ル・マンで4連覇、偉業に賞賛の声!「ライバル不在で勝っても」という意見は激減?
「トヨタがル・マンで4連覇」
第89回ル・マン24時間レースのフィニッシュは日本時間の23時という時間だったにも関わらず、深夜から8月23日(月)の早朝にかけて各メディアはトヨタのル・マン優勝を報じた。JR山手線の車内でも写真付きで紹介されるなど、トップニュース扱いで報じられたのには、ちょっと驚いてしまった。
勝って当たり前の批判は少数
もう一つ驚いたのは、Yahoo!ニュースのトップページを飾ったmotorsports.comの速報記事のコメント欄。そこにはトヨタの優勝を讃えるコメントが溢れ、非常にポジティブな感想が大半を締めていた。トヨタがル・マンで初優勝した2018年の時とは全く違う。
「ライバル不在で勝ってもね。。。」
2018年、トヨタは悲願だったル・マン24時間レース優勝を成し遂げたが、お祝いムードの一方で、Yahoo!ニュースのコメント欄やツイッターなどのSNSには、ライバルの自動車メーカーが撤退した後に優勝したトヨタを批判する、あるいは優勝価値を評価しない声が多かったのだ。
ル・マン総合優勝を争う最高峰クラスには一時、トヨタ、ポルシェ、アウディ、日産の4メーカーが参戦(2015年)。しかし、その3年後にはポルシェも撤退し、メーカーはトヨタだけになってしまっていた。その中での優勝に複雑な気持ちを抱く人がいるのはごもっともなのだが、今年もトヨタしかメーカーワークスカーがいないル・マン24時間だったのに、批判する人がほとんど居なかったのは、どういうことなのだろうか。
当時「勝って当たり前」的な批判をした人は、きっとマウントを取りたかっただけなのかもしれない。
それまでは日本の自動車メーカーによる総合優勝は1991年のマツダだけ。メルセデス、ジャガー、プジョーに打ち勝ったマツダと同列に並べて欲しくないという古株ファンからのアレルギー反応があったとも感じる。
また、素直にお祝いできなかったレースファンの心理の奥には、リーマンショックの後、小林可夢偉というF1で勝てるかもしれない逸材を残して突然F1から撤退したトヨタの姿勢に対する拒否反応も根強くあったのではないだろうか。
しかし、今やトヨタは国内で最も積極的にモータースポーツ活動を盛り上げる自動車メーカーだ。豊田章男社長が旗振り役となり、WRC(世界ラリー選手権)などの世界選手権はもちろん、今年話題になった「水素エンジン」のレースカーを参戦させるなど多彩なアプローチでモータースポーツに関わっている。「GRヤリス」や「GR86」などのスポーツカー製品にも繋がる活動の意味は、少しずつファンの心に届き始めている。
4連覇という記録もインパクトがあるが、今年は新規定に変わった中での優勝だったことも批判の声が消えた一因かもしれない。
危うかったハイパーカーでの優勝
今年の「第89回ル・マン24時間レース」は最高峰クラスが「ハイパーカー」クラスという新規定にリニューアルされた。これまで自由な開発が許された「LMP1」クラスと違い、ハイパーカーは一度車両を登録すると大きな仕様変更ができない規定になっている。また、性能を均衡化させる「BoP(バランス・オブ・パフォーマンス=性能調整)」が行われるので、速く走れるように開発した新車に変更しても、性能はライバルに合わせてデチューンされてしまう規定なのだ。
また、ハイパーカー規定では、メーカー以外がなかなか開発できないハイブリッドシステムを搭載する必要はなく、信頼性が確立されている自然吸気エンジンのマシンで参戦できる。つまりは「グリッケンハウス」のような情熱重視のプライベーターや小規模スポーツカーメーカーにもル・マンで勝てるチャンスをと門戸を開いたルールである。ル・マン総合優勝は以前よりもローコストで狙えるようになったのだ。
にも関わらず、最初に手を挙げた自動車メーカー、トヨタは培ってきたハイブリッド技術を搭載したニューマシン「GR010 HYBRID」を投入してきた。LMP1時代のトヨタTS050と同じ四輪駆動車ではあるが、ハイパーカーでは規定によりモーターの出力で駆動するのは前輪のみで、後輪はエンジンからの出力だけで駆動するシステム。
GR010は一見TS050からガワを変えただけのマシンのような印象だが、エンジンも2.4L・V型6気筒ツインターボから3.5L・V型6気筒ツインターボに変わっているし、車重も1040kgと重くなるなど、全くベツモノの新設計マシン。これまでのノウハウは活かされるが、24時間レースに関して完走できる確証はどこにもないマシンでの挑戦だったのだ。
一方でライバルの「アルピーヌ」はルノー傘下のメーカーチームだが、彼らが用意したマシンは昨年までレベリオンレーシングが使用した既存のレーシングカーで、LMP2で走る「オレカ07・ギブソン」と基本的には同じマシン。つまり24時間レースを完走したデータがのべ何十台分とある、信頼性が確立されたマシンなのだ。結局、アルピーヌは深夜のスピンで自滅。大きくタイムロスし、勝負権を失った。
トヨタにも危ないシーンはあった。小林可夢偉がドライブ中に7号車はインディアナポリスコーナーであわや壁にクラッシュという危機に見舞われた。本当に寸止めで事なきをえたが、あそこでクラッシュしていれば、7号車の優勝はなかっただろう。
また、前哨戦から様々なトラブルに悩まされ、前輪モーター、後輪エンジンの制御にも苦労し、トヨタはかなり多くの心配箇所を抱えながらの24時間挑戦だった。
オープニングラップから8号車は追突される危機。そして7号車のオーバーラン。さらには残り6時間で燃料システムのトラブルが8号車を襲い、マシンをコースサイドに止めてトラブルシューティングを行うなど、もう2台ともにトラブルでストップしても何らおかしくはない、まさに薄氷を踏む状態だったといえる。
プジョー参戦、来年が本当の勝負
3位のアルピーヌとは3周の差があったことで、トヨタは最後のピットインで2位の8号車を待たせ、7号車のピットインを受けてランデブー走行を実施。小林可夢偉が乗る7号車、中嶋一貴が乗る8号車で並んで1-2フィニッシュを飾った。
こういったランデブーやフォーメーションを組んでのフィニッシュは充分なマージンがあったからこそ実現可能なものであるが、性能が近いハイパーカー規定においてはなかなかそういう状態を作るのは難しく、今回はライバルたちの自滅に助けられた部分もあったと言える。
ヒヤヒヤの状態で2台ともに走りきったトヨタだが、アルピーヌもグリッケンハウス2台も下位クラスに負けることなく、総合順位の上位5台は5台のハイパーカーが独占した。
驚くべきは初出場の「グリッケンハウス」が2台ともに上位で走りきったことである。現代のレーシングカーの空力トレンドからは逸脱したレトロな雰囲気を醸し出すグリッケンハウスのマシンは序盤で順位を後退させたものの、その後はノントラブルで予定通りの周回数でピットインを繰り返し、気づけばトップ5に入ってきたのである。
グリッケンハウスのマシンがワークストヨタが作るマシンと互角に勝負するなど想像がつかなかったが、レース後半のグリッケンハウスの走り、チームの仕事ぶりを見ていると、来年以降はル・マン史上最高の接戦になることも想像できてしまう。
ましてや来年からは地元フランスのプジョーも参戦する。プジョーはリアウイングを持たない奇抜なデザインのハイパーカー「プジョー9X8」を公開。来季に向けて着々と準備を進めている。
「第一印象はフランスのデザイン力はすごいなと。アジア人の僕からすると、デザイン力の常識を超えている」とライバルのプジョーについて語るのはトヨタのチーム代表、村田久武だ。
「リアウイングでダウンフォースを得るのは空力の効率としては良くないので、デザインとしては理想。ただ、クルマとして成立するのかはわからない。今の規定では毎年のようにマシンをアップデートすることはできないので、我々も今後、戦略を練らなければと思っています」
村田は1990年代にトヨタのル・マン初優勝を阻んだプジョー905の奇抜なデザインを例に挙げ、ライバルを警戒。30年前のトヨタvsプジョーの戦いは完敗だったが、今度はそのリベンジとなる戦いがやってくる。
先行してハイパーカー規定でレースをして優勝したトヨタだが、ライバルはその手の内を見てしまっている。研究して戦略を練ったライバルたちが続々、「打倒トヨタ」を掲げてやってくるのだ。
2022年は90回大会でプジョー参戦、2023年は100周年でフェラーリ、ポルシェ、アウディ、キャディラック(GM)が加わり、ド派手なレースになっていく。トヨタの本当の戦いはこれからなのだ。