スリランカで起きていること、破滅の裏にある一族
インド洋の島国スリランカにとって毎年4月13日と14日は最も賑やかと言って間違いない。正月を祝うのだ。予定では今年も例外ではない。しかしその矢先の4月2日(土曜日)に、スリランカ政府から「大統領に与えられた権限の下、2日午後6時から4日(月曜日)の午前6時まで、全国的に夜間外出禁止令が発令される」との声明が出された。外出禁止令は36時間に及んだ。
<スリランカのラージャパクシャ家による家族政治はゲームオーバーとなるか?>
<スリランカの政治、仏僧が大統領一族へのトドメ刺しとなるか?!この国で僧侶に退任を迫られることの意味>
<スリランカ事実上債務不履行も責任転嫁する裸の王様ラージャパクシャ兄弟>
その前日の4月1日から大統領による治安当局へ大幅な権限を委ねる非常事態宣言が発令されており、現在も継続中である。現時点で非常事態宣言の中身についての言及はないが、過去の例ではこの期間、軍が令状なしに人びとの逮捕・拘束などを行なってきた。非常事態宣言などは一般的に、医療災害、テロや自然災害などが発生した際に必要とされるが、今回はそうではない。スリランカでの非常事態宣言発令の理由となったのは、国民の怒りだ。そしてその民衆の怒りの矛先が大統領に、さらには大統領一族に向けられている。
現在スリランカは、1948年のイギリスからの独立以来の最悪の経済危機に瀕している。物価の高騰、生活必需品の不足、大規模な停電など国民が最低限の生活すら維持できない状況が起こっている。小売価格のインフレ率は17%に達し、食料品のインフレ率は25%を超えている。手元にお金があるなし関係なく日用品は手に入らなくなっており、病院は医薬品が不足のため治療が出来なくなっている。
政府には発電に必要な燃料を調達する外貨がないため、街中の街灯が消され、国民が1日13時間に及ぶ停電の中での生活を強いられている。同じ外貨不足が原因で、教育現場では試験用紙を作るための紙とインクが買えず、全国統一試験の実施が出来なくなり、歴史ある新聞までもが発行断念を余儀なくされている。燃料を求め、ガソリンスタンドであまりにも長い時間を並んだ結果、死に至る人が現れ、生活苦に耐えきれず、危険を顧みず隣のインドに泳いで渡る人も出てきている。事態が日増しに悪化していることに対する国民の忍耐は限界に達しており、民族や宗教などに関係なく大勢の老若男女が道路に繰り出し、政府の退陣を求めるプラカードを手に声を張り上げている。インターネット上では、#EconomicCrisisLK #SriLankaEconomicCrisis #SriLankaCrisis #SirFail #GoHomeGota #GoHomeRajapaksas #SriLankaProtests #EmergencyLawLK などの#が躍る。
政府に対する不満を募らせた民衆によるデモ活動が全国あちこちで連日続いており、その一派がとうとう3月31日の夜には大統領官邸に襲い掛かった。デモ隊は警備中の警察官にレンガなどを投げつけ、大統領邸の塀や入り口のフェンスを破壊し、軍や警察のバスなどに火をつけた。この暴動で警察官5人が負傷し、少なくともデモ隊の45人が逮捕された。
今スリランカで起きていることの最大の原因はどこにあるかと問われれば、一つの明確な答えに行き着く。その答えは、同国出身者としては母国を伏せたくなるような恥ずかしいことであると同時に、世界的にも類をみない滑稽な現実でもある。そろそろ答えたいと思う。現在のスリランカの最大の問題、さらには今回の混乱の最大の原因は、この国が一つの家族によって支配されていることだ。その家族とはラージャパクシャ家である。ゴータバヤ・ラージャパクシャはスリランカの大統領で、彼の兄で前大統領のマヒンダ・ラージャパクシャは今では首相だ。三男のバジル・ラージャパクシャは財務大臣で、ラージャパクシャ家の長男チャマル・ラージャパクシャは内務大臣である。これだけでも十分だが、これだけでは終わらない。首相の息子のナマル・ラージャパクシャは青年・スポーツ大臣で、彼の兄のジョシタ・ラージャパクシャは首相首席補佐官で、さらにはシャシンドラ・ラージャパクシャはスリランカ農業大臣で、シャミンドラ・ラージャパクシャはスリランカ航空の社長でなどと続く。ラージャパクシャ一族は、スリランカ政府で7つの大臣ポストを含む9つの重要なポストを占めており、彼らは現在のスリランカ国家の総予算の75%を支配している。
一族の面々の政治家としての能力の欠落についても触れざるを得ない。現在スリランカが直面してる惨状を招いたラジャパクシャ一族による政策のボタンのかけ違いが、今から約15年前の2007年にまでさかのぼる。今の首相のマヒンダ・ラージャパクシャが大統領に就任し、ある重大な政策決定を行った。スリランカは大幅な借り入れをスタートし、国債が資本市場で売られるようになった。現在、スリランカの総債務額の38%がこの間の借金で占められている。そのほとんどが中国からの融資であることが状況をはるかに悪化させた。「債務の罠」の餌食になったことが世界中でニュースとなった。マヒンダ・ラージャパクシャは、2005年から2015年までスリランカの大統領だった間に、中国はスリランカの新規インフラ・プロジェクトの70%に関与し、少なくとも140億ドルの供与を受けている。ある試算によると、スリランカは現時点で中国に対して100億ドル以上の借りがある。合わせてタイミングの悪い政策実施もこの危機に拍車をかけた。2019年に前大統領の弟であるゴータバヤ・ラージャパククシャが大統領になると減税をスタートした。その結果、スリランカの付加価値税はほぼ半分に削減され、政府は紙幣を増刷し始めたのである。これらの政策がスリランカを今の経済危機に陥れたと国民の共通認識になっている。(もちろんそこにはコロナ・パンデミックによる弊害なども加わったことは言うまでもない。)
政治的に無能な上、私利私欲に突っ走った一族によって民衆がかつて経験したことのない生活にもがき苦しまなければいけない現状に対する怒りがラージャパクシャ一派に向かうのは、言わずして極々自然で、当然の流れであろう。そしてラージャパクシャが講じる、非常事態宣言や外出禁止令などでは到底抑えられるはずもないところまで民衆のエネルギーが高まっている。
これでスリランカ史上最悪ともいうべきラージャパクシャ一族を表舞台から一掃できるのか、そして何よりもスリランカの民衆が心穏やかにお正月を迎えることが出来るのか、特にここしばらくの間はスリランカから目が離せない。
※ 過去の記事だが、合わせてお読みいただきたい。