鉄道むすめが有田町観光大使になった理由 “アニメ化”まで展開できたその背景とは
地方創生にキャラクターを活用することは今や当たり前となり、さらに一つの地域を複数作品のキャラクターが応援したり、逆に一人のキャラクターが複数自治体の象徴になったりする例も出てきています。
その一例が、佐賀県有田町と長崎県佐世保市を結ぶ松浦鉄道に所属する西浦ありさです。西浦ありさは、トミーテックのキャラクターコンテンツ「鉄道むすめ」のメンバーとして2020年1月にデビューし、翌21年に鉄道むすめ15周年を記念して実施された人気投票(総選挙)では全国10位、九州では1位に輝きました。
その後、西浦ありさは22年1月には有田町観光大使に就任。全国の自治体で「鉄道むすめ」を観光大使とする例は、15年以上続く「鉄道むすめ」の歴史の中でも初のことでした。その後、西浦ありさは松浦鉄道沿線の松浦市や佐々町の大使(松浦アジフライ大使、佐々町観光協会コーディネーター)などにも就任し、活躍の幅を広げています。さらに、24年4月には、初の「鉄道むすめ」主体のアニメ映像が、有田町の観光PR映像として公開されました。
なぜ、ここまで西浦ありさを使って沿線を盛り上げようとしているのか。西浦ありさを活用したシティプロモーションを一貫して進める有田町の松尾佳昭町長と、西浦ありさを活用した地域プロモーションを企画するポニーキャニオンエリアアライアンス部の村多正俊部長に取材しました。
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観光大使・西浦ありさ就任の舞台裏
――今回の有田町初代観光大使のプロジェクトが始まった経緯を教えてください。
村多:2021年の9月でした。弊社の別部署のプロデューサー経由で『鉄道むすめ』の版元であるトミーテックさんから、鉄道むすめを地域活性化のために稼働できないか、という相談を持ち掛けられたんです。数日後に、佐賀出張を控えていたので、その話をしたら、「鉄道むすめ15周年記念キャラクター総選挙」で10位になった西浦ありさのことを紹介されたんです。私はもともと鉄道が好きなので、松浦鉄道のことももちろん知っていました。それで沿線自治体で、知り合いの職員がいる有田町役場に連絡をしたら、その彼が松尾町長のアポイントを取ってくれてお会いできることになったわけです。
松尾:その職員からは、「町長に会わせたい人がいる」と日頃から言われていて、その日が初めて2人で長時間話せる機会になりました。当時はコロナ禍で、有田町のシティプロモーションをどうすべきか悩んでいました。私自身、有田のトップセールスをしたいと思って18年に町長になったのですが、コロナでどこにも行けずじまいだったんです。しかしキャラクターであれば、その等身大パネルを使っていろいろな場所に行かせることができると考えていたんです。
それで、村多さんに会ったら西浦ありさのことを打診され、すぐに「これだ!」と。町内には既に「文化交流大使」や「ふるさと交流大使」は存在していたのですが、「観光大使」はいなかったんです。それで、「西浦ありさを有田町観光大使にしたらどうか?」という話を私からしたんです。すると、村多さんはその話をしっかりと持ち帰ってくれまして。
村多:「観光大使になってもらったらよか」と松尾町長から言われて、早速その話をトミーテックさんに共有したんです。あまりのスピード感の早さに、担当者さんも驚いていましたね。トミーテックさんの御担当者がすでに松浦鉄道の今里晴樹社長と強い信頼関係があったもので、そこからは西浦ありさの「有田町観光大使」就任に向けてとんとん拍子に話が進みました。お披露目は22年1月29日。当時は「まん延防止等重点措置期間」でしたが、松浦鉄道有田駅で行った記者発表会は全国ニュースでも取り上げてもらえるような拡がりをみせたんです。
沿線自治体に活躍の場が拡大
――有田から始まった西浦ありささんの取り組みですが、その後は沿線自治体へも活躍の幅を広げていきます。
村多:その後、22年7月には松浦鉄道の車内観光アナウンスが、西浦ありさの声優である安齋由香里さんによる声で始まりました。翌8月には西浦ありさが長崎県松浦市の「松浦アジフライ大使」に就任し、10月には「佐賀&長崎グルメライン 西九州観光・物産展」が東京の新宿で開かれ、沿線6自治体も出展しました。そして23年3月には長崎県佐々町で「佐々町観光協会コーディネーター」に就任し、活躍の場がどんどん広がっています。他にも、沿線自治体では長崎県松浦市がふるさと納税の返礼品に西浦ありさのグッズを活用しています。
松尾:沿線自治体それぞれのやり方が出ていて素晴らしいと思います。有田町内では、毎年4月末に開催される「有田陶器市」の会場アナウンスを22年から西浦ありささんにやっていただいています。22年はコロナ禍のバージョンで収録したものだったのですが、23年はちょうど新型コロナウイルスが2類相当から5類に切り替わるタイミングだったので、流さなかったのです。そしたら、会場のおじちゃんおばちゃん達から、「町長今年は(アナウンス)なかとね」と言われたのです。
西浦ありささんファンだけでなく、地域の人からもこう言われたことで、地域に根付きつつあるのだなと実感しました。やはり声があると華があるのだと思いました。それで、24年の有田陶器市では通常バージョンのものを収録し、会場で使用しました。
アニメになった西浦ありさ
――4月26日には、有田町観光PRアニメ「"come & see me (ARITA)" feat. 鉄道むすめ・西浦ありさ」がYouTubeで公開され、反響を呼んでいます。
松尾:コロナ禍が明け、町としても本格的にPRしていける時機になったのもあり、PRアニメの製作に踏み切りました。企画自体は村多さんの提案だったのですが、「乗らないことはないだろう」と思い、すぐにやることにしました。コロナが明けたことで、職員のマインドが前向きになったことも後押ししましたね。
映像では、背景画のほうは最初からバッチリだったのですが、ありささんに関するところはイメージと違う部分もあったので、若干修正してもらっています。
村多:若干じゃなく結構な修正でした(笑)。西浦ありささんに関する部分だけでなく、松浦鉄道の車両に関する描写などを見てもらい、細やかに修正しています。
松尾:アニメのハイライトになるところで、ありささんが「有田音頭チロリン節」という伝統の皿踊りを披露する場面があるのですが、ここはアニメバージョンにアレンジしたものにしています。ここも本来の踊りにしたほうがいいのでは、という意見もあったのですが、音楽に合わせて踊る必要があったため、変形したものになりました。オリジナルを見たい人は、是非有田のお祭りに来てもらいたいですね。
村多:今はYouTubeをはじめとする動画共有サイトにおける視聴時間がどんどん短くなってきているので、PR映像自体をミュージックビデオにして長さも90秒以内に収めました。私は西浦ありさをアニメにしたいという強い思いがあったので、まずは松浦鉄道の基点である有田町で実現出来て良かったと思います。
――コロナ禍を経て3年以上かけて西浦ありささんの取り組みが広がってきた形です。振り返ってみていかがですか。
村多:決して全てが上手くいっていたわけではなく、山あり谷ありだったと思っています。まずコロナ禍では、松浦鉄道の存続が絶えず気がかりでした。松浦鉄道は通学や通院需要によって支えられている部分が大きいのですが、全国の鉄道がそうであったように、ここも例外なくコロナ禍で乗降客数が大きく落ちこんだものの、それも乗り越えて今があります。
また、少しずつ沿線自治体に取り組みが広がってきてはいるのですが、まだ地域のキャラクターになっているのは半分ほどです。個人的には沿線の全自治体で盛り上がって欲しいのですが、こればかりは自治体の方針もあるので難しいところもあります。
コロナ禍という逆境
――協力的な自治体に共通して見られる部分はありますか。
村多:リーダーが「とにかくやってみろ」というタイプのところは参画していただいている印象です。面白がってくれるかどうかが大きいですね。松尾町長もまさにその人です。
松尾:私はマインドとしては、とにかく新しいことをやってみようと考えています。それに対し役場の人たちが「町長それって成功するんですか」などと心配するのですが、やらないと物事は生まれないと考えています。今回の西浦ありさの件では、職員の中でも面白がってくれる人もいたので、町をあげて上手くいっていると思います。
コロナ禍で、沿線自治体の観光PR戦略だけでなく、松浦鉄道も経営がとても厳しくなりました。有田町も第3セクターである松浦鉄道に出資している立場ですので、ここはすごくよくわかります。みんな苦境に立たされていたからこそ、キャラクターを使って新しいことを始めようとする気運が生まれたのだと思います。
村多:コロナ禍という逆境ゆえに実践できた……それは私も大きいと思います。ここまでSNSの反響を見ても、好意的なものばかりなんですよね。ここも、コロナ禍で社会の理解が得やすくなっている面は無視できないと思います。
――西浦ありささんが有田町観光大使に就任以降、町で変わったと実感できることはありますか。
松尾:有田駅前にある「KILN ARITA」という観光案内所では、人が訪れては写真を撮っている様子があります。イベントがない時にも人が来ていますので、これはすごいことだと思っています。着実に関係・交流人口の増加に繋がっています。
村多:私もコロナ禍を通して1,2ヶ月おきに有田には通い続けていますが、等身大パネルの写真を撮っている人も多く、Xでもその様子をポストしているのもよく見かけます。これら皆さんのアクションが有田に人を引き寄せ、来訪という行動変容につながっていると実感しています。
地域の人からも、最初は物珍しさがあったものが、当たり前で身近なものになってきていると感じています。この「当たり前」になっている感じは、観光大使に就任した2年前を振り返っても隔世の感がありますね。この有田町の当たり前を、沿線全体の当たり前にしていきたいですね。
――今後の取り組みとしてどのように考えていますか。
村多:来年、重大発表を控えています。その発表の場として何かイベントを企画したいと考えています。
松尾:JR九州の中にも今では地方創生の部署があり、西浦ありささんのような取り組みに意欲的です。JR九州を中心にして、九州の鉄道むすめが集まれるようなイベントを博多駅などで展開できるといいと思います。鉄道むすめと、沿線自治体の魅力を発信できる場があるといいですね。
村多:松尾町長をリーダーに、ここまでのチーム感はすごくいいと思います。西浦ありさだけではない、他の鉄道むすめも巻き込んで広げていきたいですね。地方創生にキャラクターを活用することの社会からの理解も進んで来ていると思います。西浦ありさをはじめとする鉄道むすめの魅力と、そして列車に乗る楽しさを広めていきたいですね。
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元々はトミーテックという、一ホビー企業のキャラクターだった西浦ありさが、鉄道事業者のみならず沿線自治体の公認キャラクターとなり、沿線自治体間に広がり、さらにアニメとなる。さながらシンデレラストーリーと言えそうですが、この夢に沿線自治体も一緒に“乗車”できるようになれば、新たな地方創生のあり方として広がっていきそうな気がしています。
(写真は全て筆者撮影)
(画像は全てポニーキャニオン提供)
(C) TOMYTEC/イラスト:JSK