太宰治が暮らした杉並の住宅街で起きている「集会所」をめぐる問題とは?
昭和初期に作家・太宰治が暮らした東京・杉並の住宅街「天沼(あまぬま)」地区。そこで、住民の集会所をめぐる問題が起きている。最大のポイントは、高齢者向けの集会所を解体して、新たに保育園の園舎を建てるべきかどうか。6月19日午後に開かれる杉並区議会の本会議で、その行方が決まる。
太宰治が住んだ建物の跡地に立つ「杉並区の施設」
太宰治は1930年代に、小説の師匠と仰ぐ井伏鱒二をしたって東京・杉並の荻窪駅の近くに移り住んだ。数回、転居したが、1936年(昭和11年)から翌年まで、杉並区天沼3丁目の下宿屋「碧雲荘(へきうんそう)」で最初の妻・初代と暮らした。
それから80年後、碧雲荘は解体されて、大分県に移築された。跡地に建てられたのが、杉並区の複合施設「ウェルファーム杉並」である。その4階に「天沼区民集会所」がある。
天沼区民集会所には5つの集会室があって、近くの住民たちのサークル活動に利用されている。6月中旬に訪れると、古美術研究会やハーモニカ演奏会などの予定がホワイトボードに記されていた。
3つの「集会所」がなくなる再編計画
しかし、ウェルファーム杉並の概要を説明するウェブページを見ると、天沼区民集会所は「5年9月末廃止予定」とされている。つまり、2023年(令和5)9月末に、天沼区民集会所は運用を終了する予定なのだ。
同じように、隣の本天沼地区にある「本天沼区民集会所」も、2023年9月末で廃止されることになっている。さらに、天沼地区にある高齢者のための集会施設「ゆうゆう天沼館」も、翌2024年9月末で運用を終了する計画だ。
このままいけば、杉並区の天沼・本天沼地区にある3つの集会所がなくなる。その後、どうなるのか。次の地図を見てほしい。
まず、最初に紹介した「天沼区民集会所」は運用が終了すると、フロアが改修され、杉並区の児童発達相談係などが別の施設から移ってくる。
次に、同じ天沼地区にある「ゆうゆう天沼館」は建物が老朽化しているため、解体される。その跡地に、新しく民間保育園の園舎が建てられる予定だ。現在は近くの旧若杉小学校の校舎で運営している「パピーナ荻窪天沼保育園」で、2026年4月に移転する計画となっている。
もう一つの「本天沼区民集会所」。こちらは建物の一部を増改築したうえで、新たに「コミュニティふらっと本天沼(仮称)」と名前を変えて、再出発する予定だ。
このように、天沼・本天沼の3つの集会施設が運用を終了し、それらを集約した新たな集会施設「コミュニティふらっと」として再スタートする。そんな再編計画が、杉並区によって進められている。
杉並区全域で進む「施設再編計画」の一部が見直しへ
このような区立施設の再編計画は、天沼・本天沼地区だけでなく、杉並区全域で進められている。その全体像は、杉並区のウェブサイトの「杉並区区立施設再編整備計画」に関するページで公開されている。
この再編計画は、2010年から22年まで区政を担った田中良・前区長のもとで策定された。老朽化した小中学校や児童館、区民集会所などの「区立施設」を再編・整備して、新たな時代の要請に応えようというものだ。
しかし、児童館や高齢者施設「ゆうゆう館」などを廃止することに対して、近隣の住民たちから反対の声があがった。
昨年6月の区長選では、「住民合意のない区立施設統廃合の見直し」を公約に掲げた岸本聡子氏が、再編計画を推進してきた田中良氏を破って当選。再編計画の一部が見直されることになった。
天沼・本天沼の施設再編「白紙に戻すことは困難」
ところが、天沼・本天沼地区の集会施設については、事情が違った。もし再編計画を中止すると、保育園や児童相談所の整備に影響が生じてしまうとして、岸本区長も「白紙に戻すことは困難」と判断したのだ。
その結果、当初の計画通り、「天沼区民集会所」「本天沼区民集会所」「ゆうゆう天沼館」という3つの集会施設が廃止されて、「コミュニティふらっと本天沼(仮称)」という1つの集会施設に機能を統合することになった。
この天沼・本天沼地区の再編計画を実行に移すためには、条例を改正する必要がある。そこで、岸本区長は、5月から6月にかけて開かれる区議会の第2回定例会に「条例改正案」を提出した。
しかし、本会議の採決に先だって議案を審査した区民生活委員会(6月6日)で、区立施設の再編に関する条例改正案が否決されてしまった。
共産党や立憲民主党などの議員が「地域住民の合意が形成されていない」などとして、反対に回ったためだ。杉並区議会の委員会で、区長が提出した議案が否決されるのは33年ぶりのことだった。
※参考記事:波乱が続く「杉並区議会」 33年ぶりに「区長提出の議案」が委員会で否決
高齢者の集会所を廃止してよいのか?
区民生活委員会で条例改正案に反対した議員たちが特に懸念していたのは、高齢者向けの集会施設である「ゆうゆう天沼館」の廃止による悪影響だ。
計画通りに進めば、ゆうゆう天沼館の跡地には保育園が建てられる。そうなると、これまで同館を利用していた天沼の高齢者たちは、新たに「コミュニティふらっと本天沼(仮称)」となる本天沼の施設に通わなければいけない。
2つの施設の距離は徒歩5〜10分。決して遠い距離ではないが、途中にバスが運行する大通りがあるため、「交通事故に遭わないか不安」という意見がある。
また、これまでは高齢者専用の施設だったが、新しい集会所は誰でも利用できる多世代型の交流施設だ。ゆうゆう館に比べ、高齢者が利用しにくいのではないか、と心配する人もいる。
利用者の一人の清水カツエさん(79)は「ゆうゆう館は、高齢者専用の施設ならではの独自の機能があって、健康寿命を伸ばしたいという私たちの気持ちに寄り添ってくれる。それがなくなってしまうのは困る」と口にする。
一方、杉並区の担当職員は「令和8年(2026年)4月に保育園が(ゆうゆう天沼館の跡地に)移転すると、保護者や事業者に説明している。計画をこれ以上、後ろ倒しにするのは難しい」と、区民生活委員会で述べている。
また、ゆうゆう天沼館の近くの住民からは「現在の古い建物を解体するのは仕方ないとしても、新築する建物に、ゆうゆう館と保育園の両方を入れたらいいのではないか」という提案が出ている。
しかし、区は「もし保育園だけでなく、ゆうゆう館も入る施設にすると、(移転予定の)民間保育園の定員を減らさなければいけなくなってしまう」として、住民の提案に難色を示す。
再編計画の行方を決める「杉並区議会・本会議」の採決
ここまで見てきたように、天沼・本天沼地区の区立施設の再編は、3つの集会施設だけでなく、民間保育園や区の児童関連部門などの移転もからんだ複雑な計画だ。
ただ、最大の争点は、高齢者向けの区立施設を壊して、その跡地に民間保育園の園舎を建てることの是非だといえる。
この再編計画がそのまま実行されるかどうかは、6月19日午後の杉並区議会の本会議で決まる。
6月6日の区民生活委員会と同様に、本会議でも、再編に向けた条例改正案が否決される可能性はある。だが、賛成の会派(自民・公明など)と反対の会派(共産・立憲民主など)の議員の数は拮抗しており、賛否が不明な「一人会派」の議員もいる。
可決か、否決か。どちらの結果になるかは、本会議の採決を見なければ、わからない。
杉並区議会の本会議の模様は、インターネットでライブ配信され、誰でも視聴できる。また、後日、録画中継を視聴することもできる。
(追記:6月20日)
杉並区議会は6月19日、第2回定例会の本会議を開催し、「天沼・本天沼」地区の区立施設の再編をめぐる条例改正案について、賛成多数で可決した。
採決には議長を除く47人の区議が参加し、賛成28人、反対19人という結果だった。