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ひどい有害物質「東京の受動喫煙」の実態とは:世田谷区の二つの医師会が「屋外喫煙所」周辺で現地調査

石田雅彦科学ジャーナリスト
三軒茶屋の指定喫煙場所。下には歩行者もいる。写真提供:世田谷区医師会・玉川医師会

 喫煙者が吐き出すタバコ煙(副流煙)による受動喫煙の害が広く知られるようになってきた。だが、喫煙所などから漏れ出てくるタバコ煙はかなり遠方まで届き、被害を拡大している。その実態について都内の医師会が現地で調査をした。

2カ所の指定喫煙場所でPM2.5を測定

 世田谷区が独自に定めた「世田谷区たばこルール」(世田谷区環境美化等に関する条例、2018年3月6日、世田谷区議会可決)では、区内全域の道路、公園は禁煙(指定喫煙場所を除く)となっており、また屋外でも受動喫煙の害が出ない配慮義務が求められている。

 受動喫煙の害については、2020年4月1日から全面施行された改正健康増進法や東京都の受動喫煙防止条例など世田谷区以外、全国の自治体が策定した条例でも厳しく規制されている。だが、これらは主に屋内での規制であり、屋外での受動喫煙について、その実態はまだあまり知られていない。

 こうした中、世田谷区内の指定喫煙場所から漏れ出てくるタバコ煙による受動喫煙が生じ、指定喫煙場所付近を通行する区民などから世田谷区に苦情が寄せられた。

 そのため、2医師会(世田谷区医師会および玉川医師会)のタバコ対策委員会は合同で、自由が丘駅南口(九品仏川緑道)指定喫煙場所と三軒茶屋(三茶パティオ上)指定喫煙場所の2カ所において受動喫煙の被害の実態調査を行った。

 調査方法は、2医師会の医師2名が2カ所において主にPM2.5の濃度を計測した。計測場所は、指定喫煙場所の外壁面、5メートル地点、10メートル地点、25(20)メートル地点、100メートル地点(比較するための基準とした地点)。各地点の地表から1メートルの高さで10分間、複数回計測した。

 大気汚染でも知られるPM2.5は、大きさが2.5マイクロメートル以下の微小な粒子状物質で、肺の奥まで入り込みやすく、呼吸器疾患や循環器疾患を引き起こす。PM2.5はタバコ煙にも含まれ、受動喫煙の害を判断する基準にもなっている。

 PM2.5は、1立方メートルあたり(以下同)50マイクログラム程度を越えると健康への害が明らかに生じるとされ、タバコ煙は例えば喫煙可能なパチンコ店内で約200マイクログラムを超えるような値になる。最近の研究でも、PM2.5はその量が増えるごとに肺がんの発生率が上がり、健康な肺が肺がんになることを促進することがわかっている(※1)。

 また、日本でこのPM2.5についての望ましい環境基準は、1年平均値を15マイクログラム以下でかつ1日平均値が35マイクログラム以下ということが決められている(2009年、環境基本法第16条第1項)。そのため、2医師会では、2指定喫煙場所の受動喫煙の害を知るため、PM2.5を計測したという。

 その結果、自由が丘駅南口(九品仏川緑道)の指定喫煙場所の場合、距離が近づくほどPM2.5の値が上がり、ほぼ環境基準の35マイクログラムを超え、300マイクログラムまで上昇していた(2023年11月4日昼、南風1.0メートル/秒)。三軒茶屋(三茶パティオ上)の指定喫煙場所では、同様に距離が近づくほどPM2.5の値が上がり、距離が離れていても歩きタバコの歩行者が通過するごとに数値が跳ね上がることがわかったという(2023年11月15日夜)。

自由が丘駅南口(九品仏川緑道)の指定喫煙場所の計測値。35マイクログラムが環境基準値。資料提供:世田谷区医師会と玉川医師会のタバコ対策委員会
自由が丘駅南口(九品仏川緑道)の指定喫煙場所の計測値。35マイクログラムが環境基準値。資料提供:世田谷区医師会と玉川医師会のタバコ対策委員会

三軒茶屋(三茶パティオ上)の指定喫煙場所の計測値。35マイクログラムが環境基準値。資料提供:世田谷区医師会と玉川医師会のタバコ対策委員会
三軒茶屋(三茶パティオ上)の指定喫煙場所の計測値。35マイクログラムが環境基準値。資料提供:世田谷区医師会と玉川医師会のタバコ対策委員会

いずれの指定喫煙場所でも受動喫煙の害が

 2医師会の報告書では、自由が丘駅南口(九品仏川緑道)の指定喫煙場所の場合、タバコ煙が抜けにくい線路の高架下であること、人通りの多い緑道であること、緑道のベンチで喫煙しやすいこと、指定喫煙場所であることがわかりにくいことなどから、周辺を通行する非喫煙者が受動喫煙の害を受けやすい状況にあるとしている。

 また、三軒茶屋(三茶パティオ上)の指定喫煙場所の場合、主要道路(世田谷通り)に面しており、世田谷区が定めた指針(指定喫煙場所は主要道線から離れていること)に反しているとしている。さらに指定喫煙場所のフェンスは3面(4面が指針)だけで、入り口のクランク(タバコ煙の流出を防ぐ)がなく、地階からの吹き抜けのため、タバコ煙が周辺の歩行者などに影響していると指摘している。

 厚生労働省の指定喫煙場所の考え方では、人通りの多い方向に対し、タバコ煙が容易に漏れ出ないようにするとし、壁と天井で囲まれ、屋外への排気設備もタバコ煙を処理できるコンテナ型かパーティション型でも壁は2メートルから3メートル程度の高さがあり、出入り口には方向転換のためのクランク(2回以上が望ましい)があること、四方の壁の下部に10センチから20センチ程度の給気用の隙間があることとしている。

 さらに、世田谷区たばこルールでは、屋根のないパーティション型では、道路を通行する者や公園を利用する者の主要道線から離れた場所であること、パネルフェンスなどで区切られ、タバコ煙が周辺に流れ出ないように配慮されていること(周囲に影響がないと認められる場合を除く)としている。

 2医師会(世田谷区医師会と玉川医師会)のタバコ対策委員会の報告書では、2カ所の指定喫煙場所では離れた場所でも基準以上の濃度のPM2.5が計測され、厚生労働省の通知にも世田谷区たばこルールにも抵触していると指摘している。

 そして、指定喫煙場所の環境確保と再整備、十分な受動喫煙防止環境ができない場合は機械換気などが可能な屋内設備の用意とそれでも不可能な場合は指定喫煙場所の移転を要望し、世田谷区への要望書を提出するため、今回の実態調査資料を2023年12月8日に世田谷区医療政策研究会で報告したそうだ。

 PM2.5は加熱式タバコからも出る(※2)。紙巻きタバコに比べてタバコ煙が見えにくく、ステルス的に害を及ぼすことで加熱式タバコはより凶悪とも言える。受動喫煙では日本だけでも1年間に1万5000人が亡くなっているわけで、屋外の喫煙所からのタバコ煙にも注意が必要だ。

※1:William Hill, et al., "Lung adenocarcinoma promotion by air pollutants" nature, Vol.616, 159-167, 5, April, 2023
※2:Carmela Protano, et al., "Impact of Electronic Alternatives to Tobacco Cigarettes on Indoor Air Particular Matter Levels." International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.17, 2947, doi:10.3390/ijerph17082947, 2020

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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