ロシアの独立系ジャーナリストたち ―国を出る人、留まる人
(新聞通信調査会発行の「メディア展望」4月号に掲載された筆者記事に補足しました。)
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昨年2月末のロシアによるウクライナ侵攻で始まったウクライナ戦争は、未だ終結のめどがみえない。ロシア国内では政府によるメディア統制が厳しくなるばかりだ。多くの独立系メディアが国外に出て活動を続けているが、国内で粘り強く報道するジャーナリストもいる。
3月6日、オーストリアの記者クラブ「プレスクラブ・コンコルディア」がトーク・イベント「亡命中及び国内にいる、ロシアの独立系ジャーナリストたち」を開催した。当事者たちの本音を紹介してみたい。
亡命メディアの課題とは
イベントの開催場所はプレスクラブ・コンコルディアのウィーン本部で、ストリーム配信もされた。
午前中のセッションで、ベルリン自由大学のリサーチャー、アンナ・リトビネンコ氏はロシア国外に出た15の独立系ロシア語メディアを「ジャーナリズム」と社会的・政治的変化を起こすための「運動(アクティビズム)」の度合いに応じて分けた図を見せた。
「ロシアでは権力から独立した報道を行うことが難しくなっている。このため、その活動がジャーナリズムよりも運動に近づく傾向がある」という。
国外で活動するメディアの課題として、「国内のオーディエンスにどうリーチするか」、「情報をどう検証するか」、国内に残って取材する「ジャーナリストの安全性確保や給与の支払いをどうするか」などを挙げた。
以前は国内で募るクラウドファンディングが可能だったが、組織が非合法化されるとこれができなくなり、外国からの支援に頼らざるを得ない。良い経営手法は確立されていないという。
存在しているだけで「奇跡」
次のセッションに登場したのは、ロシア語の独立系ニュースサイト大手「メドゥーサ」の最高経営責任者ガリーナ・ティムチェンコ氏。
ラトビアに拠点を置くメドゥーサは、今年に入って、ロシアの検察総長によって非合法で「望ましくない組織」と指定された。
ティムチェンコ氏は、「今私たちが存在しているだけで『奇跡だ』と思う」と語る。
2021年にロシア政府に「外国の代理人」(事実上の「スパイ」)と指定され、昨年2月には国内でのアクセスが封鎖された。しかし、封鎖を予期してこれを回避する仕組みを持つアプリを開発し、ロシア国内外で1500万人の読者を持つ。
ティムチェンコ氏は、国際会議の場で頻繁にこう聞かれるという。
「プーチン露政権を支持する国民の意見を変えることはできないのか」。ティムチェンコ氏によると、「できない。そうするだけのリソースがない。私たちができるのは読者に情報を与えることだ」。もし世論を変えるとしたら、読者を通じてしかないという。
メドゥーサはPDF版も発行しており、読者がこれをダウンロードし、印刷版を家族や友人・知人などに手渡すことで情報が広がることを期待する。ソーシャルメディアでの情報共有も奨励している。
ロシアの独立系テレビ
同じセッションに出たのが、ロシアの独立系テレビ「ドシチ(TV Rain)」(2010年開局)のティーホン・ジャトコ編集長。
昨年3月、ロシア政府はドシチがウクライナ侵攻について「偽情報」を流したとし、テレビ局を閉鎖させた。同年7月、ラトビアの首都リガを拠点に放送を再開した。しかし、12月、ラトビア当局から「親ロシア」と見なされて放送免許を取り消されてしまった。現在はオランダ・アムステルダムに拠点を移し、番組の配信を行っている。
ウクライナ戦争勃発直後、「欧州連合(EU)や米国から『ロシア軍の残虐行為をもっと見せるべきだ』」という声が強く出たという。そうすれば、ロシア国民は「目覚めるだろう」、と。
しかし、ジャドコ編集長は「過去20年間、政府のプロパガンダにさらされてきた国民の心を数か月で変えることはできない」という。
政権を礼賛するプロパガンダは「社会のすべての局面で行われており」、独立系メディアの存在は「ほんの一部を占めるに過ぎない」。
ドシチの核となる視聴者(月に約4500万人)に向けて質の高い報道を提供することを最優先事項としているが、次に重要視しているのが「プロガンダを信じる人と独立メディアを信じる人の間にいる国民」だという。
「自分の生活に手いっぱいの人々」だ。こういう層に「ウクライナ戦争は日々の自分の生活に直結している、つまり自分の問題としてとらえてもらうこと」に力を入れているという。
なぜロシアで報道を続けるのか
次のセッションに参加したジャーナリスト、イリナ・トゥマコヴァ氏は「なぜロシアに留まり続けるのか」を司会に聞かれた。
同氏は昨年3月末、ロシアでの活動停止を発表した独立系新聞「ノーバヤ・ガゼータ」及び新たに立ち上げられた報道組織「ノーバヤ・ガゼータ欧州」に原稿を書く。
ロシアから報道を続ける理由として、トゥマコヴァ氏は「犬をたくさん飼っているから」と答えて、会場の笑いを誘った。「それに私のために必要だからだ。眼前で起きている酷いことを自分で体験する必要がある。国民に話しかける必要がある」。
以前、海外からロシア国内に向けて原稿を書いていたことがあった。このとき、ロシア社会との「つながりを失った。何を聞くべきかが分からなくなった」。現場にいれば質問への答えを聞いて、「本音は何なのかを探ることができる」。
自分はジャーナリストだと最初に名乗れば、「警察に通報される恐れがある」ので、その場にいて何が起きているかに耳を傾ける。道端で野菜を売っている女性がいれば、近づいて野菜を買い、会話する。
「ジャーナリストとして質問していた時よりももっと多くのことが分かる」。
独立メディア「ブマガ」
サンクトペテルエルグを拠点としていた独立メディア「ブマガ(Bumaga)」のジャーナリスト、キリル・アルテメンコ氏は国外への移動について特に読者に伝えることはなかったという。
読者を置いて国外に出ることへの批判を懸念したのと、編集部全員が地元を離れるわけではないため、改めて宣言する必要を感じなかった。
それでも地元からの支持が高いメディアとして、昨年3月の国外脱出は「苦渋の選択」だった。
「読者からの反発はなかったのか」と司会者に聞かれ、アルテメンコ氏は会員制購読料を払う根強い読者がおり、反戦姿勢を維持するブマガへの激励がたくさん寄せられていると答えた。