アウシュビッツから生還した世界的なチェリスト:ホログラムでホロコーストの記憶と経験を伝える
第二次大戦時にナチスドイツが600万人以上のユダヤ人を大量に虐殺したホロコーストだが、そのホロコーストを生き延びることができた生存者たちも高齢化が進んでいき、その数も年々減少している。彼らの多くが現在でも博物館などで若い学生らにホロコースト時代の思い出や経験を語っているが、だんだん体力も記憶も衰えてきている。
現在、欧米ではそのようなホロコーストの記憶を語り継ぐために、ホロコースト生存者のインタビューと動く姿を撮影し、それらを3Dのホログラムで表現。博物館を訪れた人たちと対話して、ホログラムが質問者の音声を認識して、音声で回答できる3Dの制作が進んでいる。
あたかも、目の前にホロコーストの生存者がいるようで、質問に対してリアルタイムに答えられる。ホロコーストの生存者らが高齢化しても、亡くなってからでも、ホログラムで登場して未来の世代にホロコーストを語り継いでいくことができる。
1925年にドイツで生まれ、アウシュビッツを生き延びたアニタ・ラスカー・ウォルフィッシュ氏は子供の頃からチェロが得意でアウシュビッツ絶滅収容所でもチェロを演奏し、女性音楽隊に入れられることによって殺害されずにすんだ。音楽隊は絶滅収容所で奴隷労働に向かう囚人たちを鼓舞するために毎日音楽を奏でていた。だが他の囚人と違って暖かい部屋で食事もちゃんと食べることができたので生き延びることができた。まさに「芸は身を助ける」である。
アニタ氏は「チェロを弾く少女アニタ:アウシュヴィッツを生き抜いた女性の手記」(藤島淳一訳、原書房、2003年)という著書の中でもアウシュビッツでの経験を語っている。そのアニタ氏がホログラムで米国イリノイホロコースト博物館に登場。ホログラムでアウシュビッツ絶滅収容所での生活やホロコースト時代の記憶や経験を語っている。アニタ氏は戦後も世界的なチェリストとして活躍し、その知名度を生かしてホロコーストの経験を多く語ってきた。
映画「シンドラーのリスト」の映画監督スティーブン・スピルバーグが寄付して創設された南カリフォルニア大学(USC)のショア財団ではホロコースト時代の生存者の証言のデジタル化やメディア化などの取組みを行っている。南カリフォルニア大学ではホログラムでの生存者とのインタラクティブな対話の技術開発にも積極的で、同大学ではこの取組みを「Dimensions in Testimony」プロジェクトと呼んでいる。ホロコースト生存者がホログラムや3Dで目の前に現れて、AIによってインタラクティブにホロコースト時代の体験について質問に答える仕組みだ。あたかも、目の前にホロコーストの生存者がいるように、質問に対してリアルタイムに答えられる。「ホロコースト時代をどう過ごしていたの?」などといった学生や見学者からの質問にホログラム化された生存者がリアルタイムに回答してくれる。アメリカや欧州のホロコースト博物館で導入されている。2012年2月に1人目のホログラムを撮影し、すでに50人以上のホロコースト生存者がホログラムとして当時の様子を伝えている。
ホロコースト生存者らをホログラムで表現し、永遠にホロコーストの経験を語っていってもらおうという取組みは欧米のホロコースト博物館で積極的に進んでいるが、製作コストも相当にかかる。1人の人を撮影して3Dとホログラムで表現するために250万ドル(約2億7000万円)かかる。南カリフォルニア大学のショア財団の財政面と技術面での支援があるから実現できている。ロサンゼルスにあるスタジオで18台のカメラであらゆる角度からホロコースト生存者らを撮影する。撮影も1週間以上で1000問以上の質問が繰り返される。
そのためホロコーストの生存者の誰でもがホログラムで記憶をデジタル化することができるわけではなく、撮影にも相当な体力を要する。それでも、ホロコースト経験者の記憶と体験を未来に語り継いでいくために、欧米のユダヤ人らは積極的にホロコーストの記憶のデジタル化を進めようとしている。
▼ホロコーストの経験と記憶を伝えるアニタ氏