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統一教会や法輪功などの「邪教排斥」が香港国安法を生んだ

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
(旧)統一教会の合同結婚式(写真:ロイター/アフロ)

 1980年代から2000年前後にかけて咲き乱れた種々の宗教や気功などを中国は全て「邪教」として排斥し、それが基本法第23条改正に多大な影響を与えて、今日の香港の国安法制定につながっていく。

◆改革開放により失われた国家による生涯保障が生んだ雑多な宗教や気功運動

 1978年12月に開催された第十一回党大会三中全会(第三回中央委員会全体会議)から始まった改革開放は、それまでの国家丸抱えの保障体制を崩してしまい、多くの人民が路頭に迷うと同時に精神の拠り所を失ってしまった側面は否めない。

 そのため「超自然現象」や「気功」などが話題になるとともに、雑多な「宗教まがい」の組織が出来上がり、国家全体を揺り動かしていった。

 その中で生まれてきたのが1992年5月1日に李洪志が唱え始めた「法輪功」であり、そして中国に深く巧みに広がっていったのが韓国で生まれた「統一教会」である(その後「世界平和統一家庭連合」と改称しているが、本稿では「統一教会」で論じる)。

 改革開放の翌年の1979年5月に、「耳で字を判読できる児童が現れる」といった超自然現象が話題になったのは、精神的拠り所を失った人民が生み出した現象であり、「気功」は「揺りかごから墓場まで」のすべてを国家が面倒を見ていてくれた体制から放り出された人民が、医療体制の保障などとはほど遠い現実を生き抜くために生み出した「保身術」の一つと考えるべきだろう。

 中国で気功科学研究会が設立されると、日本の筑波大学では「気功」の「気」に対する「エネルギー」が存在するか否かに関して、真面目に研究に乗り出したりしたものだ。

 この気功が「法輪功学習者」を生み、中南海にまで学習者を増やし始めた。

 中国では憲法で「宗教の自由」を認めているが、しかしどの宗教も「中国共産党の指導の下での活動」という条件が付いていて、中国共産主義以上の「信仰」が認められているわけではない。

 そのため江沢民政権時代に法輪功の創始者である李洪志に中国共産党の指導の傘下に入るよう説得したが、李洪志はそれを断り、1996年3月に中国政府が公認している中国気功協会を退会した。

 それと相前後して、1994年から統一教会が「国際教育基金会」という下部組織名で中国に入り始めていた。

◆巧みに中国社会に入り込んだ統一教会

 その様子を一目瞭然の形で把握できるようにするために、「中国における統一教会や法輪功などの動向と中国政府の対応」を年表形式で作成してみた。

 作成に当たり、筆者が知っている情報とともに、万延海という人がまとめてあった情報も参考にした。

年表:中国における統一教会や法輪功などの動向と中国政府の対応

筆者作成
筆者作成

筆者作成
筆者作成

筆者作成
筆者作成

 年表は以下のように色分けしてみた。

   ●緑色:改革開放後に出現したさまざまな宗教や組織

   ●黄色:法輪功関係

   ●ピンク:統一教会関係

   ●無地(白地):中国政府の施策や香港での動きなど

 初期のころは緑色(さまざまな宗教や組織)が多い。1992年から黄色(法輪功)が現れ、同時にピンクも出てきて、ピンク(統一教会)は花盛りとなる。

 統一教会のうまいところは、「国際教育基金会」という改革開放後の中国にとっては非常に魅力的な組織名を使っていたということと、若者の「性」に関する、改革開放前の中国では口にすることさえ許されなかった領域に入り込んでいったことだ。

 まず「国際教育基金会」の組織名が与えた影響に関して考察するなら、統一教会が使っている名刺のオフィス欄には、アメリカのニューヨークやワシントンなどの住所が書いてある。統一教会という名前はどこにもないので、学生や学者たちは、憧れのアメリカと「コネ」を持つことができると大喜びする。

 実際、国際教育基金会は、熱心に活動に参加した者やその子女たちを、優先的にアメリカに視察旅行に行かせるという「魅力的なご褒美」を条件として付けくわえていた。

 中国政府のさまざまな部局にいるお役人も、その「ご褒美」を自分の子女に与えたいという気持ちから、積極的に協力し、結果、統一教会の活動に便宜を図ってあげていたことになる。

 また「性」に関しては、文革時代など、好きな人の「顔を見た」という「視線の動き」だけで批判大会にかけられて吊るしあげられることさえあったくらいだから、立ち入ってはならない領域だった。

 それが改革開放により、自由で解放的なアメリカなどの文化が入ってくるようになり戸惑っているところに、この領域にターゲットを当てれば中国の若者を惹きつけることができるとして、人心の弱点を非常に巧みにつかんでいったのである。

 その結果、1997年5月に、公安部が統一教会を「邪教」扱いとして排斥するも、なかなか「国際教育基金会」は「正体を見せず」、年表がピンクに染まるほどの勢いを見せていた。

 1999年4月、筆者が客員教授として当時いた中国社会科学院社会学研究所には、中国の婦女研究センターのボスがいて、筆者は彼女(社会学研究所研究員)と毎日昼食を共にする仲であったのだが、なぜか「国際学術研究会」のシンポジウムだというのに、筆者を出席させてくれなかった。のちに知ったところによれば、それこそは統一教会が仕組んできたシンポジウムで、参加者には「参加費」が与えられて、交通費や昼食も支給するという、至れり尽くせりのサービスぶりだったことを知った。

 何か謎めいて、今もあの時の「ボス」の奇妙な目つきが焼き付いている。

 2000年4月30日に、公安部が中共中央弁公庁・国務院弁公庁という中国の党と政府の最高ランクの行政部門を始めとして、ほとんどすべての関連行政機関に対して邪教組織の取り締まりに関する通知を出した後も、年表にある通り、まだピンク色の活動が消えてないのは、こういった社会背景があったからだ。

 一方、1995年5月、法輪功の創設者・李洪志は香港で講演をするが、統一教会は1998年10月に香港分会を設立している。

 舞台は徐々に香港に移りつつあった。

◆江沢民が香港基本法第23条を前倒しして立法させようとした背景

 年表の2001年6月25日と2002年3月の黄色の出来事をご覧になると、中国本土を追われた法輪功学習者たちが、香港で抗議活動をしていることがわかる。

 1997年に中華人民共和国に返還され特別行政区となった香港は、一国二制度(中華人民共和国の下、「社会主義制度」と「資本主義制度」を実施する)を基本として「香港特別行政区基本法」(香港基本法)に基づいて運営されることになっていた。

 香港基本法第23条は以下のような条文になっている。

 第23条:香港特別行政区は反逆、国家分裂、反乱扇動、中央人民政府転覆、国家機密窃取のいかなる行為も禁止し、外国の政治的組織または団体の香港特別行政区における政治活動を禁止し、香港特別行政区の政治的組織または団体の、外国の政治的組織または団体との関係樹立を禁止する法律を自ら制定しなければならない。

 つまり「香港特別行政区」は「国家安全」に関して「自ら法律を制定しなければならない」となっているのだ。それを「いつ」実行するのか、あるいは「いつまでに」実行するのかという規定は書いてない。

 ところが、中国本土における、この年表に列挙したような社会現象が次から次へと現れてくる事態に至り、2002年6月26日に、当時の銭其琛外交部長が「第23条に基づく法律を制定すべき」と言い、その状態の中で江沢民は2002年7月1日に香港返還5周年記念を祝賀する式典に参加している。

 当然、第一代目の香港行政長官であった董建華には、基本法第23条に基づいて「国家安全法」を制定せよと指示していた。それを受けて9月24日に香港政府は「基本法第23条(国家安全法)の実施に関する諮問文書」を公表している。

 2003年2月14日に「香港国家安全法案条例草案」が発表されたが、しかし2003年7月1日に50万人を超す大規模抗議デモが展開され、7月7日、草案の立法会への提出が延期された。こうして董建華は9月5日に草案撤回に追い込まれた。

 この時の第23条が17年間くすぶって、遂に2020年6月30日に香港行政特別区の「国家安全法」が制定されるに至ったのである。

 それがいわゆる「香港国安法」だ。

 このきっかけを作ったのは、本稿の年表で示したピンク(統一教会)や黄色(法輪功)などが「邪教」とされながら、活動し続けたことが大きな要因となっている。

 法輪功は完全に大陸からも香港からも追い出され、統一教会も完全に排斥されて、それらが「香港国安法」という形で「中国政府の回答」として不動の地位を得ているのが香港を含めた中国の現状だと位置付けることができる。

◆日本での統一教会の歪みは糺さなくていいのか?

 それに対して、統一教会に対する「日本国における回答」は「安倍元総理への銃撃」という痛ましい形で私たちの前に立ちはだかっている。

 安倍元総理の犠牲は、日本の政権が統一教会の歪んだ活動の側面を無視してきたことに起因すると言っていいだろう。

 中国に入り込むときは「国際教育基金会」という衣を着て、中国人民の心をくすぐり、「性」というテーマで若者を惹きつけてきた。そして日本の統一教会信者から、強引な方法で大金を巻き上げ、マインドコントロールをすることによって信者を惹きつけ家庭を破壊したまま、その血のような金で中国での信者を増やそうとしていた。今はロシアやウクライナにまで侵食し、全世界で信者を増やそうとしている。

 血のような金をむしり取られるのは日本の信者だ。

 7月22日のコラム<中国は統一教会を邪教と位置付け、日米政界が統一教会に牛耳られているとみなしている>に書いた「統一教会被害者対策弁護士会」が訴えても、日本の政治家は、それを無視し続けてきた。

 統一教会の心情として、日本では初期のころは「勝共」という大義名分があったが、今では最も親中なのは政府与党の自公連立政権で、特に1989年6月4日の天安門事件に対する西側の対中経済封鎖を最初に解除したのは日本であり、その日本がひたすら中国経済を巨大化させてきた。「中国経済を巨大化させる」ということは「中国共産党を強大化させる」ということ以外の何ものでもない。

 初期の「勝共連合」などというイデオロギーは今では全く存在せず、中国に利することばかりをやり続けてきたのが与党自公連立政権だ。

 ならば、いまなぜ岸田政権は統一教会と国会議員との歪んだ関係を正視しないのか。

 それは「選挙」のためだと言っても過言ではないだろう。

 選挙のための活動は手伝ってくれるし、組織票も集めてくれる。こんなありがたい存在はないにちがいない。

 しかし、日本はそれでいいのか?

 統一教会自身が悪いと言っているわけではない。日本には宗教の自由はなければならないし、実際筆者が直接面識のある統一教会系列の団体のメンバーは、個人的には良い人たちが多い。

 それでも私たちは、安倍元総理をあってはならない形で失ってしまった。

 その犠牲を無駄にしないためにも、一部の国会議員やメディアとの癒着を糺していかなければならないのではないだろうか。

 岸田政権が今それを正視して是正していくことこそが、安倍元総理の真の追悼につながると信じる。どうか、その機会を逃さないでほしい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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