裸のオヤジたちの打ち明け話にグッとくる!フィンランド発『サウナのあるところ』の正体とは?
現在、日本は「サウナー」という言葉が周知されるぐらい秘かにサウナ・ブームが到来中。そんなブームに乗ってというわけではないが、自宅にサウナがあることが珍しくないほどのサウナの本場、フィンランドから届いたサウナ映画が現在公開されている。
タイトルは『サウナのあるところ』。この作品は、人口約550万人に対し、約300万個のサウナがあるというフィンランドで、サウナを主題に撮られたドキュメンタリー映画になる。
ただ、フィンランドにおけるサウナ事情やフィンランド人にとってのサウナとは?といったことに迫ったドキュメンタリーではない。
登場するのは、ほぼ裸のおっさんたち。しかも、特にダンディでもなければ、特別な職業に就いている人物でもない。変な話、どこにでもいるような市井のおじさんたちである。
そんな見た目はパッとしないおじさんたちが、仲のいい、これまたおじさんに、お気に入りのサウナで自らの身の上話をただするだけ。ところが、ここで飛び出す話というのが、ままならない人生の苦楽を凝縮させたような深い、わびさびを感じさせるようなお話ばかり。にわかに信じてもらえないかもしれないが、オヤジたちの打ち明け話に時に胸が熱くなり、時に心を鷲掴みにされるのである。
その舞台裏を、公開に合わせて来日したヨーナス・バリヘルとミカ・ホタカイネンの両監督に訊いた。
サウナのたかだが数時間で人生の光と影を一気に味わったような気分に
まず、単刀直入にこのようなドキュメンタリーを作ろうと思ったきっかけは、やはりサウナに出かけたことがきっかけだったそうだ。
「タンペレという町にある公衆サウナでのこと。僕は行くとだいたい、出たり入ったりしながら、3時間ぐらいはいるんだけど、あるとき、25、6歳の青年二人が入ってきてね。いきなり、『運命の女性に出逢った』とひとりが熱く語り出したんだ。僕がいるにも関わらず、人目をまってく気にしないで、その出会いについて、もうひとりの青年に熱く語っていた。
そのあと、しばらくすると、今度は60代半ばぐらいの長年の友人といったような男性2人が入ってきたんだ。すると、今度はひとりが、奥さんと話し合った結果、離婚することになったと、もうひとりの友人らしき男性に打ち明け始めた。
たかだか数時間の間に、人生の光と影を一気に味わったような気分になってね。なんか、心がすべて解き放たれたようにして語り合う2人の会話に驚いたし、感動もした。
その瞬間、こんなに親密で深刻な話がサウナでは交わされいたのかと思ってね。もしかしたら、それ以前にも、そういった会話がなされていたのかもしれない。ただ、気づかなかった。当時、僕は心身ともに疲れている時期で。心をリセットするために半年間、定期的にサウナに通っていた。そうした周囲に敏感な時期だったからこそ、気づいたのかもしれない。あるいは、僕はドキュメンタリストゆえ、常に人を観察するようなところがあるから気づいたのかもしれない。
いずれにせよ、サウナは心をオープンにする。人の心を素直にさせる効果があるのかなとか考えてね。ちょうど次の作品のテーマを探していた時期だったから、すぐにサウナを出ると、ミカに電話して『これってどうだ』と相談したんだ」(ヨーナス)
相談を受けたミカは、このアイデアに大いに同意。さらに膨らませたという。
「当初は、ヨーナスが行ったタンペレのサウナを舞台にしようと思ったんだ。でも、ひとつだけで終わらせてしまうのはどうかな、と思ってね。
フィンランドは縦長の国で、いろいろな地域がある。せっかくだから全国のいろいろなサウナをめぐって、いろいろな人を探してみようと思ったんだ。意外な人との出会いがあるかもしれないし、僕らも知らないユニークなサウナもあるんじゃないかと思ってね。それで一度、全国をまわってリサーチしてみようと。
後で途方もない作業と気づくんだけどね(苦笑)。結局、登場してもらう人を探し出す、キャスティングだけで2年ぐらいかかってしまったよ」(ミカ)
こうして選ばれたのは全国各地の市井の人々。語りのプロでもなければ、演技経験者でもない。ところが、これがびっくりするような味わい深い語りを見せる。
ある者は継父からの虐待を、ある者は過去の自分の犯罪歴を、ある者は疎遠になってしまった娘のことを、ある者は職場で起きた事故に対する後悔の念を、ある者は妻や娘を失った悲しみを、信頼を置く知人に打ち明ける。そして、その打ち明けられた知人、友人、同僚たちは、その話にただ耳を傾け、静かに受け止める。
予想もしない、深い話が次々と飛び出す奇跡
カメラは、2人の語り合いを、その表情を、その空気を、ただただ見つめる。そこにはたまらなく愛しい瞬間、人生が垣間見える瞬間、各人の人間性が確実に収められている。無防備な状況で心からわきでてきたような話と、もはやカメラの存在など感じさせないごくごく自然な表情に触れたとき、深い感動に包まれる。
「僕らもそのときになってみるまで、どんな話が飛び出すのか、まったく予想がつかなかった。まさか、こんな人生についていろいろと僕ら自身が考えるような深いエピソードが語られるとは思ってもみなかった。
ほんとうに驚きの連続だった。撮影中、ほとんど毎回、ミカを目を見開きながら、お互いの顔を見合わせたよ。『ワォ!こんな素晴らしい話がきけるなんて、信じられない!』とね」(ヨーナス)
カメラは、2人のその語り合いを、その表情を、その空気を、ただただ見つめる。そこにはたまらなく愛しい瞬間、人生が垣間見える瞬間、各人の人間性が確実に収められている。無防備な状況で心からわきでてきたような話と、もはやカメラの存在など感じさせないごくごく自然な表情に触れたとき、深い感動に包まれる。ほんとうに、登場する各人、にわかに一般人とは思えない。それほど魅力的だ。
「正真正銘、みんな全国をめぐる中で、僕らが偶然出会った人だよ。
よく、こんな話が聞けましたねとか、よくこんな自然な姿が撮れましたねとかいわれるんだけど、実のところ、自分たちはたいしたことはしていないんだ。やったことと言えば、この人いいなと思って、出演してほしいなと思った人が語りそうになったら、『ちょっと待って、それは本番で話してね』と言ったぐらいかな(笑)。
あとは、出演者にほとんど委ねた。どこのサウナにするのかも、誰に語るのかも彼らに決めてもらったんだ」(ミカ)
出演者の緊張を解きほぐすため、スタッフも全員全裸で撮影!
にしても劇映画で言えば、もうほとんど奇跡的なキャスティングのオールスターキャスト。いろいろな人と出会う中で、人選の決め手はどこにあったのだろう?
「まあ、これはドキュメンタリストとしての勘というかな。ほとんど直感なんだよね。なんとなくその人が醸し出す雰囲気で、なにかこの人はもっているんじゃないかと感じるときがある。もうほとんど賭けだけど、自分の直感で選んだだけなんだ。そうしたら、みんなこんなにもいろいろと普段は話すことまで話してくれて、それにはすごく驚いたし、感謝もしている。
あと、さっきミカが話したように、僕らはほとんど何もしていない。ただ、ひとつスタッフ間で決めたことがあった。それは、裸で撮影に臨むこと。登場してくれる彼らは裸になって登場してくれるわけだから、自分たちも裸をさらさないとダメだろうと。
それが出演者に、変な警戒心を与えなかったのかもしれない。僕とミカを見てもらえればわかるけど、太った熊のような風貌で(苦笑)。そんな男2人が裸で目の前にいたら、滑稽だよね。そのことがいい具合に作用して、緊張が解けたのかもしれない。
まあ、普通に考えても、クルー全員が素っ裸というのも滑稽だよね。もちろん全員男なんだけどさ。サウナの室内で必然的に最小限のスタッフではあるんだけど、音声さんは、冷たい水に浸した帽子だけををかぶりながら撮影に挑んでいた。撮影カメラマンは、サウナでカメラが80℃まで熱くなってしまうので、火傷をしないようオーブンから料理を出すときとかに使う厚手の手袋だけをして撮影していた。あと、アシスタントは小道具を入れる袋のついたベルトだけ、ミキサーはヘッドフォンだけして、出演者にマイクをむけていた。もう、見るからに噴き出してしまうぐらい、おかしな光景だよね。そんな中だから、みんなリラックスして話してくれたんじゃないかな。
取材してくれたスウェーデン記者がメイキングの写真がほしいと言い出してね。特になかったんだけど、あったとしてもとてもとても出すことはできなかったよ」(ヨーナス)
「僕らスタッフの中でのジョークになっていたんだけど、撮影に入るとき『さあ、作業着に着替えるか!』と言ってね。みんな服を脱いで裸になって準備完了だったんだ(笑)」(ミカ)
こんなユニークな撮影だが、実際はかなり過酷だったそうだ。
「なにせサウナの中だからね。実際に撮影したサウナの多くは75~90℃、カメラマンは2度ほど気絶してしまった。僕も危うく気絶しかかったときがあったよ」(ヨーナス)
撮影では、こんな心配事もあった。
「実はこの作品はフィルムで撮影したんだ。どうしてもフィルムで撮りたかった。ただ、フィルムはご存知のように熱に弱い。だから、ほんとうに熱でダメになっているんじゃないかと思って、現像してきちんと撮れていることが確認できるまで安心できなかったよ」(ミカ)
実は、製作自体も困難の連続だったことを明かす。
「資金を調達するとき、打診したところからすべて却下されたんだ。『もうサウナについての映画は山ほどある。いまさらそんな作品に金は出せない』と」(ヨーナス)
「それで待ってくれということで、調べたんだ。過去にサウナについての映画が作られいるか。リサーチした結果、ドキュメンタリー映画は、戦後間もないころ1947年に、モノクロの5~6分ぐらいの短編映画のみ。それを説得材料にしてなんとか調達した」(ミカ)
「それでも集まった資金は33万ユーロ。最低で40万ユーロは必要だったので、残りはもう自費でやることにした。ラストシーンを撮るころには、実は資金は底をついていた。いまだから、笑って話せるけど、当時はひっぱくしていたよ」(ヨーナス)
数々の困難に打ち勝ってできた作品は、フィンランドで大反響を呼んだ。実はこちら、2010年の作品。9年の時を経ての日本公開となる。ただ、作品はまったく色褪せていない。
「日本で公開されるのは信じられない気持ち。9年経っているけど、流行とは無縁。いつでもタイムリーなテーマの含まれた作品なんじゃないかなと思ってます」(ミカ)
「アキ・カウリスマキ監督の作品は別にして、日本で公開されるフィンランド映画は数少ないと聞いています。ですので、そこの新たに自分たちの作品が加わったことをすごく光栄に思っています」(ヨーナス)
アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、新宿シネマカリテほか全国順次公開中
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