政府の公式見解を尋ねたいー大麻が合法な国との関係
■はじめに
日本も批准している麻薬に関する単一条約(1961年)によると、大麻(マリファナ)の非医療的使用は地球上から根絶されることになっていた。
しかし、違法な大麻市場は、抑圧を目指す法律の下で繁栄し、危険な添加物によって大麻の効能を高め、とくに青少年をターゲットにした攻撃的マーケティングを強めてきた。他方で、大麻使用者の処罰によって薬物問題の解決を目指す懲罰的アプローチは、強烈な社会的反作用(烙印)があるにもかかわらず刑罰以外の治療的選択肢を閉ざしてきた。
このような負のスパイラルから抜け出す第一歩は、大麻に関する科学的で正確な知識を深めることである。
ある人にとっては、大麻は個人が政府の干渉を受けない自由、あるいは幸福を追求する自由を意味しても、ある人にとっては文化的恐怖や漠然とした社会不安を意味している。黒人や移民政策の問題が根底にあった国や時代もあれば、若者の反戦運動が問題になった時代もあった。
しかし、今では懲罰的アプローチの限界を見極め、他の方向に舵を切った国が増えてきた。
問題は、このような国に留学や旅行で行くと、どうしても大麻に接する機会が増えることである。大麻が合法化された国で、好奇心から大麻を譲り受けたり、みずからも大麻を吸引したりしたらどうなるのか。国民が逮捕や処罰に関するリスクを明確に意識して理性的に行動するためにも、大麻が合法な国との法的関係を整理しておくことは喫緊の課題である。
■世界の流れは大麻の規制緩和
欧米は、明らかに大麻に関する規制緩和の方向に流れている(麻薬単一条約は、大麻をもっとも危険な薬物である[付表Ⅳ]に分類していたが、2020年12月2日、国連麻薬委員会も大麻を[付表Ⅳ]から除外し、ワンランク下げることを決定した)。
カナダ(大麻の合法化と規制)は、2018年10月に大麻を原則合法化し、18歳以上の成人は、公共の場で大麻を最大30グラムまで所有ないしは共有することが可能であり、州の認可を受けた小売業者から大麻を購入すること、個人使用のために住居で最大4つの大麻株を栽培することなどが合法となっている(ただし、18歳未満の者への販売や提供は14年以下の自由刑)。
タイでも急速に合法化が進み、スーパーやコンビニで大麻を含んだドリンクが売られ、「大麻カフェ」が大盛況とのことである(大麻合法化に沸くタイ: 日本経済新聞)。さらに驚くべきことに、タイ政府は大麻草100万本を全土の世帯に無料で配布し、産業用に栽培を奨励している(CNN.co.jp : タイ政府、大麻草100万本を全土の世帯に無料配布)。
ヨーロッパでも規制緩和は進み、イギリスでは、少量の大麻所持または使用については、警察は口頭で「警告」を行うことがあるが、通常はそれ以上の法的措置は取られない。オーストリアでは、軽度の薬物犯に対して一時的な起訴停止が可能である。ポルトガルでは、少量の薬物を使用または所持している者を警察が発見した場合、処罰のためのルートとは異なった薬物依存防止委員会に送られる(European Monitoring Centre for Drugs and Drug Addiction:Cannabis legislation in Europe(2018)より)。
ドイツでは、1990年代初頭から薬物非犯罪化の兆しが認められる。連邦レベルでは、1992年に麻薬法が改正され、検察官には大麻所持でも不起訴にする裁量が与えられた。警察は、個人の少量の薬物所持には積極的な対応を控えている。連邦憲法裁判所は、1994年に少量の大麻を所持または輸入した場合の刑事罰は違憲であるとの判決を下している。「少量」の定義は各ラント(州)によって異なるが、6グラムから15グラムの範囲内で設定されている(NIAMH EASTWOOD, EDWARD FOX, ARI ROSMARIN:A Quiet Revolution - Decriminalisation Across the Globe(2016)より)。
このような傾向は、ヨーロッパ各国に広がっている(CNN.co.jp : 欧州で広がる大麻合法化の動き、マルタはEU初の法案成立へ[原文ママ])。
あらゆる面で日本にもっとも影響力の強いアメリカでも、大麻規制緩和の動きは急速に広がっている。2012年以来、19の州とワシントンDCは、21歳以上の成人に限定して大麻を合法化した。38の州とDCは、医療用大麻も合法化している。つまり、アメリカ人の大多数は、医学的または娯楽的に大麻を合法的に利用できる状態にある(States Where Marijuana Is Legal: Map)。
■大麻取締法の国外犯を処罰する規定
日本大使館のメッセージ
大麻が合法化された国の日本大使館では、日本人旅行者などに対して次のようなメッセージが流れている(太字は筆者)。
この2つのメッセージは、それぞれ表現は違うが、伝えていることは同じである。つまり、当地では大麻が合法化されてはいるが、日本では大麻取締法によって大麻の購入や所持などが処罰されている。しかも、この法律には国外犯に関する規定があって、大麻が合法な国での購入や所持などであっても処罰されることがある、という内容になっている。
問題は、「処罰されることがある」という曖昧な表現である。具体的に、どのような行為が(現地で合法であっても)大麻取締法で処罰されるのか、裏から言えば購入や所持をしても、処罰されないケースがあるのかどうか、あるとしてそれはどのような場合なのか。
「刑法2条の例による」の意味
■大麻取締法の国外犯規定
大麻取締法第24条の8には、「第24条、第24条の2、第24条の4、第24条の6及び前条の罪は、刑法第2条の例に従う。」という規定がある。国外犯規定と言われるのは、この刑法第2条のことである。同条は、「この法律は、日本国外において次に掲げる罪を犯したすべての者に適用する。」として、内乱や通貨偽造などの日本国の存立そのものを危うくするような重大な犯罪行為を対象犯罪に規定している。
大麻取締法もこの規定の例によるということだから、大麻の栽培や所持などの罪が国外で犯されたとしても、大麻取締法の適用が認められている。
ただし、注意しなければならないのは、刑法第2条は、その対象を内乱罪や通貨偽造罪、有価証券偽造罪など、国家の存立そのものを危うくするような重大な犯罪行為を対象としており、日本人であろうと外国人であろうと、また犯罪地がどこであろうと、海外でそのような重大犯罪を犯したすべての者に対して日本の刑法を適用するという規定である。ここでは日本の存立そのものを守ることが条文の根拠になっているので、このような考えは保護主義と呼ばれている。
ところが特別法の中には、大麻取締法と同じように、「~の罪は、刑法第2条の例に従う。」と規定したものが多く見られる(覚醒剤取締法やあへん法などの薬物犯罪に関する処罰法、航空機の強取等の処罰に関する法律[いわゆるハイジャック処罰法]など)。これらの法律が「刑法第2条の例に従う。」と規定しているのは、その犯罪が世界の多くの国家に共通する利益を侵害する犯罪(特に薬物犯罪や戦争犯罪、海賊やハイジャックなど)であるので、各国が協力してその処罰を確保することを目的としているからである。このような考え方は、世界主義と呼ばれている。
つまり、刑法2条は、保護主義と世界主義という2つの要請を含んでいるのである。
要するに、大麻取締法第24条の8は、平成3年に「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」が制定されたことに関連して、平成3年の改正によって追加された条文であり、日本に大麻が蔓延することを防止し、さらに薬物犯罪取締りについての国際協調などの必要性があって、海外での大麻所持その他の行為に罰則を適用する規定を置いているということになる。換言すれば、大麻取締法第24条の8に書かれている「刑法第2条の例に従う。」という趣旨は、大麻の取締りが国家を超えた共通の利益を有するので、日本は相手国と協調して大麻の取締りに当たるといういわば決意の表明なのである。
そうすると、カナダやタイなどのように、大麻が合法化された国や地域との関係では、大麻を禁止することについて日本と当該国との間で共通の利益が存在しなくなったということになる。そして、このことは個々の大麻事犯の解釈にも影響を与える。
■大麻を「みだりに」栽培したり、所持したりすることが犯罪
大麻取締法第24条の8が規定している犯罪は、大麻を「みだりに」栽培したり、所持したり、日本や外国に輸出入したりするなどの行為である。
「みだりに」とは、違法性を意味する言葉であり、日本国内であれば日本法に違反すること(正当な理由のないこと)であり、国外であれば、その行為が行われた国の法令に違反するとともに、その行為が日本で行われたとすれば、日本法にも違反するという意味である。
つまり、「みだりに」といえるためには、日本だけではなく、その国でも違法性を有し、処罰可能でなければならない(植村立郎「大麻取締法」注解特別刑法5-II医事・薬事編(2)[第2版]VII、97頁)。
したがって、ある国が大麻の栽培や購入、所持などを合法化した場合、その国の内部でそれらの行為が行われ、かつ完結しているならば、それらが日本から見て形式的に大麻取締法が規定している行為ではあっても、「みだりに」行われたものではないということになる。
このように解釈しないと、たとえばカナダやタイで合法な大麻ビジネスに携わっているカナダ人やタイ人が観光で日本にきた場合には、彼らは空港で逮捕されてしまうことになる。
理論的には、改正によって「すべての者の国外犯」を「国民の国外犯」(刑法第3条)に変更することは可能である。刑法第3条は、放火や殺人などの重大犯罪について日本国民が海外で行った場合であっても、日本刑法の適用を可能としている。大麻についてもこれと同じように考えることは可能であるが、そうすると現在海外で合法な大麻ビジネスに従事している日本人は帰国すると犯罪者となるので、彼らは一生涯日本に帰国することはできなくなる。したがってこのような改正もナンセンスである。
■「大麻使用罪」ができるとどうなるのか
現行の大麻取締法に「大麻使用罪」は存在しないが、将来かりに法改正が行われ「大麻使用罪」が創設されたとしても、以上の事情は変わらない。
薬物の「使用」とは、薬物をその用法に従って用いる一切の行為であり、大麻の場合は吸食行為(煙を吸引したり、口から体内に取り込んだりすること)である。
多幸感を生じさせる大麻の成分はTHCと呼ばれる物質であるが、これは使用頻度によって体内における残留期間に数日から数十日と幅がある。
たとえば、カナダを出国する直前にカナダで大麻入りクッキーを食した場合、帰国後に体内にTHCが残っている可能性は高い。THCは、血液や尿、唾液などから検出可能であるが、日本国内での検査で体内からTHCが検出されたとしても、それを(日本国内での)使用行為とすることは無理である。
■結論
1. 誤解のないように言えば、その国がいくら大麻を合法化したといっても、その国から日本に向けて大麻を発送したり、購入した大麻を日本に持ち込んだりした場合などは、犯罪行為が日本国内で行われているので国内犯であり、大麻取締法を適用することにまったく問題はない。
しかし、大麻を合法化した国で、現地の法律に従って合法に大麻を購入したり所持したりした場合には、大麻取締法の要件を満たしていないので、帰国後に大麻取締法で処罰されることはない。これが結論である。したがって、上記の大使館のメッセージは、誤っていることになる。
2. 刑事法は、国民に対して事前に処罰される行為の明確なイメージを提示しなければならないという罪刑法定主義の精神からすれば、大麻取締法の国外犯規定について、上のような曖昧な解釈のままで済ますことはできない。コロナ禍が収まれば海外旅行がまたブームになる。その時に無用の混乱が生じないよう、政府には公式の見解を尋ねたいと思うのである。(了)