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天皇杯で確認できた元日本代表 我那覇和樹の現在地 【2回戦】福井ユナイテッドFCvs富山新庄クラブ

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
今季より北信越リーグ1部の福井ユナイテッドFCに加入した元日本代表の我那覇和樹。

■移動による感染リスクを考慮したトーナメント

 9月23日、天皇杯JFA第100回全日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)の2回戦15試合が開催された。今回、私がチョイスしたのは、福井県代表の福井ユナイテッドFCと富山県代表の富山新庄クラブの顔合わせ。どちらも北信越リーグ1部所属で、8チーム中、福井は1位で富山は4位となっている。リーグ戦では9月13日に対戦したばかり。富山のホームで行われた試合は、2−1で福井が勝利していた。

 先のコラムでも書いたが、今大会はコロナ禍の影響で、参加チームは当初の88から52に縮小。52チームの内訳は、47都道府県代表+アマチュアシード(Honda FC)+J2 とJ3の上位1クラブずつ、そしてJ1上位2クラブである。周知のとおり、今季のJリーグは超過密日程。そこでJクラブの負担を減らすため、J2とJ3の上位1位クラブは準々決勝から、そしてJ1の1位・2位クラブは準決勝からの出場となる、

 一方、Jクラブ以外の48チームによるトーナメント表を見ると、今大会の明確な「意図」が見て取れる。それは「地域ごとにまとめる」というもの。1回戦から3回戦までの8つの山が「北海道・東北」「関東」「北信越」「東海」「関西」「中国」「四国」「九州」と、きれいに分けられているのである。まるで全社(全国社会人サッカー選手権大会)の地域予選のようだ。これは明らかに、移動による感染リスクを考慮してのフォーマットである。

 そんなわけで、テクノポート福井スタジアムで開催される福井対富山も、同じリーグで何度も対戦している「お馴染みの相手」同士。福井は前身のサウルコス福井時代を含めて、今回が12回目の天皇杯出場。08年の初出場以来、11年大会を除いて連続して福井県代表を勝ち取っている。対する富山は設立から52年の歴史を誇るが、天皇杯出場は今回が8回目。J3のカターレ富山が予選に参加しなかったため、5大会ぶりに富山県代表として天皇杯に出場することとなった。

我那覇の登場は1点リードされた58分から。前線での身体を張ったポストプレーで何度かチャンスを作る。
我那覇の登場は1点リードされた58分から。前線での身体を張ったポストプレーで何度かチャンスを作る。

■北信越リーグにプレーの場を求めた我那覇和樹

 キックオフは19時。先制したのは富山だった。52分、平野甲斐からの縦パスを受けた細木勇人が、左足でネットを揺らす。前半からたびたびチャンスを作るものの、得点につなげることができなかった福井は、自ら試合を難しくしてしまう格好となった。58分、福井のベンチは、左MFとツートップの一角を入れ替える。最前線に送り込まれたのは、40歳の誕生日を3日後に控えた元日本代表、我那覇和樹。実のところ私は、我那覇の現在地を確認したいがために、福井まで足を伸ばしたのである。

 奇しくも同日同時刻に開催されたJ1のゲームで、川崎フロンターレの中村憲剛が、靭帯損傷以来326日ぶりのスタメン出場を果たしていた。ふと、両者のキャリアのコントラストを想う。入団年こそ違えども我那覇と中村は同い年であり、共にJ2時代の川崎でプレーした数少ない現役フットボーラーである。そしてイビチャ・オシム率いる日本代表にも、両者はほぼ同時期に招集されている(デビューは我那覇が先)。しかし07年、突如として降り掛かったドーピング事件によって、順調だった我那覇のキャリアは暗転する。

 CAS(スポーツ仲裁裁判所)によって、我那覇の冤罪は認められたものの、キャリアへの影響は甚大であった。08年に川崎を退団して以降は、ヴィッセル神戸(J1)、FC琉球(JFL)、カマタマーレ讃岐(J2→J3)を渡り歩き、今年たどり着いたのがJ1から5つ下の北信越リーグ。福井での我那覇は、後半に出場してターゲットマンやポストプレーに徹することが多いと聞く。この日も身体を張ったプレーで、20代の相手センターバックと何度も競り合っていた。

 福井がようやく同点に追いついたのは86分。PKのチャンスをエースの山田雄太が冷静に沈めて、試合は延長戦に突入する。富山も必死で突き放そうとするが、延長前半の99分にキャプテンの山田崇仁が退場。2枚目の「反スポーツ」を引き出したのは、我那覇の泥臭い球際での粘りであった。そして延長後半の116分、福井は木村健佑のCKを山田雄太が頭で落とし、最後は奥野将平が詰めて逆転に成功。富山を下した福井が、3回戦進出を決めた。

試合は延長戦にもつれたが2−1で福井が勝利。3回戦進出を決めるとともに日曜日の首位決戦に弾みをつけた。
試合は延長戦にもつれたが2−1で福井が勝利。3回戦進出を決めるとともに日曜日の首位決戦に弾みをつけた。

■3回戦進出を決めた福井が見据える首位決戦

 スコアは10日前のリーグ戦と同じ2−1。しかし今回は、延長戦にまでもつれる接戦だった。リーグ戦では全勝で首位を走る福井が、なぜカップ戦では苦戦を強いられたのか。富山の高橋勇菊監督は「ボールを握りながら左右に動かして、2列目からの飛び出しでゴールを奪う、狙い通りのサッカーはできました」とコメント。一方、福井の寺峰輝監督は、リーグ戦との違いをこう説明する。

「リーグ戦では、必ず勝たなければならなかったので、非常に手堅い試合内容でした。それもあって、今日は攻撃的かつオープンにやろうと。日曜日には重要な試合を控えていたので、その意味での難しさもありましたが、先制されてもひっくり返してくれた選手には感謝です。日曜日の試合が終われば、天皇杯にも集中できるし、勝ち上がれば注目度も増しますからね(笑)」

 いくつか補足が必要だろう。今季の北信越リーグは、コロナ禍の影響により、リーグ戦は7試合のみ。超短期決戦ゆえに、どの試合も「絶対に負けられない」プレッシャーがかかっていた。そして日曜日の重要な試合とは、2位アルティスタ浅間との首位決戦。勝ち点差2ゆえに、気が抜けない一戦となる。今年は全社も中止となったため、JFL昇格を懸けた地域CL(全国地域サッカーチャンピオンズリーグ)に福井が出場するには、優勝するほかないのである。

 天皇杯に勝利した福井は、日曜日の浅間との直接対決もポジティブな気持ちで臨むことができそうだ。見事リーグ優勝を果たせば、これまで7回チャレンジして一度も突破できなかった、地域CLの大舞台が待っている。殊勲の同点ゴールを決めた山田は、我那覇加入の効果について「自陣からの長いボールをしっかり収めて、そこから僕を含めた周りの選手がセカンドボールを狙うことができる」と語っていた。心強い攻撃のオプションを加えた、福井の今後の戦いに注目したい。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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