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社員をフリーランス化!?タニタ流働き方革命【谷田千里×倉重公太朗】その1(全3回)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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毎回「働く楽しさを伝える」ということをテーマにお届けしているこのコーナー。今回のゲストは、株式会社タニタの社長の谷田千里さんと、フリーランスとしてタニタと業務委託契約をしている久保彬子さんです。株式会社田代コンサルティング代表取締役で、社会保険労務士の田代英治さんもお招きし、人事労務の専門家としてのご意見もうかがいました。

<ポイント>

・「社員をフリーランスに」というアイデアが生まれた経緯

・同じ労働時間で、うつ病になる人とならない人の違いは?

・個人事業主として、どう「値決め」していくべきか

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■新社長就任のプレッシャーから生まれたアイデア

倉重:今日のゲストは、株式会社タニタの社長、谷田千里さんと久保彬子さんです。

『タニタの働き方革命』(日本経済新聞出版社刊)という本を拝見して、社員をフリーランス化する『日本活性化プロジェクト』という取り組みを既に始められていると知りました。

まずはこの狙いをご紹介いただければと思います。

谷田:狙いは二つあります。まず、一つ目からお話します。

私は10年前に社長に就任しましたが、うまく会社を運営できるとは思っていませんでした。今でも、株主さんからは「お前はまだまだじゃないか」と言われそうな気がします。

倉重:気にするところが多方面にありますから。

谷田:前に比べたら当然良くなっているのですが、初めてのことですから自信はありませんでした。

最初に考えたのは「どうしたら会社をつぶさずに済むか」ということです。

社長就任当初は、よく会社が倒産してしまう夢を見ました。

従業員に土下座して謝っている夢を見て、飛び起きたこともあります。

倉重:経営者にはそういう重圧がありますよね。

谷田さんが引き継いだのはおいくつの時でしたか?

谷田:35歳の時で、36歳になる直前でした。

プレッシャーがかかり、うまく回せないタイミングでした。

倉重:業績もその時はあまり良くなかったということですか。

谷田:業績が一番悪い時に会社を継ぎました。

良い意味でとらえれば「これ以上悪くすることはできない」という状況です。

下り坂のときに継いだわけですが、もしもその時よりさらに輪を掛けて悪くなってしまったら「どうやって会社を立て直そうか」と真剣に考えました。

365日24時間働いたとしても、自分一人の力で建て直すことは不可能です。

当然、社員の力を借りなければならないのですが、組織論で言うと、全体の中の2割が会社を引っ張ってくれる優秀な人だと言われています。

彼ら・彼女らに残ってもらわないことには、会社の再建はできません。

そういう人たちは、能力はもちろん人間性も高いので、会社が厳しい時こそ逃げるのではなく、「何とかしましょう」と力を貸してくれると思います。

「では、その2割の人がいなくなるのはどんな状況だろう?」と突き詰めて考えました。

おそらくその2割の方々は、今後私と一緒に会社を立て直すために必死で働いてくれます。

しかしその間給与は上がらないし、家にはなかなか帰って来ることができません。

そんな状況が続けば、もしパートナーやご家族の方がいたら、きっと文句を言われることでしょう。

私も妻から

「こんなにがんばっているのに全然待遇は良くならない。あなたはいったい何なの?」

と言われたら、経営者のところに行って

「もう1年だけがんばりますが、その後は退職させてください」

と話すと思います。

社員自身に会社を助けたい気持ちがあっても、違うベクトルで攻められ続けた結果、「辞める」という決断を下すことは想像に難くないです。

その時に一番大きなネックになるのが給与ですよね。

「手取りだけでも何とか維持できないか?」

と悩み続けて、ある日「雇用しなくてもいいのではないか」という考えに至りました。

雇用形態はなくなっても、優秀な2割の人に会社の再建を手伝ってもらえて、残りの8割が救われる仕組みであればいいのではないかという発想です。

倉重:なるほど。結構前からお考えになっていたのですね。

谷田:もちろんです。経営者は悪い時のことを考えるのが仕事ですから。

「雇用形態にこだわらず、給与の維持・向上を目指す」

「優秀な人に手助けしてもらって、会社をもう1回復活させる仕組みを作る」

という発想から来ているので、あまり雇用という形にはこだわっていません。

倉重:始めたのは何年前ですか。

谷田:2017年1月1日です。

この仕組みを始める1年前から、社員に説明する周知期間を設けました。

ですから、それより以前から取り組み始めたことになります。

倉重:構想時間がかなり長かったですね。

谷田:ええ。社長に就任してから、

「業績の悪い時にどうやったら手取りや給与を維持できるか」

を考えた結果、生まれた仕組みです。

■うつ病になる人、ならない人の違いは?

倉重:「日本活性化プロジェクト」に対して、

「人切りに使うのではないか」

「労働法の適用を回避したいのではないか」

「社会保険料を節約したいのではないか」

という批判や不安の声もあったのではないですか?

谷田:仕組みを説明する時にはありました。そのような意図は一切ありませんので、説明会や個別相談を通して、不安の解消に努めました。

また、もう1点派生したのがタニタ食堂です。

タニタは2010年に社員食堂のレシピをまとめた『体脂肪計タニタの社員食堂』(大和書房刊)という書籍を出版したのですが、これが大きな反響を呼びました。

しかし、本が売れて、お客さまから「実際に社員食堂で食べたい」というお声をいただいても、「社食だから無理です」とお断りするしかありませんでした。

時には私が直接謝ることもありました。

タニタは商品についてのクレームがほぼないのですが、毎日のように謝るということは、弊社が始まって以来のことでした。

お客様の声に応えることができなければ企業の存在意義はありませんから、

「1店だけでもいいから食べられるところを作ろう」と思いました。

東京丸の内の一番いいところに店舗を構えて、北海道や九州から問い合わせがあったら、「すみませんが、観光で東京に来た時に食べてください」という言い訳にするつもりでした。つまり、タニタ食堂は「熱心に希望されるお客さまのために」という気持ちから生まれたのです。

いざタニタ食堂をオープンしたら、他とは比べものにならないほどブランドの認知に寄与することになり、「タニタは健康総合企業」ということが知られるようになってきました。

政府関係者やマスメディアの方からも「タニタはすごいよね」と言われるようになったのです。

倉重:すごいですよね。

谷田:話をしていると、中には「タニタさんは人事でもすごい制度を活用しているのでしょうね」とおっしゃる方もいます。

ところが会社の中を見たら、うつ病など心疾患を発症する人が定期的に出てきている状態でした。

「タニタはすごい企業だ」とほめられているのに、社内では精神を病んで倒れる人がいます。

当然「なぜ倒れるのだろう。これでは健康企業と言えないぞ」という話になりますよね。

人事の担当者から「倒れる人はすごく残業時間が多いので、長時間労働が原因です」と聞いて、最初は納得していたのですが、冷静に考えると私のほうが長い時間働いているのです。

倉重:なるほど。ずっと経営のことを考えていますし、やることは山積みですよね。

谷田:物理的にも朝から晩まで社員以上に働いていました。

それでも私は倒れていません。

「社員が倒れて、私が倒れない理由はどこにあるのだろう」と真面目に考えた結果、「やらされている」「働かされている」という意識の違いではないかと思いました。

つまり、働く主体性の問題です。

それら会社危機の考えと働く意識の主体性の両方の考えが融合する時に、政府も「働き方」にフォーカスし始めました。

タニタは、お客さまから「健康の企業でしょう」と言われていて、期待されています。

肉体を健康にするソリューションは多数ラインアップしていましたが、精神のソリューションはほぼありません。

「これは私たちが実践し、(心疾患対策としても)社会に伝えなければいけない」と思いました。働き手が主体性を持つことで、心が健康になる。『日本活性化プロジェクト』は、精神面にフォーカスした「健康経営」なのです。本には、ありのままの数値も載せて、「こういう形で実践していますよ」ということを書きました。

結局、書籍という物理的なものになっていますが、私としては精神面でのソリューションとして、世の中に送り出したものなのです。

倉重:だから「タニタ流の働き方」ではなく『日本活性化プロジェクト』という名前にされたわけですね。

谷田:そうです。

ITを活用した健康づくりソリューションには「タニタ健康プログラム」という自社商品がありますが、すべての企業に使っていただけるものを出したかったのです。

倉重:まさに今おっしゃったように、昨年働き方改革関連法というものが施行され、初めて労働時間の上限規制が入りました。

不幸な過労死の事案などは、当然防がなければいけないと思います。

一方で、「働くことの上限値を決めます」「できる限り有給を取ってください」というメッセージばかり出していると、今の子どもたちが「働くことは悪いことであり、つまらないものだ」と思ってしまうのではないかと懸念しています。

この対談も、楽しく働いている人と会って対談することで、「働く意味を伝えたい」というのが目的です。

おそらく谷田さんも同じ思いではないでしょうか?

谷田:そうです。全く同じです。

倉重:今おっしゃった健康経営で本当に大事なのは、労働時間というよりは、むしろ主体性ということですね。

これはご自身の働き方から気づいたことでしょうか。

谷田:そうですね。自分がなぜ倒れていないかというと、それぐらいしか考えられません。

■「日本活性化プロジェクト」の概要とは?

倉重:「日本活性化プロジェクト」の仕組みは、どのようになっていますか。

谷田:それは実際にこの仕組みで働いている久保に説明してもらいましょう。

久保:「日本活性化プロジェクト」への参画を希望する者は、タニタを退職して、個人事業主として会社と業務委託契約をします。

倉重:1回退職届を出すのですね。それは結構重いですよね?

久保:そうですね。私も新卒でタニタに入っていて、約10年正社員として働きました。

ちょうどこの仕組みが出来たタイミングで退職届を出して、業務委託契約をしたので、一期生ということになりますね。

業務委託契約の内容は、社員時代の業務をベースに「基本業務」を決めて、それに基づいて報酬額と契約期間を決めるというものです。

倉重:報酬とは、社員時代の会社負担分の社会保険料も勘案して設計されるので、むしろ手取りでいうと増えている感じですよね?

久保:手取りでは増えています。

倉重:期間は3年でしたか。

久保:ベースが3年で、1年ずつスライドして更新されていく形になっています。

倉重:社員時代にしていた仕事が委託業務の基本内容となり、追加で業務を受ける場合には、別の契約として受けるということですね。

久保:そうです。

倉重:その値段はどうやって決めるのですか。

久保:それが本当に難しくて、私も何度も失敗しました。

倉重:「安く受け過ぎた」ということでしょうか?

久保:「追加業務としてきちんと設定しておけば良かった」と後悔することは多かったです。

倉重:これはフリーランスの誰もが悩んでいることかもしれません。

「別途契約なのか、契約の範疇なのか」と迷うことはわれわれにもあります。

久保:会社員の時は正直、自分の業務一つひとつの値段を考えていなかったので。

「この案件はどのくらいの価値があるのか」という設定をするときには、まずはネットで相場を調べて決めました。

でも変な話、「その値段ならならあなたには頼みません」と言われてしまっても困ります。

タニタのことをもともと知っているというアドバンテージはあるものの、それなりに成果を出さなければいけないという責任感と、ほかの外注先との価格のバランス等を含めて、すごく難しいなと思いました。

倉重:「値決めは経営なり」という稲盛和夫さんの言葉もありますが、まさにそういう意識を持ってほしいというのが狙いですか?

谷田:そうです。

個人事業主に移った方もそうですが、社内で発注する方もそうです。

結構なあなあになっていたので、この仕組みを通して社内の人間も教育しようと思い、評価者会も立ち上げました。

■タニタのフリーランスは基本3年契約でサポートも充実

倉重:田代先生はもう15年前から、会社の人事部にいながら独立して個人事業主になるという選択をされています。以前ここでも対談させていただきましたが、値決めは難しくなかったですか?

田代:難しいですね。

私は独立する時に、前社の人事部の仕事を請け負う契約をしたのです。

基本業務の値決めは、人件費ベースで計算しました。

最初は自分の会社以外からは仕事がないわけです。

倉重:収入は減ってしまいますよね。

田代:それに1年間ぐらいは耐えられました。

「でも、このままではだめだ」と思い、がんばって新しい仕事を開拓したのです。

最初は前職の川崎汽船からの所得が100%で、他の収入はありません。

人件費ベースでいったら、以前の5割程度に落ちてしまいました。

「このまま行ったら、家族も養えなくなる」ということがチラついて、火事場のばか力が出て、何とか今に至っています。

倉重:15年前にそういう働き方をされて、今でも続けられています。

前の対談では「誰も続く人がいない」という話をしていましたが、ついに来ましたね。

田代:書店でこの本を見た時に、正直もう鳥肌が立ちました。

私は個人で会社と交渉して認めてもらいましたが、会社のほうからこれを提案するのは、すごいなと思います。

倉重:基本3年契約、追加業務は別途支払い。コピー機や備品などの経費はタニタ共栄会で一括して引き受けるという、かなり手厚い保護ですよね。

その上強制はせずに、合意した場合のみ実施する仕組みです。

ずいぶん時代は変わったなという感じですね。

田代:本当ですね。

私が独立した時は、いろいろなメディアから、まさに御社が今やられているような仕組みを実施しているところはないかと聞かれました。

「いや、そんなところはないでしょう」と答えていたのです。

さきほど「退職届を出された」とおっしゃっていましたよね。

「退職する」と言った途端に「お前はもうこの村から出て行く人だ」というレッテルを貼られて、「この会社の敷居は二度とまたがせないぞ」という態度をとるのが日本企業の悪いところです。

その点でもすごいなと思いました。

保障も手厚いですし、私的には、社員の方はほとんど手を挙げるのでないかと思うのです。

谷田:手前みそですが良い仕組みにできたとは思っています。

その一方で、残念ながらネガティブに取られた方もいらっしゃいます。

倉重:なるほど。この本にも書かれていましたが、「自分で自分に投資する」ということがすごく大事だし、新しい知識やスキルは一生勉強して身につけていかなければなりません。

そういうことを積極的にやっていくという意識でないと、なかなか厳しいですよね。

谷田:そうです。本当はそういう人が1人でも増えることが、この日本にとって、良いことだと思います。

田代:少しずつこの仕組みが定着していくと、また形は変わっていくのかもしれません。

まずは人を増やす狙いがあったのかなと思います。

谷田:田代さんが15年前から実践していたとは知りませんでした。

私は一生懸命、自分でも確定申告したり、間違えて怒られたりしていたので、いろいろと教えていただきたかったです。

(つづく)

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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