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脚本家・倉本聰が「やすらぎの郷」で起こした、シルバータイムドラマという革命

境治コピーライター/メディアコンサルタント
この概念図は筆者が勝手に作成したものでテレビ朝日や倉本聰氏の考えではない

大ベテランが挑むテレビドラマへの新たな挑戦

倉本聰といえば私のような60年代生まれのテレビ世代にとっては「北の国から」をはじめ、いくつもの作品に接して来た名のある脚本家だ。売れっ子だったのに北海道・富良野に移り住んだ生き方も含めて尊敬と共感を持って見つめて来た。

その倉本氏がこの4月からテレビ朝日で昼間の帯ドラマの脚本を書くと聞き、さらにはそれが石坂浩二を主人公に老人ばかり出てくる物語だと知っていささか気持ちが引いた。いくら倉本さんでも、そんなお年寄りの世界を描かれては見る気がしないだろう。そんな気がしていた。テレビ朝日は視聴者の高齢化に局のカラーが合ってきて視聴率が好調だ。その戦略の一環と思えてさらに気持ちが引いた。

きっと老人同士の心温まるほのぼのしたお話なんだろう。勝手にそう思い込んでいた。

ところがスタートするとすぐ、まずテレビ局にいる友人たちが反応していた。「これはちょっとすごいですよ!」同世代のテレビマンたちがやや興奮している。便利なことにTVerがあるので見逃した回もすぐに見ることができる。月〜金のドラマを翌週まで配信していて、乗り遅れを取り戻すことができた。

見てみて、友人たちが驚いたのもよくわかった。

これは倉本聰氏が全身全霊をかけて、今のテレビ界に挑戦状を叩きつけているのだ。

妻を失い前線から退いた老脚本家が、テレビ界に貢献した者だけが選ばれて入居できる老人ホームに入る物語だ。だがテレビ局の社員は入れない。なぜならば「テレビを今のようなくだらないものにしたのはテレビ局そのものだから」だと老脚本家が言う。これはまさに倉本氏自身が言っているのだ。くだらない今のテレビに物申すためにこのドラマを書いたに違いない。

脚本家を含め、テレビで活躍した往年の名優たちが出演する。そこでは現実と虚構が交錯する。石坂浩二と浅丘ルリ子がハグするシーンでは、この二人が実際に結婚し離婚したことを重ね合わせてしまう。彼ら彼女らの一言一言が、自身が言いたいことのように受け止めてしまう。そんなハラハラがたまらない。

こうしたメタフィクションというか生々しさを、テレビに貢献した者だけが入れる老人ホームという壮大なファンタジーを覆いかぶせてエンタテイメントにしている。ドラマのフレームを壊そうとするような倉本ドラマはこれまでなかったと思う。大ベテランの倉本聰氏が、もう一度ドラマに挑むに当たっての覚悟のような迫力を感じる。私の親世代の人たちが作り演じるドラマが、テレビという場でできることの最前線を見せてくれたような気持ちで、すっかり虜になってしまった。

「シルバータイムドラマ」という革命

このドラマは、12時からの「徹子の部屋」が終わるとすぐに放送がスタートする。その間に短く番組紹介をする時間があるのだが、ドラマの概要を簡単に紹介した後でこんなスーパーが入る。

「それではシルバータイムドラマをご覧ください」

優しい語りかけのようだが、ここにも倉本氏の強烈なメッセージを感じ取ってしまう。「ゴールデンタイムがあるなら、シルバータイムがあったっていいだろうが」今のテレビマンをそんな風にどやしつけているのだと思う。

実際、こんなセリフが出てくる。

「だいたい世の中、高齢者社会になっちまった。若い者はテレビ離れを起こしてる。ところがテレビ局だけがいつまでもゴールデン神話から抜け出せないんだ。いったいテレビってのはどこへ行っちまうのかね」

これは、主人公の盟友である元テレビ局のディレクター(近藤正臣が演じている)が言うセリフだ。

つまり「シルバータイムドラマ」とは、ゴールデンタイムへのアンチテーゼなのだ。トップの画像は、だったらこういうことかもしれないと私が勝手に整理した表。もう一度ここで見てもらおう。

画像

ゴールデンタイムが「賑やかでせわしない」のに対し「物静かで落ち着いた」のがシルバータイムだとしている。実際「やすらぎの郷」は、毎日20分ずつ、少しずつ少しずつ物語が進行する。ゴールデンタイムの感覚だと”テンポが悪い”と言われそうだ。だが見ているとじっくり見ることができてかえっていい。ゴールデンタイムのあのせわしなさは、本当に必要なのかと疑いたくなる。

テレビはとにかくゴールデンタイムが花形で中心で稼ぎ頭だった。それでいいのか?本当にそうなのか?シルバータイムドラマという概念を通して、そう突きつけられるようだ。「やすらぎの郷」は8%台でスタートし、火〜木は6%台に下がったが、金曜日には8%台に戻ったと聞く。今やゴールデンのドラマでも5%になることはよくある。ゴールデンを花形ととらえることに合理性は失われつつあるかもしれないのだ。

倉本氏は平日お昼のドラマを「シルバータイムドラマ」とカテゴライズした。もちろんお年寄り向けなのでシルバーなのだが、これに倣えば別の「〇〇タイム」も開拓できるのかもしれない。深夜帯だってそうやって開発した時間帯だ。X曜日Y時は□□タイム、P曜日Q時は△△タイム、という開発も可能性としてはある。そんな新しい発想を、老脚本家たる倉本氏がテレビ界に問いかけているように思える。

いったい今日の放送回では、倉本氏は何を我々に突きつけてくるのか。そんな楽しみ方を、私はシルバータイムドラマに見つけている。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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