開業7年目で重賞初制覇を果たした調教師の、大活躍をする同期に対する思いとは?
重賞制覇で感じた思い
「この世界に入った時からお世話になっている“マイネル”さんの馬で勝てたのが良かったです」
10月15日、東京ハイジャンプ(J・GⅡ)を制したのはマイネルグロン。同馬を管理する調教師の青木孝文はそう言って安堵の表情を見せた。
1981年9月生まれだから先日42歳になったばかり。ゲームで競馬を知り、中学生の時、父に頼んで初めて東京競馬場へ連れて行ってもらった。
「アヌスミラビリスが勝った毎日王冠でした。それを見て、競馬の虜になりました」
高校を卒業すると、北海道浦河へ。育成調教技術者養成研修の1年を経て、行った先がビッグレッドファームだった。
「当時、マイネルセレクトやマイネヌーヴェルが牧場にいました。だからマイネルセレクトがドバイへ遠征した時(2004年)にはプライベートで応援に行きました」
トレセンで働くようになってからはネヴァブション(美浦・伊藤正徳厩舎)を担当。07年に日経賞(GⅡ)を勝つと、09、10年にはAJC杯(GⅡ)を連覇。香港遠征も経験(10年クイーンエリザベスⅡ世カップ・GⅠ、4着)した。
「重賞勝ちは周囲の反応がまるで違いました。自分が嬉しかったのは勿論ですけど、多くの人が喜んでいる姿を目の当たりにして、良いものだと思いました」
大活躍する同期への思い
15年に調教師試験に合格。17年に開業するも、初勝利までは5カ月近くを要した。その1年目は僅か3勝。2年目には15勝を挙げたが、昨年の22年まで、年間勝利数のキャリアハイを更新する事は出来なかった。
しかし、今年は先週の10月8日を終えた段階で既に13勝。自己タイまで2勝、自己新まで3勝と迫った今週、マイネルグロンで東京ハイジャンプに挑むと、冒頭で記したように、見事にこれを制し、自身年間最多勝タイへ王手をかける14勝目をマークした。
「休み明けでしたけど、牧場と厩舎スタッフがよく頑張ってくれて、勝つ事が出来ました」
そう言うと、開業7年目での重賞初制覇には、次のように続けた。
「自分としてはネヴァブション以来の重賞勝ちですからね。調教師としては一生、重賞を勝てないんじゃないか?と不安になる事もありました。それだけに本当に嬉しいです」
同期で調教師となった寺島良は17年にキングズガードでいきなり重賞勝ち(プロキオンS)を飾った。杉山晴紀は20年のデアリングタクトでの牝馬3冠に加え、今春にはジャスティンパレスで天皇賞(春)(GⅠ)を優勝。開業後、ここまで実に17の重賞を制し、今年は10月8日現在で全国リーディングトップを走る活躍を見せている。青木としては内心忸怩たるものもあったのでは?と問うと、一つ頷いた後、ゆっくりと口を開いて答えた。
「彼等の成績に関しては凄いと思うし、リスペクトをしています。ただ、比べる事なく、これまで通り、自分は自分の道を進んでいこうと思います」
レース後には仲の良い調教師等から「泣いているんじゃないの?」といじられると「泣くのはまだ先までとっておきます」と答え、満面の笑みを見せていた。しかし、その少し前、実は瞳ににじむモノがあったのを、私は見逃さなかった。目頭が熱くなった理由は、自分の進む道に誤りがない事を確認出来たからだろう。そして、それを教えてくれたのが、この道に進むと決めた時に出合ったマイネヌーヴェルの、仔マイネルグロンだったからだろう。マイネルグロンと青木孝文の今後に注目したい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)