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鵜呑みにしてはいけないJRローカル線問題 経営収支の「からくり」とは

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長
千葉県の外房線を走る特急「わかしお」。  撮影 吉田智和氏

JR西日本に続いて、東日本も地方交通線(ローカル路線)の赤字額を発表して世の中的には大きな話題になっています。

ただ、筆者の目から見ると、どうも数字そのものに多数の疑問を感じます。

今回はその3回目として、JRの収入のからくりについてお話しさせていただきます。

「特急列車は高速バスに負けた」という大ウソ

よく、特急列車は高速バスに乗客を取られてガラガラだという話を聞きます。

お客様が高速バスへ移行してしまい、近年では特急列車の減便や廃止が続いています。

今回東日本の赤字路線として数値が公表された内房線でも、以前には特急列車「さざなみ」が多数運転されていましたが、今ではほぼ壊滅状態。その理由は東京湾アクアラインを走る高速バスにあるとされています。

特急列車は高速バスに負けた。

でも、これって、本当でしょうか?

例えば東京から内房線の館山駅へ向かう高速バスは東京駅発、バスタ新宿発を合わせると1日30本近くの便があります。

これだけの便数が走っていたら特急列車などひとたまりもありませんねえ。

たいていの皆様方はそう思われるでしょう。

こちらがその高速バスの時刻表です。(東京→南房総 2022年8月)

ところが、この時刻表をよくご覧いただくと気づかれると思いますが、実は東京から館山へ向かう高速バスのうち3本中2本はJRバスなのです。

つまり、JRの特急列車がJRの高速バスに客を奪われた形です。

だから特急列車は高速バスに負けた。

本当にそうなのでしょうか。

鉄道会社というのは多角経営が当たり前です。

例えば同じ千葉県の小湊鉄道の場合、鉄道会社というよりもバス会社、それも高速バスの会社としてご利用になっていらっしゃる方が多いと思います。以前に小湊鉄道の石川社長さんとお話をさせていただいた時に、「鉄道部門の赤字を高速バスの稼ぎで補っている。」と言われていました。

熊本電鉄の中島社長さんとお話しさせていただいた時も経営者のビジョンとして、「会社の看板である鉄道部門は赤字だが、バス部門など会社全体として考えて経営している。」とのことでした。

そうなるとJR内房線の特急「さざなみ」が高速バスに負けたという話はどうも腑に落ちません。

そう思われませんか。

だって相手はJRバスですから。

今まで右のポケットに入って来ていたお金が、左のポケットに入って来ているだけだと筆者は思います。

そして、この区間を運行するJRバス関東は決算では黒字を計上しています。

つまり、私鉄では当たり前の鉄道とバスの両方で補いあって成り立つという考え方がJRにはないのです。

JRの多角経営は何のためなのか

鉄道業というのは多角化ビジネスです。

鉄道事業はインフラ事業ですからなかなか利益が出るものではありません。それを経営の多角化で補っている構造です。

大手私鉄の場合は遊園地などを作って観光需要を喚起したり、宅地開発をしてそこに駅を作り、百貨店やスーパーマーケット、バス、タクシーなど、利用者を包括的に囲い込むビジネス展開をしています。

あるいはリゾートホテルや、一時は航空事業に乗り出したところもあれば、トラック事業などを傘下に持っているところもあります。

東京スカイツリーなども鉄道会社の関連ビジネスです。

JRも同じで、鉄道だけでなくエキナカ等での小売展開、ホテル業、不動産業、そして広告業など、自分たちの敷地の中で独占的なビジネスを展開しています。

ところが、私鉄とJRの違いというのは、多角経営で得た利益を私鉄の場合は鉄道業を含めて会社全体の利益としてとらえ、設備投資に大きなお金がかかり、ともすれば赤字になりかねない鉄道事業を多角経営で包み込んでいます。

これに対してJRは多角経営で得た収益に関しては関連子会社に分散していて、鉄道業の利益とは別会計になっています。

つまり、鉄道業というのは鉄道の運賃や特急料金の収入でやっていくものとして考えていて、今回の路線別収支を見る限り、多角化による各種付帯事業収入からの収益で鉄道事業を補填するという仕組みになっていません。

あくまでも切符の売上で鉄道業を維持しているというのが発表数字で、JRのローカル路線が大きな赤字だと発表するその数字には、高速バスの収益も、都会のエキナカの収益も、広告事業の収益も、駅前ホテルの収益もほとんど繰り入れられていないというのが実情のようです。

だとすればローカル路線の経営収支として運輸収入以外の収入を計上していないという、収入をできるだけ少なく勘定する仕組みになっているのです。

これに対して私鉄の場合は、多角経営で得られる収益をグループ全体で共有して、トータルで鉄道業を支える仕組みが出来上がっているわけで、筆者としてはこれが本来の鉄道事業の在り方だと考えているのですが、JRはどうもそういう仕組みになっていないから、それではどう考えても田舎のローカル線が黒字になるわけはありません。

えちごトキめき鉄道の観光列車「雪月花」。コロナ禍の現在でも年間1億円以上を稼ぎ出す存在。
えちごトキめき鉄道の観光列車「雪月花」。コロナ禍の現在でも年間1億円以上を稼ぎ出す存在。

例えば第3セクター鉄道の場合は、各地のイベントへ出かけてグッズを販売したり、観光列車やレストラン列車などを運行することで、運輸収入以外に運輸雑入(会社によって名称は変わる)という形で何とか利益を出そうとしています。

私鉄では前述の小湊鉄道や熊本電鉄のように、高速バス部門でたくさんお金を稼いでその収益で鉄道の赤字を補っています。

こういう仕組みがきちんとできているのであれば、会社としてできるだけ多くの収益を得る努力をしていると言えますが、儲かる部分はみんな別会社の収益として計上し、鉄道会社は運輸収入のみの収益で成り立たせるとすれば、それはどう考えても田舎の路線は赤字になりますね。今回の情報開示ではその辺りが全く見えてこないのです。

そして、その赤字を理由に、田舎の行政に対して赤字補填をお願いしたり、あるいは、それができなければ路線の維持が難しいというような話になっていくとしたら、そこには大きなからくりがあると言わざるを得ません。

鉄道事業の経費はどうなのか

線路の維持管理や車両などの修繕費用はどうなのでしょうか。

前々回にもお話しいたしましたが、保線や車両の修繕にどのぐらいの設備投資をしていて、それが減価償却費にいくら反映しているのか。そういう数字は全く示されていません。

安全のためという名目であれば、いくらでもお金をかけられるのがJRという会社です。これに対して小さな鉄道会社は必要最低限の設備投資で補っています。

1両か2両のディーゼルカーがせいぜい1日10往復程度の路線であれば、それなりの修繕費で済むところを、JR路線は保安装置を含めてオーバースペックになっていないでしょうか。

例えばローカル路線であれば40キロレールにところどころコンクリート枕木で補強すれば必要最低限の線路の維持管理ができるところを、幹線用の太い50キロレールにすべてコンクリート枕木、最新型の保安装置を取り付けるとすれば、できればそれに越したことがありませんが、その分の設備投資が減価償却に回って、赤字額を大きく押し上げます。

走る車両もそうですね。

最新型車両を入れればお客様へのサービスという点ではそれに越したことはありません。

でも、輸送密度が少ない路線に最新型車両を導入した場合、その設備投資がすべて減価償却となって表れますから、これも赤字額を押し上げる原因になります。(第3セクターの場合は補助金で導入した車両は圧縮記帳処理で減価償却が発生しない仕組みを取り入れています。)

そして、JRの場合は線路の工事をする会社も、車両を作るメーカーも、どちらも自社の資本が多少なりとも入っている関連会社なのです。

つまり、身内に仕事を与えるために線路を直したり車両を新しくしているとも言えるわけで、それにより発生した減価償却費用が赤字額に組み込まれているとすれば、その赤字を地元の行政に補填してもらったり、あるいは上下分離という形で自分たちの関連会社に行政が仕事を発注する仕組みというのをそのままにしておくわけにはいかないのではないでしょうか。

安月給の国鉄職員が、いつの間にか高給取りに

国鉄時代は安月給サラリーマンの代名詞と言われた国鉄職員が、JRになって、いつの間にか高給取りの代名詞といわれるようになりました。

民営化以降30年以上黒字計上して、上場企業ともなれば、世間的には人もうらやむ大企業ですから高給取りは当たり前です。

筆者はJRの田舎のローカル路線の運転士さんが例えば年収1千万円をもらってガラガラの電車を運転していても良いと思います。

それはその会社の問題ですから、給料が3セク鉄道職員の倍だろうが、生産性が低かろうが問題はありません。

ただし、「赤字だから補助してください。」という話になってくると話は別です。

第3セクター鉄道の場合、プロパー社員の給料は県や沿線自治体職員の7~8割程度という暗黙のルールがあります。大規模修繕はもちろん、日々の修繕費や運行費にも細かく指示を受けます。

もっと収益が出るところはないか。

もっと削れるところはないか。

毎日がその繰り返しです。

そして、それがいわゆる経営努力と言われています。

こういう経営努力を続けたうえで、初めて補助金を入れてもらえるという話になります。

必要最低限の設備投資で運行を続ける千葉県の銚子電鉄。関連事業の煎餅などの収益で今年はわずかながら黒字を計上した。
必要最低限の設備投資で運行を続ける千葉県の銚子電鉄。関連事業の煎餅などの収益で今年はわずかながら黒字を計上した。

今回のJRの路線別収支の開示には、運輸収入以外の収入がどこまで繰り入れられているのか、あるいはいないのか。修繕費は妥当な金額なのか。または新車を導入した減価償却費はどうなっているのか、などという内訳の発表がありません。

書かれているのはただ、運輸収入がいくらで営業費用がいくら、したがってその差額として赤字額がいくらという大雑把な数字だけです。

そして、国民の皆様方はマスコミもはじめとして、その赤字額の数字のみを鵜吞みにして、「さあ、どうする?」「こんなに赤字ではやって行かれない。」と大騒ぎをしている。

筆者の目にはそのように映ります。

経営の数字というのはたいてい大きなからくりというのが隠されています。

JRの場合は全体の関連事業収入が鉄道収入にどう組み入れられているのか。多角化による収益が路線別にどのように算入されているのかということと、費用の部分では、修繕費が適切な金額なのか。車両更新が適切なのか。そしてその金額がいくら減価償却費として赤字を膨らませているのか。人件費を含めて、そのような数字が示されないまま、「赤字だからもうできません。」というようなお話は、補助金という国民の税金を投入する議論の前提としては通用しないと考えます。

なぜなら、今から40年近く前に、1日の利用者4000人というハードルをクリアすることができず、JR路線にさせてもらえなかった特定地方交通線をルーツに持つ第3セクター鉄道の多くが、35年を経過した今でも、様々な経営努力の上に走り続けているという事実があるからです。

民営化から35年が経過すれば、だんだんと当時のことを知る人が少なくなります。JRの社員にも国鉄採用の人間がほとんどいなくなりました。そしてJR生え抜きの社員たちは、自分たちの会社の特異体質に気づいていない人が多く、今の姿が当たり前だと思っています。

このあたりで国民の皆様方はJRという会社の成り立ちや使命を、もう一度考えてみてはいかがでしょうか。

過去記事はこちら

1:閲覧注意が必要な JRが開示するローカル線経営情報 について

2:赤字ローカル線問題 JRの経営開示に戸惑う行政側の盲点について

※使用した写真は特にお断りがあるものを除き筆者撮影のものです。

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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