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「バイデン大統領の置き土産」、対中半導体規制の強化版 中国企業が利用できる抜け穴も

小久保重信ニューズフロントLLPパートナー
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

バイデン米政権はこのほど、先端半導体に関する中国への輸出を制限する新たな対中規制を発表した。だが、この規制は既に多くの業界関係者に知られていた。米政府による新規制を事前に把握していた中国企業は、それまでの間に必要な半導体や半導体製造装置を大量に買い込むことができたと指摘されている。

レモンド米商務長官「中国の半導体産業発展を阻止する」

米政府は今回、AI(人工知能)向けのHBM(広帯域メモリー)の中国への販売を制限し、中国が利用できる半導体製造装置の範囲を狭めた。加えて、既に中国・華為技術(ファーウェイ)などを対象としている、取引制限リスト(エンティティーリスト、EL)に中国140社を追加した。

ジーナ・レモンド米商務長官は声明で、「中国が軍事力の強化を目的に、半導体産業を発展させることを阻止する」と述べた。「この新規制は画期的かつ包括的だ」(同)

Commerce Strengthens Export Controls to Restrict China’s Capability to Produce Advanced Semiconductors for Military Applications

https://www.bis.gov/press-release/commerce-strengthens-export-controls-restrict-chinas-capability-produce-advanced

韓国、台湾も輸出規制対象に

米商務省は2022年10月、米エヌビディア(NVIDIA)のGPU(画像処理半導体)など、AI向け先端半導体を中国などの「懸念国」に輸出することを原則禁じた。2023年10月にはこの規制の強化を発表。中国などに対する米国製先端半導体・製造装置の禁輸対象を広げた。

今回は生成AIに利用される高度なAIプロセッサーに不可欠なHBMの輸出を事実上禁じた。HBMを製造している主要メーカーは、韓国サムスン電子や韓国SKハイニックス、米マイクロン・テクノロジーである。

米国製技術を使用した外国製品に対して、中国への輸出時に米政府の許可が必要になる「外国直接産品ルール(Foreign Direct Product Rule、FDPR)」の対象も拡大した。英ロイター通信によると、韓国、台湾、イスラエル、マレーシア、シンガポールなどで製造された装置はこのルールの対象となるが、独自の対中規制を設ける日本やオランダなどは除外される。

中国企業、規制発表を前に在庫拡充

米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)によれば、この新たな規制は、中国の半導体産業発展に対する意欲をそぐ可能性がある。しかし、ファーウェイをはじめとする中国企業が利用できる抜け穴が残されているとも指摘されている。

Biden’s Farewell to China’s Tech Sector: A New Type of Forbidden Chip

https://www.wsj.com/tech/bidens-farewell-to-chinas-tech-sector-a-new-type-of-forbidden-chip-c3327a29

米戦略国際問題研究所ワドワニAIセンターのグレゴリー・アレン所長は、「特定の旧バージョンのHBMは中国企業が引き続き入手できる可能性があり、ファーウェイと関係を持つ全ての半導体製造企業がエンティティーリストに含まれているわけではない」と指摘する。

事情に詳しい関係者によると、規制の草案の大部分は2024年半ばまでに作成されており、その概要は多くの業界関係者が知っていた。その後、同盟国や製造装置メーカーとの交渉に時間がかかり、発表が遅れた。その期間、中国企業には十分に製品・装置を備蓄・調達できる機会が与えられた。

これに先立つ2024年8月、ロイター通信は、中国のIT(情報技術)大手やスタートアップが、サムスン電子からHBMを大量に買い込んでいると報じていた。

Exclusive: Chinese firms stockpile high-end Samsung chips as they await new US curbs, say sources

https://www.reuters.com/technology/chinese-firms-stockpile-high-end-samsung-chips-they-await-new-us-curbs-say-2024-08-06/

米半導体製造装置のアプライドマテリアルズが先ごろ開示した<a href="" target="_blank">業績結果</a>によると、2024年10月末までの1年間の中国からの売上高は、前年比40%増加し、101億1700万ドル(約1兆5200億円)に達した。この金額は全売上高の37%を占めた。

APPLIED MATERIALS ANNOUNCES FOURTH QUARTER AND FISCAL YEAR 2024 RESULTS

https://ir.appliedmaterials.com/static-files/73124a2b-0b7e-4bf0-a940-513593ab3f63

筆者からの補足コメント:

先ごろファーウェイが最新AI半導体の量産をまもなく始めると海外メディアが報じました。エヌビディアGPU対抗の「昇騰(Ascend)910C」を2025年1〜3月に量産開始するという話題です。中国のファウンドリー最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)が製造するといいます。

ファーウェイ同様に米国のエンティティーリストに加えられているSMICは米国とその同盟国の最先端半導体製造装置へのアクセスが制限されています。オランダASMLから極端紫外線(EUV)露光装置を購入できないSMICは、深紫外線(DUV)露光装置とマルチパターニング技術を用いて先端半導体を製造しているとみられます。ただその半導体は性能や生産効率の点で、TSMC製よりも劣ると指摘されています。

(本コラム記事は「JBpress」2024年12月12日号に掲載された記事を基にその後の最新情報を加えて再編集したものです)

ニューズフロントLLPパートナー

同時通訳者・翻訳者を経て1998年に日経BP社のウェブサイトで海外IT記事を執筆。2000年に株式会社ニューズフロント(現ニューズフロントLLP)を共同設立し、海外ニュース速報事業を統括。現在は同LLPパートナーとして活動し、日経クロステックの「US NEWSの裏を読む」やJBpress『IT最前線』で解説記事執筆中。連載にダイヤモンド社DCS『月刊アマゾン』もある。19〜20年には日経ビジネス電子版「シリコンバレー支局ダイジェスト」を担当。22年後半から、日経テックフォーサイトで学術機関の研究成果記事を担当。書籍は『ITビッグ4の描く未来』(日経BP社刊)など。

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