解散「放漫宰相」安倍首相VS「緊縮女王」メルケル独首相のどこが違う【イチから分かるドイツ総選挙】
解散で基礎的財政収支黒字化も先送り
[ドイツ・ハイデルベルク発]アンゲラ・メルケル独首相が4選を目指す9月24日投開票のドイツ総選挙の執筆準備をしていたら、日本では安倍晋三首相が28日召集の臨時国会冒頭で解散、10月22日に総選挙の投開票が行われるというニュースが飛び込んできました。
北朝鮮が日本上空に新型中距離弾道ミサイルを立て続けに発射、「水爆」実験にも成功した最中、安倍首相が「政治空白」をつくる解散・総選挙に踏み切るというのには驚きました。
しかも2019年10月の8%から10%への消費税引き上げによる増収分のうち1兆円超を子育て支援や教育無償化に充てるため、国際公約の2020年度基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化目標も先送りするそうです。
これでは子供たちが勉強を先送りしても叱ることができません。ドイツ国債の格付けは最上級のトリプルAです。一方、日本はスロバキア、アイルランド並みのA1、A+、Aです。
金融緩和、財政出動、構造改革の3つの矢によるアベノミクスを掲げて登場した安倍首相と、緊縮財政と構造改革で欧州債務危機を抑え込んだメルケル首相を国際通貨基金(IMF)データで比較してみましょう。参考に重債務国のイタリアも加えました。
成長率
まずは実質国内総生産(GDP)の成長率です。今年、ドイツは1.6%、日本は1.2%成長の見通しです。先進国はいずれも低成長に苦しんでいます。日本の成長率はいずれイタリアを下回ると予測されているので深刻です。
失業率
失業率では「非正規雇用」が普及した日本、所得税・社会保険料の労働者負担が免除される月450ユーロ以下の「ミニジョブ」が増えたドイツとも失業率は低く抑えられています。労働市場改革が進まないイタリアでは失業率が高止まりしています。
インフレ
インフレは、日銀による2%のインフレターゲットが達成できない日本は今年0.8%、ドイツは1.6%の見通しです。財政黒字化を掲げるドイツは穏やかなインフレを実現しています。
経常収支
高齢化が進む日本もドイツも老後の備えのため貯蓄超過となっており、この1年の経常黒字はドイツが2741億ドル、日本が1898億ドル。イタリアも経常収支は黒字でメルケル首相が主導した単一通貨ユーロ圏の構造改革が進んだことが分かります。
「魔法の四角形」
メルケル首相が両手でつくる「菱形」のポーズをご存知の方も多いと思います。下はドイツ主要週刊紙ツァイトの表紙です。メルケル首相の手をみると「菱形」を作っています。メルケル首相によると意味はないそうですが、この「菱形」は非常に有名になりました。
メルケル首相の「菱形」とは直接関係ないのですが、ドイツには「魔法の四角形」という言葉があります。経済安定成長促進法(1967年)で(1)適度な成長(2)物価安定(3)完全雇用(4)経常収支の均衡が大きな目標に掲げられています。
適度な成長と物価安定の両方を実現するのは難しいのですが、メルケル首相は見事に達成しました。社会民主党のゲアハルト・シュレーダー前首相による構造改革、欧州連合(EU)に新規加盟した旧共産圏の低賃金労働者、安い通貨ユーロに支えられ、ドイツ経済は死角が全く見当たらないほど好調です。
有権者の間にメルケル首相に対する飽きも出てきているようです。しかし、アメリカのトランプ政権迷走、イギリスのEU離脱、北朝鮮の核・ミサイル危機、中国やロシアの拡張主義で国際情勢が一気に不安定化する中、ドイツの有権者は経験豊富なメルケル首相を支持するのは間違いありません。
最後の賭けに出た安倍首相
片や、安倍首相は森友・加計学園、防衛省の南スーダン国連PKO(平和維持活動)日報隠し問題で足元が大きく揺らいでいます。来年の自民党総裁選を前に、安倍首相は最大野党・民進党の低迷、北朝鮮の核・ミサイル危機に乗じて最後の賭けに出たとみなされても仕方ありません。
安倍首相は国際公約だった20年度基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化目標を先送りすると報じられましたが、日本の財政が赤字体質から脱却するのはますます難しくなってきました。
政府債務残高が膨れ上がる中、単年度の基礎的財政収支黒字化は一番低い目標です。それも達成できないとは――。健全野党のいない政治がいかに不幸かを如実に物語っています。2025年には団塊の世代がすべて医療費のかさむ後期高齢者となり、財政の発散リスクが高まります。
経済財政諮問会議に提出された内閣府の試算では、ベースラインシナリオでは基礎的財政収支の黒字化は永遠に達成できません。経済再生シナリオは、夢のような4%近い名目GDP成長率で試算され、現実味がありません。
大きな円安
このまま財政赤字が膨らみ続けると、10年もたたないうちに大きな円安がやって来ます。外貨を稼ぐ力を持ったグローバル企業以外はドルを調達できなくなり、海外事業からの撤退を余儀なくされるでしょう。
ドイツはEUとユーロ圏を支え、大学や大学院のグローバル化、労働者の能力向上にも力を入れています。少子高齢化に対応するため、移民・難民を受け入れる努力もしています。
日本の政治は緊張感を失い、政権維持のための財政拡張が慢性化しています。明治維新以降、目覚ましい発展を遂げた日本ですが、輝きを失った赤色巨星と化し、間もなく白色矮星となる運命は避けられそうにありません。
(おわり)