映画体験「自然の美しさ」と「自然の脅威」の間に挟まれて生きてきたノルウェー市民
マルグレート・オリンのドキュメンタリー『FEDRELANDET』(Songs of Earth/2023)は、今後「ノルウェーを訪れて自然を満喫したい」という観光客を呼び寄せる誘致映画となるだろう。
映画の主役は「自然」、私たちの「案内人」となるのはオリン監督の父だ。85歳の父が、「いつか、いなくなる」ことについて、オープンに話し合う両親と娘(監督本人)。これは父と娘の1年間の記録であり、春夏秋冬を通じて、ノルウェーの自然を父とハイキングしながら、私たちは「生と死」と「自然」を探求する。
「私が今まで見てきたドキュメンタリー映画の多くは、政治家や活動家の声がたくさん詰まったもので、それとは違う角度のものをつくりたかった」と話すのは、首都オスロの映画館でのトークショーで語ったオリン監督だ。
「自然の美しさ」と「自然の脅威」の間に挟まれて生きてきたノルウェー市民。人間活動によって進む自然破壊は、溶ける氷河や洪水というリアルな変化をもたらしている。気ままに気分(天気)を変える自然は、時に自然の神秘を撮影するチャンスを監督にもたらすと同時に、映画の「冬」は父の「死」を暗示しているかのようでもある。「私が学んだことは、生は死よりも偉大であり、冬の後には春がくること」と監督は語った。
当初は「自然の美しさ」が主役の映画だと筆者は思っていたが、想像以上に「自然と人の生と死」「家族」「死を受け入れること」「両親を敬う思い」「祖先へのリスペクト」にフォーカスされた作品だった。映画では監督の高齢の父がいずれ亡くなることを予感させるが、実は本作にも出演しているオリン監督の母親はプレミア試写会の夜の鑑賞後に突然亡くなった。監督はトークショーでもその話を打ち明け、余計に胸を打った。
「まるで音楽セラピーのようだ」とも筆者は思った。滝の轟音、ひび割れる氷、したたる水滴、雪崩の音など、繊細でメディテーションのような自然のサウンドに心打たれる。また映画にはフィヨルドの光景が続き、特に海底の映像は神秘的な別世界を見ているかのようだった。
ノルウェーでは『Out of Nature』(Mot naturen/2014)のように、大自然を舞台とした映画は多い。ノルウェーの人々は自然の奥深くに足を踏み込むことで、やっと「自分の心を裸にする」ことができる。「自然とのつながり」をテーマとした作品がノルウェーならではだということは、北欧諸国の取材をしていて気がついた。デンマークやフィンランドには「山がほぼない」からだ。本作『FEDRELANDET』のように、氷河、フィヨルド、山などのシーンがいかに市民の心とつながっているかは、ノルウェーだからこそ実現できる物語なのだ。そう考えると、石油採掘で自然破壊が進んだり、先住民サーミとの間で「グリーン・コロニアリズム」などの問題が発生していることが、いかにノルウェーとは矛盾と葛藤を抱えた国なのかも思い知らされる。身近なものほど、その大切さには気が付きにくいのかもしれない。
本作の鑑賞後は、両親に会いたくなったり、近くの自然にハイキングに行きたくなるだろう。監督によると日本では公開未定だそうだが、自然が豊富な日本でもきっと共感を呼ぶだろう。