ワインスタイン地獄から救ったのはスコセッシ。「エジソンズ・ゲーム」が乗り越えた数々の苦悩
ベネディクト・カンバーバッチがトーマス・エジソンを演じる伝記映画「エジソンズ・ゲーム」が、今週19日、ついに日本公開となる。本来は4月公開だったのが、新型コロナで延期になったものだ。
だが、今作にとって、2ヶ月半の遅れなど、かわいいもの。2017年9月のトロント映画祭でのプレミア以来、いや、その前から、この映画の監督アルフォンソ・ゴメス=レホンは、たっぷりと地獄を見せられてきたのである。監督のビジョンを無視して好き勝手に編集することで有名なハーベイ・ワインスタインの、いわゆる“ハーベイ・ザ・シザーハンズ”地獄だ。
未完成なままトロントに出品、がっかりの結果に
1880年代、エジソンとジョージ・ウェスティングハウス(マイケル・シャノン)が電力の供給方法で争った話を語るこの脚本を買ったのは、ロシアのプロデューサー、ティムール・ベクマンベトフ。シリアスな時代物ならこの人の力を借りようと、ベクマンベトフは、ザ・ワインスタイン・カンパニー(TWC)に、このプロジェクトを持ち込んだ。ワインスタインのおかげでこれだけの豪華キャストも揃ったし、初めの頃は、あくまで順調だったようである。
しかし、編集作業が開始すると同時に、トラブルも始まった。ああしろ、こうしろという注文が、ワインスタイン本人からはもちろん、TWCのエグゼクティブらからも毎日のように来て、お互いに矛盾していたりするのだ。自分のビジョンを主張しようとするとワインスタインに罵倒され、編集作業は困難の連続だった。
そんな中、ワインスタインは、未完成の段階で作品をトロント映画祭に提出、受け入れられてしまう。トロントはオスカーキャンペーン上、非常に大事だが、今の状態ではとてもそこまでに間に合わせられない。そうゴメス=レホンが思っても、もちろん、ワインスタインは聞く耳をもたなかった。結局上映されたのは、ゴメス=レホンが思っていたのとはまるで違う映画。がっかりしたのはゴメス=レホンだけでなく、批評家や観客も同じで、さすがにワインスタインも、12月の北米公開に向けて編集をやり直すと決める。ただし、これまたワインスタインの気に入る形でだ。
ワインスタインのセクハラ暴露で公開が宙に浮く
その矢先に、「The New York Times」と「New Yorker」が、ワインスタインの過去のセクハラとレイプを立て続けに暴露したのである。その数日後にはワインスタインがTWCから追放され、まもなくTWC自体も経営破綻してしまった。それによって、この映画の公開も宙に浮く。だが、その間も、ゴメス=レホンは映画に手を入れることが許されず、新たな配給がランターン・エンタテインメントに決まってからも、彼らは今のバージョンのままで行くと、引かなかった。
そこに登場したのが、マーティン・スコセッシの名前だ。彼は、この映画のエグゼクティブ・プロデューサーのひとりに名を連ねている。ゴメス=レホンは駆け出しの頃、スコセッシのアシスタントを務めたことがあり、スコセッシを最大の恩師と仰いできた。それで、万が一、スタジオと自分がファイナルカットで揉めた場合、決定権はスコセッシにあるという項目を、契約書に盛り込ませてもらっていたのだ。その事実があったことを思い出したゴメス=レホンのエージェントや弁護士は、すぐに契約書を確認。事情を知ったスコセッシは、今のバージョンを認めないと撥ね付け、ゴメス=レホンに、思うような映画にするようにと言ってくれたのである。
編集をし直している間、スコセッシは、ゴメス=レホンにいくつかのアドバイスをくれたそうだ。ワインスタインの時と違い、彼はそれらをありがたく受け取ったという。そうやって完成した“ディレクターズ・カット”は、再撮をしてシーンを足しているにもかかわらず、トロントのバージョンより上映時間が短く、テンポも良い。Rottentomatoes.comでの評価も、トロント版はわずか30%だが、“ディレクターズ・カット”は60%で、大きくアップしている。
しかし、ゴメス=レホンの満足度は、そういった数字でははかり知れないだろう。19世紀の男たちが争う映画の裏では、こんな現代の男たちのバトルがあったのだ。そして、彼は、見事、それに勝ってみせたのである。その結果である“ディレクターズ・カット”こそ、彼にとっては唯一の「エジソンズ・ゲーム」だ。その情熱は、日本の映画ファンにも伝わるだろうか。
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