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水素のトヨタに、マツダもスバルも。自動車メーカー参戦の「スーパー耐久」で走る実験室が復活!

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
トヨタの水素エンジン車「カローラH2コンセプト」【写真:鈴鹿サーキット】

2022年の国内モータースポーツの先陣を切って、自動車レースの「スーパー耐久シリーズ」が3月20日(日)に鈴鹿サーキット(三重県)で開幕した。

昨年、大きな話題を呼んだ水素エンジンを搭載するトヨタの「カローラH2コンセプト」が参戦するレースだ。MORIZOのドライバーネームでトヨタ自動車の豊田章男社長が参戦するということもあり、今回も普段はモータースポーツを専門としていないマスメディアが多数取材に訪れ、今季の開幕戦を見守った。

2020年、大きな話題となったトヨタの水素エンジンでのレース参戦
2020年、大きな話題となったトヨタの水素エンジンでのレース参戦写真:アフロ

マツダ、スバルも今季フル参戦!

「ガソリンを無駄に使うモータースポーツなんて要らない」

Yahoo!ニュースのコメント欄を見ていると、今も定期的にこういったマイナスな意見が書き込まれる。昔から一定数、モータースポーツを毛嫌いする人がいるのは事実だが、「スーパー耐久」で今起こっている新しい動きを見ていないのだろうか?

スーパー耐久シリーズ 【写真:鈴鹿サーキット】
スーパー耐久シリーズ 【写真:鈴鹿サーキット】

たしかに、サーキットを全開走行すると1リットルあたり2km程度という燃費になってしまう自動車レースは、今の好燃費なクルマが当たり前の時代においてはイメージが悪く、理解されにくい。

しかし、昨年、トヨタが水素エンジンのカローラを参戦させ、大きな話題になってからは潮目が変わり始めた。なんと今季は「スーパー耐久」が自動車メーカーの実験場と位置付ける「ST-Q」クラスに、マツダスバルも参加することになったのだ。

マツダはコンパクトカーの「マツダ2」のディーゼルエンジン車に、ユーグレナ社が作ったバイオマス由来のバイオディーゼル燃料を使用する「マツダ2 バイオコンセプト」でフル参戦を決定。

マツダ
マツダ写真:ロイター/アフロ

さらにスバルは新型「BRZ」にカーボンニュートラル燃料を使用する「BRZ CNFコンセプト」で参戦。同じくトヨタも兄弟車である「GR86」のカーボンニュートラル燃料車「GR86 CNFコンセプト」で参戦する。

トヨタもマツダもスバルもメーカー本体の息がかかったプロジェクトであり、自動車メーカーがモータースポーツの現場で切磋琢磨する「走る実験室」という概念が復活した。

カーボンニュートラルの研究をレースで

3社が参戦することになったスーパー耐久の「ST-Q」クラス。それぞれのメーカーが違うアプローチのクルマでレースに参戦しているところが興味深い。

モータースポーツ界が最も驚いたのは、マツダ本体のモータースポーツへの復帰だ。マツダといえば、かつてはロータリーエンジンで国内のレースを席巻し、1991年には「マツダ787B」で日本車として初めてル・マン24時間レース優勝を成し遂げたことでも知られる。

マツダ787B 【写真:DRAFTING】
マツダ787B 【写真:DRAFTING】

しかし、マツダは90年代にモータースポーツへの本格参戦を終了。その後、デイトナ24時間レースなどには参戦していたものの、あくまで北米のマツダUSAによる活動で、エンジンもマツダ本体が製作したものではなかった。

今年フル参戦する「マツダ2 バイオコンセプト」は長年スーパー耐久にデミオのディーゼル車で参戦するプライベートチーム「NOPRO(ノプロ)」が開発を続けてきたマシンのノウハウを活かした発展形。そこにユーグレナ社のバイオディーゼル燃料を使用して走る。

マツダ2 バイオコンセプト【写真:DRAFTING】
マツダ2 バイオコンセプト【写真:DRAFTING】

マツダの開発ドライバーである寺川和紘、そしてマツダの常務執行役員である前田育男もドライバーとしてレースを走り、マツダの技術者たちがマシンを進化させていくという活動だ。

また、スバルは昨年SUPER GT/GT300クラスでチャンピオンを獲得するなど、モータースポーツには積極的に参戦しているが、今回は新型スポーツカー「BRZ」を再生可能エネルギー由来のカーボンニュートラル燃料で走らせる。

スバルBRZ CNFコンセプト(前方) 【写真:鈴鹿サーキット】
スバルBRZ CNFコンセプト(前方) 【写真:鈴鹿サーキット】

カーボンニュートラル燃料とは工場や発電所などから出たCO2(二酸化炭素)とH2(水素)から作られる合成燃料の一つで、バイオマス由来の成分も含まれる。CO2の排出をプラスマイナス・ゼロ=カーボンニュートラルを実現するものだ。

トヨタも兄弟車の「GR86」で同じアプローチのマシンを参戦させるが、開発作業はそれぞれのメーカーで独自に行うことになっており、スバルvsトヨタの開発競争、レースでの対決構図も今後の見どころとなる。ちなみに開幕戦・鈴鹿はトヨタの勝利だった。

カーボンニュートラル
カーボンニュートラル提供:イメージマート

バイオディーゼル燃料車もカーボンニュートラル燃料車も結局はCO2を排出して走ることになるのだが、一方でトヨタの水素エンジン車が排出するのは水素と酸素を化学合成して生まれた水だけ。実用化が可能であるかないかを含めて、未来のカーボンニュートラル社会に向けて様々な選択肢をモータースポーツで研究開発しようという流れが始まった。

イメージアップ戦略ではない参戦

自動車メーカーは流行りのSDGs(持続可能な開発目標)に乗っかり、イメージアップを図りたいのではないか?そう思う人もいるかもしれない。

世の中には悪いイメージを持つ人も居て、さらに近年は認知度が低下しているモータースポーツへの参加。全くもってイメージアップ戦略にはならないだろう。しかしながら、それでも参加するのはそれ以上のメリットがあるからだ。

2022年の水素エンジン車「カローラH2コンセプト」【写真:DRAFTING】
2022年の水素エンジン車「カローラH2コンセプト」【写真:DRAFTING】

トヨタ、マツダ、スバルの記者会見では3社の社長が出席。スバル(富士重工)の中村知美社長は「100名を超える当社の社員が参画して、開発テストが進められています。(開幕まで)非常に短い期間でそれぞれの社員が日常の業務とレース車両の開発を両立させて頑張ってきてくれました。参加しているエンジニアは入社3、4年目の非常に若い社員たちが多く、レース車両を仕立てる経験もない。他では得難い経験が多くの当社の社員に刺激を与え、成長に繋がればと思っています」とレース参戦は人材育成の意味合いも含まれていると語る。

スバルのピット【写真:DRAFTING】
スバルのピット【写真:DRAFTING】

また、マツダの丸本明社長からは「実は数週間前ですけど、弊社のエンジニアから、後半戦に向けて2.2Lのディーゼルエンジン(300馬力)を開発したいとの強い要望を受け、さらなる挑戦に同意しました。ぜひ後半戦では(スバル、トヨタと)ガチで戦わせていただければ」とサプライズ発言が飛び出した。

現場の技術者から「もっと速く、パワーのあるクルマで勝負したい」という意見が出てきたことは非常に大きな意味がある。未来の車作りを担う人たちの士気はとても高く、この活動の先には次世代の燃料を使った高性能スポーツカー開発、実用化に向けた動きが出てきても何ら不思議ではないだろう。

レース参戦といっても、現状は水素エンジン車、カーボンニュートラル燃料車、バイオディーゼル燃料車ともに現行の市販車と大差のない仕様になっていて、ボンネットの中はメディアも撮影が許される。今はまだそれくらいベーシックな段階ではあるが、自動車メーカーが新しく取り組むこういった活動に参画する他業種の人たち(水素供給企業、燃料供給企業)を含めて、関わる人たちはみんな楽しそうなのである。

トヨタの水素エンジン車「カローラH2コンセプト】
トヨタの水素エンジン車「カローラH2コンセプト】

1990年代以降はモータースポーツ活動、レース車両の開発は専門業者に委託するのがスタンダードになっており、レース活動と市販車の開発には距離が生まれていたのも事実。しかし、それが再びリンクし始めようとしている。

レースを全く知らない技術者たちがレースを通じて技術を磨いていく。これは日本のモータースポーツの黎明期、ちょうど鈴鹿サーキットがオープンした頃の1960年代の状況と似ているのだ。あの当時は日本の自動車メーカー各社が当時の「日本グランプリ」で日本一を争い、切磋琢磨していた。

今はウクライナ戦争が起こり、物資・材料の価格が高騰し、日本は福島の地震の影響もあり停電発生の危機だ。そんな不確定要素の多い時代に、ヨーロッパを中心に世界は電気自動車を普及させる方向に向かっているのだが、果たしてそれがスタンダードになるのだろうか。スーパー耐久ST-Qクラスに参加するメーカーは、異なるアプローチでそれとは「別の選択肢」を模索する。

トヨタのGR86 CNFコンセプト【写真:DRAFTING】
トヨタのGR86 CNFコンセプト【写真:DRAFTING】

MORIZOことトヨタの豊田章男社長が提唱した「意思ある情熱と行動」という姿勢に共感した企業がどんどん参加し始めている、モータースポーツを舞台にした実験。この中から世界のゲームチェンジャーとなる技術、仕組みが生まれることに期待したい。

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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