新築なのになんでこんなに煩いんだ! マンション上階音問題の恐るべき現実、その責任は一体誰にあるのか
新しいマンションでも性能は良くなっていない?
これまで何度か書いてきましたが、国土交通省が5年に一度実施しているマンション総合調査で、マンションでの生活音トラブルを調べたところ、平成27年以後に建てられた新しいマンションでの発生比率が一番高いという結果でした。そしてその中で最も多いトラブルが床衝撃音問題なのです。昔の古い団地の建物ならいざ知らず、性能が良くなっているはずの新しいマンションで、なぜこのように床衝撃音のトラブルが多く発生しているのでしょうか。その原因はどこにあり、誰に責任があるのかを示したいと思います。
まず、上記の理由は簡単です。新しいマンションでも、床衝撃音の遮断性能は良くなっていないからです。それどころか、逆に悪くなっているのではないかとさえ思える状況なのです。
床衝撃音の遮断性能は、主に床スラブ(床版)の厚みに依存し、床スラブ厚が厚いほど下の階に音が響かなくなります。これは誰でも納得できることだと思います。マンションの床スラブ厚は、団地ができた昭和30年代は12cmほどしかありませんでした。その後、音に関する意識の高まりとともに、床スラブ厚は徐々に厚くなり、平成に入るころは18cm~20cmぐらいになりました。そして現在の新しいマンションの床スラブ厚は25cmから30cmほどにまで厚くなったのです。昔に比べて2倍から2.5倍の厚みになったのですから、さぞかし性能も良くなったことだろうと考えますが、実はそうではありません。新しいマンションでは、性能がよくなったのではなく、性能のバラツキが大きくなったのです。
床衝撃音遮断性能は、床スラブ厚だけで決まるものではありません。その他にも様々な要因があります。床スラブの大きさによっても性能は変わりますし、通常の鉄筋コンクリート構造か純ラーメン構造かによっても大きく変化し、小梁の大きさや配置位置、あるいは密実な床スラブかボイドスラブ(中空スラブ)かによっても変わります。団地ができた頃の面積の小さな単純な床スラブではなく、現在では様々な面積、形状、形態の床スラブが出てきているために、上階音の遮断性能のバラツキが大きくなっているのです。
下の図はこれまで何度か示したものですが、マンションの床衝撃音遮断性能(LH数)と床スラブ厚の関係を、実際に建設されたマンションについて示したものです。LH数は、その値が小さいほど、下階へ響く音が小さくなることを示しています。出典は日本建築学会編集の書籍ですから、学会会員の多くのゼネコン各社が建設した物件のデーターと考えられます。
この図は、床スラブ厚が厚くなると、床衝撃音性能(縦軸のLH数)が良くなることを示す目的で集計されたデーターでしょうが、それよりも注目されるデーターがあります。それは同じ床スラブ厚でも床衝撃音性能、すなわちLH数のバラツキが大変に大きいということです。例えば、床スラブ厚が25cmの場合でも、LH数はLH-40~LH-65にまでバラついています。
このバラツキがいかに大きなものかを説明しましょう。下の表は、床スラブの床衝撃音遮断性能(LH等級、これは図-1のLH数と同じものです)と、マンションでの上階音に関する苦情の発生状況の関係をまとめたものです。併せて、日本建築学会が示している適用等級との対比も示しています。
まず、LH-45の性能ですが、これは日本建築学会の特級の性能であり、普通に生活していれば苦情が発生する可能性が低いという性能であり、良好なマンション生活を送れるだけの住居であることを示しています。
一方、表-1の最下段にあるLH-60の場合はどうかと言えば、適用等級は3級であり、下の階に音が響かないように気を使って生活しても、苦情が発生してくる可能性が高いという性能であり、これでは安心してマンション生活を送れるものではありません。
床スラブの厚みが同じ25cmのマンションを購入しても、床衝撃音の苦情に悩まされずに安心して暮らせる住居を手に入れられる場合と、床衝撃音トラブルに巻き込まれて日々苦情に苛まれ、最悪は裁判に巻き込まれたり、マンションを売却して引越しを余儀なくされるような住居を掴まされたりする場合があるのです。誰だってLH-60のマンションなどは購入したくないと思うはずですが、実際にはそのようなマンションが何の情報もなしに流通していることを図-1は示しているのです。
床衝撃音遮断性能には規制がない!
なぜ、そのような状況になっているのでしょうか。その理由の一つは、建築基準法に床衝撃音に関する規制基準がないからです。住戸と住戸を仕切る壁、すなわち界壁には建築基準法による遮音性能の基準が設けられており、それを満たさなければ違法建築となるため建築することができません。
一方、上下間を仕切る床スラブの床衝撃音遮断性能に関しては、建築基準法には何の規制基準もありません。そのため日本建築学会が適用等級(表-1参照)というものを表示していますが、これは単なる性能評価を示したものであり、性能を規制するものではありません。
また、マンションに関しては、品確法(住宅の品質確保の促進等に関する法律)の性能表示制度があり、様々な性能のランクが表示されますが、ここでも床衝撃音に関する性能の表示は任意となっています。仮に床衝撃音に関する性能表示を行った場合には、その性能に責任を持たなくてはならなくなるため、実際は床衝撃音遮断性能に関しては触れないというのが一般的な対応になってしまっています。国交省の品確法に関するパンフレットでは「良質な住宅を安心して取得できる住宅市場の整備と活性化のために」と謳っていますが、どうみても安心して取得できる状況になっていないというのが現実といえます。
重量床衝撃音は建設後の対策が困難、事前検討が不可欠!
図-1はもう一つの事実を暗示しています。それは床衝撃音遮断性能の正確な事前検討が行われていないということです。床衝撃音のうちでも、スリッパでのパタパタという高音域の音(軽量床衝撃音)は床に柔らかいものを敷けば、ある程度は防音できますが、足音などの低音域の床衝撃音(重量床衝撃音)は、床スラブ全体から発生する音であるため、一度建物が出来てしまえば後からの対策はできないのです。したがって、建物の設計段階で、良好な床衝撃音性能が得られるよう、十分な事前検討が必要になります。そして、その手段となるのが床衝撃音の予測計算法です。
図-1で集計されている物件は、日本建築学会の会員である大手ゼネコンを始めとする多くの建設会社が提供したデーターでしょうから、床衝撃音の性能検討もせずに適当に建設したマンションであるはずはありません。したがって、事前の性能検討をしたにも拘わらず、図-1のような大きなバラツキが生じる結果になっているということであり、その原因としては床衝撃音の予測計算法に問題があると考えられます。図-1が掲載されている日本建築学会編の書籍に記載されている方法が、これだけの性能のバラツキを生む一つの原因になっていると考えられます。
床衝撃音の予測計算法には幾つかの方法があります。その一つに弊所が無料で一般に公開している「拡散度法」があり、この予測計算法は、日本建築学会の学会賞(2008年度)を受賞した信頼度の高い計算法です。図-2に拡散度法で計算した性能と実測データーの対応を示していますが、L数でみて95%のデーターが±5dB以内に収まっており、図-1のデーターのバラツキと比較すれば、その計算精度の高さが理解できます。
この拡散度法を用いて床衝撃音遮断性能の事前検討を行えば、十分に精度の良い床スラブの設計が可能です。しかし、まだ拡散度法を利用していない設計事務所や建設業者も多く、また、利用していても間違った使い方をしている事例もみられます。そこで、弊所では拡散度法の精度の良い利用のための講習会も実施予定であり(詳細は弊所のホームページ参照)、このような活動により拡散度法の普及に努めています。
床衝撃音の正確な事前検討により、良質な住宅を
国交省の品確法のパンフレットにあるように、「良質な住宅を安心して取得できること」はマンション供給の大原則です。一生に一度の買い物をして、いざ住んでみないと床衝撃音の性能が分からないというようなことはあってはならないことです。そして、良質な住宅を安心して取得できるためには、建築設計者が床衝撃音遮断性能の正確な予測検討を行わなければならず、これは技術者としての社会的責務であると言ってよいと思います。日常的な生活騒音によるトラブルに巻き込まれることは、いかに精神的に苦しいものであるかということを十分に理解して、建築技術者はこの責務をしっかりと果たして頂きたいと思います。