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マスク氏のX、広告主を提訴 専門家は「そもそも独禁法違反を問えるのか」と疑問

小久保重信ニューズフロントLLPパートナー
(写真:ロイター/アフロ)

このほど、米起業家のイーロン・マスク氏率いる米X(旧ツイッター)が広告主と業界団体を提訴したと報じられた。Xは「一部企業が不当に共謀し、広告出稿をボイコットしたことで数十億ドル(数千億円)の損害を被った」と主張している。

ユニリーバやCVSヘルスなどを提訴

米南部テキサス州の北地区連邦地方裁判所に訴えた。食品・日用品大手の英ユニリーバや製菓大手の米マース、薬局大手の米CVSヘルス、そして世界広告主連盟(World Federation of Advertisers、WFA)が、反トラスト法(独占禁止法)に違反したとして、損害賠償の支払いを求めている。

米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)によると、広告出稿のボイコットはマスク氏が2022年10月に当時のツイッターを買収した翌月から始まった。その理由は、マスク氏のリーダーシップの下でXがコンテンツと安全性の基準を変更するのではないかという懸念が広がったためだ。同氏は買収直後、コンテンツ制限を緩和し表現の自由を促進すると約束していた。

今回の訴状によると、このWFAに加盟する少なくとも18の企業が22年11月〜12月にかけてXでの広告を停止した。23年には広告を減らす動きが数十社に広がったという。WFAに加盟する数十の企業は23年を通じてXでの広告費を削減した。

X、「外部グループが独占的に決定すべきではない」

Xがとりわけ問題視しているのは、WFAの取り組みの1つである「責任あるメディアに向けた世界同盟(Global Alliance for Responsible Media、GARM)」である。この取り組みでは、児童性的虐待やテロを助長するコンテンツなど、有害コンテンツが加盟企業の広告に隣接して表示されないようにするための安全策を推進している。

だが、Xはこの取り組みによるボイコットはXに大規模な経済的損害をもたらしたと主張している。「Xが競合他社と同等のブランド安全基準を適用しているにもかかわらず、ボイコットとその影響は現在も続いている」としている。

マスク氏による買収から半年ほどがすぎた23年半ば、米ニューヨーク・タイムズ(NYT)などのメディアは、Xの米国での広告収入が1年前に比べ6割減ったと報じていた。Xには、ヘイトスピーチ(憎悪表現)や誤・偽情報、ポルノグラフィーといったコンテンツが増えており、オンラインギャンブルやマリファナ関連の広告も増加していると指摘された。

しかし、同社はそのような批判に反論し、憎悪コンテンツの拡散を減らす取り組みには進展があったと説明した。

Xのリンダ・ヤッカリーノ最高経営責任者(CEO)は今回、Xユーザーに向けた動画投稿で「(プラットフォームの)収益化について、ある外部のグループが独占的に決定すべきではない。彼らは共謀してXをボイコットし、私たちの将来の繁栄を脅かしている」と述べた。「彼らはXに特定の安全基準を維持させるよう強要した」とも主張している。

そもそも反トラスト法違反を問えるのか?

一方、米ウェイン州立大学の反トラスト法を専門とするティーブン・カルキンズ教授は、「この訴訟は典型的な反トラスト訴訟とは異なる」と指摘する。「単に広告枠の購入先をあるプラットフォームから別のプラットフォームに変えただけなら、それがどのように競争を阻害し、最終的に価格を上昇させるのか明確ではない」と述べている。

これに対しXは「競合するSNS(交流サイト)は当社との価格競争を回避できる」と主張する。「なぜなら、彼ら(競合企業)は、広告主連盟加盟企業がXから広告枠を購入しないことを知っているからだ」(同社)

米バンダービルト大学ロースクールの反トラスト法教授であるレベッカ・ホウ・アレンスワース氏はXによる訴訟提起に関する問題点の1つとして、「広告主がXでの支出を削減したのは、競争を阻害するためではないように思える」と指摘した。

同氏は、「広告主は、Xの方針を問題視したからそうしたように思える」とし、「もし主な目的がそう主張することならば、広告主の行動は米国憲法修正第1条(表現や宗教の自由)によって保護される」と述べている。

筆者からの補足コメント:
マスク氏は先ごろフランス南部カンヌで開かれた国際広告祭で登壇し、Xへの広告出稿を呼びかけました。その背景には、アップルやIBM、ウォルト・ディズニー、ソニーグループなどのグローバル企業がXへの出稿を取りやめたことがあります。マスク氏による物議を醸す発言や、自社広告がヘイトスピーチなどのコンテンツとともに表示されたことを受けた措置でした。加えて、同氏は反ユダヤ主義的ととられかねない自身の投稿に端を発する広告主の対応も批判しました。米CNBCとのインタビューで、広告主に対し「広告するな」とも述べていました。「もし誰かが広告で私を脅迫しようとしたら? 金で脅迫しようとしたら? くそくらえだ」などと発言。ヤッカリーノCEOはこうした状況でも企業にXへの広告復帰を呼びかけてきました。しかし、今回の訴訟によって「Xはついに力ずくで広告主を取り戻すつもりだ」とWSJは報じています。

  • (本コラム記事は「JBpress」2024年8月16日号に掲載された記事を基にその後の最新情報を加えて再編集したものです)
ニューズフロントLLPパートナー

同時通訳者・翻訳者を経て1998年に日経BP社のウェブサイトで海外IT記事を執筆。2000年に株式会社ニューズフロント(現ニューズフロントLLP)を共同設立し、海外ニュース速報事業を統括。現在は同LLPパートナーとして活動し、日経クロステックの「US NEWSの裏を読む」やJBpress『IT最前線』で解説記事執筆中。連載にダイヤモンド社DCS『月刊アマゾン』もある。19〜20年には日経ビジネス電子版「シリコンバレー支局ダイジェスト」を担当。22年後半から、日経テックフォーサイトで学術機関の研究成果記事を担当。書籍は『ITビッグ4の描く未来』(日経BP社刊)など。

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