は民法に次のように規定されています(民法969条)

民法969条(公正証書遺言)

公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。

一 証人二人以上の立会いがあること。

二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。

三 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。

四 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。

五 公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと

このように、公正証書遺言も自筆証書遺言と同様に遺言者本人はもちろんのこと、公証人と証人にも押印を求めています。しかも、実務では遺言者本人は本人確認のために「実印」で押印することが求められます。

実印とは、住民登録をしている役所で本人確認をしたうえで登録した印鑑を指します。実印は役所から発行される「印鑑登録証明書」とともに、本人確認の証しとして公正証書遺言作成の際の押印の他、不動産の売買など人生の重要な場面で使用されることになります。

なぜ遺言に「ハンコ」が必要なのか

このように、遺言作成ではハンコは法的に有効な遺言を作成するにあたり、重要な役割を果たします。では、なぜハンコが必要なのでしょうか。

ハンコを押す「2つ」の効果

その理由は、ハンコを押す(押印)という行為には、次の2つの効果があると考えられているからです。

一つは、押印した文書の真正さを担保すること(真正さの担保)、もうひとつは文書の作成が完結することを担保すること(文書完成の担保)です。

自筆証書遺言は、だれにも知られずに作成することができます。そして、遺言は遺言者(遺言書を作成した人)が死亡した時にその効力が生じます(民法985条1項)

民法985条1項(遺言の効力の発生時期)

遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。

したがって、遺言の効力が発生した時には、遺言者はこの世に存在しません。そうなると「この遺言書は本当に亡くなった人が書いた(残した)ものなのか?」と相続人や利害関係者などから疑義が出されることもあります。当然ですが、遺言者は既にこの世にいないので、「これは私が書いたものですよ」と言うことはできません。

そうなると、せっかく残した遺言書が、身内同士で遺言書の真贋をめぐって争うことになりかねません。

そこで民法は、遺言者本人が自分の意思で残した文書である真正さと文書完成を担保することによって、遺言の内容を確実に実現するために自筆証書遺言に遺言者がハンコを押すことを要求したと考えられます。

このハンコの2つの効果については、公正証書遺言にも同様にいえます。

「ちゃんとした本人確認」のためならハンコは容認

実は、冒頭の平井氏の発言には続きがあります。

平井氏によると、河野氏は会合で「ちゃんとした本人確認のためではなく、ただはんこを押したという事実だけが必要なケースの場合、すぐにでもなくしてしまいたい」と述べたという。

出典:河野行革相「はんこ、すぐになくしたい」 デジタル閣僚会議で発言

このように、河野氏は、あらゆる場面においてハンコをなくしてしまうという考えではなく、「ちゃんとした本人確認」のためであればハンコは必要であると述べています。このことは、まさに遺言作成でハンコが必要な理由と重なります。

今後、ハンコが不要な場面が増えても、遺言においては、ハンコは重要な役割を担い続けそうです。ご自身が遺言を残す際は、くれぐれもハンコをお忘れなく!

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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