Yahoo!ニュース

アフガニスタン:ターリバーンと暮らす清く正しく美しい生活

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 ターリバーンによる攻勢で、同派の制圧地域が拡大し、特に制圧都市が急速に増加している。そうした中、ターリバーンの制圧下でアフガン人民や、アフガンで活動する外交団・国際機関・企業や団体がどのように暮らすことになるのかについての懸念や関心も高まっている。そうした流れの中で、ターリバーンは2021年8月13日付で声明を発表し、同派の制圧地域が拡大することへの不安を解消すべく、13項目を表明した。それらの一部を抜粋すると、「この種の大規模で迅速な展開は暴力だけではなしえないので、(諸州・地域が)イスラーム首長国の制圧下に入っていることは、イスラーム首長国の人気の証明である。」、「イスラーム首長国は全国民に対し、生命、財産、尊厳が保持されると表明する。この件については、誰も心配する必要がない。」、「イスラーム首長国のムジャーヒドゥーンは、公共の財物と行政、それらに付属する設備、道路・橋梁、人民の財産全てを守らなくてはならない」、「かつて占領者と働いていたり、彼らを支援したりしていた者、依然として腐敗した政権のもとにいる者に対し、イスラーム首長国の腕は開かれており、彼らに恩赦を宣言する。」、「イスラーム首長国の制圧下に入った諸地域の住民は、教育・保健・社会・文化行政をはじめ通常の生活を送るべきだ。地域や国を棄てようとしてはならない。」、「敵の主張に影響されて避難した者たちは、一般人であれ公務員であれ、住処に戻らなくてはならない。我々から彼らに対しては、いかなる危険も脅迫もない。」、「商人・投資家・工業事業主は、安心して仕事を続けるように。イスラーム首長国はそのためにふさわしい環境を醸成する。」、「全ての隣接国に対し、我々の方からは問題を起こさない旨表明する。全外交官・大使館と領事館職員・慈善団体職員は、外国人であれ地元民であれ、イスラーム首長国の側からの問題にあうことはない。イスラーム首長国は、彼らのために安全な環境を醸成する。」とのことである。ターリバーンの伸張により、アフガンにおける女性の処遇や、外交団をはじめとする外国人(とその協力者)の身の安全が懸念されているが、この声明はそうした懸念を払拭しようと努める作品に見える。

 とはいうものの、この声明も含め最近のターリバーンの軍事的な成功の過程で発信された声明類や要人の発言は、急速に展開する状況に対応するための即興的なものであり、それがターリバーンの世界観・政治観や長期的な計画(そんなものがあればだが)をどの程度反映しているのかは心許ない。つまり、女性の処遇や対外関係などの課題について、直近の半年なり1年なりの情報をつまみ食いして論評を試みたとしても、そのための情報源がターリバーンの世界観とまるで一致せず、いずれは別の政策が導入される可能性を見落としてしまいかねないのである。幸い(?)、ターリバーンは過去10年以上にわたり『スムード』なるアラビア語の月間機関誌を刊行し続けており、そこで時折人権や経済などの課題に対する見解や政策的な目標を開陳してくれている。例えば、2020年に刊行した『スムード』176号には、「アフガニスタンにおけるイスラーム経済」なる論考が掲載されており、そこでは経済政策や女性観について論じられている。

 この論考によると、ターリバーン(イスラーム首長国)が標榜する「イスラーム経済」の骨子は以下の通りである。

*鉱山、石油・ガス、水、土地のような戦略的資源や、道路、橋梁、ダムのような社会資本、及び電話、インターネット、公共運輸網、輸送機と空港はイスラーム首長国の官庁が管理する。

*希少鉱物を外国資本から奪回する。

*利子(リバー)と無縁のイスラーム的銀行を設立し、通貨の発行や小規模事業への貸し付けを担当させる。

*内外の交易とその経路をイスラーム首長国が管理する。

*老若男女の権利の典拠はシャリーア(イスラーム法)である。男女は平等だが、造物主が男女に与えた役割は異なる。

 残念ながら、この上記のような方針だけではどのようにしてアフガン人民の生活水準を向上させたり、アフガンの経済を発展させたりするのかがさっぱりわからない、というのが正直なところだろう。筆者の経験上、ターリバーンのみならずイスラーム過激派諸派が発信する政策綱領や経済・社会論は、きれいごとや原則論に終始し、現地での実践の方法論や具体的制度を欠く(「イスラーム国」の場合はそのきれいごととは正反対の実践になる)ことがほとんどである。ターリバーンの場合、権力による管理・監視を重視するように見えるが、その結果制限される私権への補償があるのかや、そんな運営を相手にしてくれる取引先をどのように獲得するのかはわからない。また、人権は専らシャリーアを典拠とする以上、女性の職業制限は当然視されているようだし、性犯罪やハラスメントを防止するための労苦や問題が生じた際の責任は女性だけが負うことになりそうだ。また、上記の論考では触れられていないが、国際機関や援助団体の活動については、すでに何度か指摘した通り、本来ターリバーンが責任を負うべきサービスの提供などを外部の機関に丸投げするとともに、許認可権の行使を通じて援助団体などを利用・搾取する方針は既定路線である

 結局のところ、ターリバーンの社会・経済政策は、具体的な内容と実践の手段を欠くものと言わざるを得ず、アフガン人民の生活水準を向上させるという観点からの成果は上がらない可能性が高い。となると、為政者の側としては「イスラーム統治」が実現しているという成果を別のところで示さなくてはならなくなるが、こちらについては服装規制や礼拝・断食の強制、「ハッド刑」と呼ばれるコーランの中に罪刑が明示されている刑罰の執行などで、誰が見ても明らかな実績を上げることが容易である。要するに、経済・外交・安全保障のような、高度かつきれいごとだけでは運営できない分野で実績が上がらない為政者ほど、服装、礼拝・断食の実践、「ハッド刑」の執行、「男女の役割分担」の確立、飲酒・喫煙の禁圧など、実績が容易に可視化できる政策に頼る誘因が増すことになる。以前の稿で指摘した通り、ターリバーンの「イスラーム統治」が表面的・可視的な実践と、その違反者を棒でたたくよりも高度なものになると信じる材料はちょっと見当たらない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

髙岡豊の最近の記事