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ホロコースト生存者のドイツの92歳のおばあちゃん、VR(仮想現実)で「水晶の夜」を後世に語り継ぐ

佐藤仁学術研究員・著述家
水晶の夜の後に連行されるユダヤ人(シャーロッテ・ノブロック氏提供)

1938年11月9日夜はドイツ全土で「クリスタルナハト(水晶の夜)」と呼ばれた日で、ユダヤ人に対する暴力、ユダヤ人店舗の略奪、破壊が行われた。ユダヤ寺院のシナゴーグも襲撃、放火された。店舗やシナゴーグの破壊されたガラスが夜の月明かりに照らされて「水晶」のようだったので「水晶の夜(クリスタルナハト)」と呼ばれている。当時、多くのドイツ人がユダヤ人迫害に加担、もしくは見て見ぬふりをしていた。その後、第2次大戦での欧州全体でのナチスによる約600万人のユダヤ人大量虐殺のホロコーストへと繋がっていった。「水晶の夜」ではドイツとオーストリアの1400のシナゴーグ(ユダヤ教の教会)が襲撃された。そしてユダヤ人の多くが不当に逮捕されて強制収容所に移送されていった。ホロコーストにおけるユダヤ人への組織的暴力の始まりだった。

そのドイツでの「水晶の夜」を6歳の時に経験したユダヤ人のシャーロッテ・ノブロック氏が2024年10月30日に92歳の誕生日を迎えた。そしてシャーロッテ・ノブロック氏の誕生日の10月30日に同氏が出演して「水晶の夜」を解説するVR(バーチャルリアリティ・仮想現実)のコンテンツが公開される。ユダヤ人対独物的請求会議とアメリカの南カリフォルニア大学ショア財団、Facebookやインスタグラムを運営しているMeta(メタ)が共同で開発。

VRコンテンツの中で当時6歳だったシャーロッテ・ノブロック氏が水晶の夜にユダヤ人らがナチスによって襲撃されて、ユダヤ人コミュニティが破壊され生活が大きく変わったことを振り返りながら解説していく。同氏は1932年にドイツのミュンヘンで生まれた。父親がユダヤ教で母親がキリスト教徒だったが、結婚して母がユダヤ教になった。同氏が生まれた1年後の1933年にナチスが台頭してきて反ユダヤ主義が強くなっていく。1936年に両親は離婚。ユダヤ人だった父が逮捕されると、彼女は以前に家事手伝いでやってきていた女性に助られてキリスト教徒としてホロコーストを生き延びることができた。2006年から2010年までドイツ・ユダヤ人中央評議会の会長も務めていた。

ホロコーストを伝えるVRコンテンツは多い

戦後約80年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰えており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコーストの記憶や経験を後世に伝えようとして、当時の写真や地図、歴史的な記録、手紙などをデジタル化して保管する動きは多くのホロコースト博物館やユダヤ財団、大学などで進められている。またホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化も積極的に進められている。デジタル化された写真、手紙、証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても多く活用されている。

このようにホロコーストの生存者は既に高齢であるため、記憶が鮮明で体力があるうちに記憶のデジタル化を進めようとしている。ホロコースト教育用に制作されたVRコンテンツは多く、強制収容所での生活や当時のゲットーなどを描写したものが欧米やイスラエルの学校ではホロコースト教育でも活用されている。

VRでの描写だから写真や本よりは、リアリティはあるが、それでもホロコーストの恐怖や絶滅収容所や移送される貨車という地獄は100%再現できるわけではない。当時の絶滅収容所の臭い、温度、不衛生な環境、恐怖や悲しみといった人々の感情、飢え、強制労働、暴力、虐待、殺害といったそこでの地獄を本当に再現し追想できるのは体験者本人だけだ。現代の我々に求められるのはVRから当時の様子を思い描く想像力だ。

▼シャーロッテ・ノブロック氏の「水晶の夜」の体験のVR紹介動画

▼シャーロッテ・ノブロック氏の92歳誕生日にVRをリリースすることを伝えるユダヤ人対独物的請求会議のSNS。写真はシャーロッテ・ノブロック氏

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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