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粛清を主導した北朝鮮の「軍師 官兵衛」死去! 金総書記の「影の参謀」だった!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
左3人の真ん中(メモをしている)が金京玉氏(朝鮮中央テレビから)

 金正恩(キム・ジョンウン)総書記の「影の参謀」と称されていた金京玉(キム・ギョンオク)前労働党組織指導部第一副部長が亡くなった。

 今朝の「朝鮮中央放送」によると、金正恩総書記は「我が革命武力を政治思想的に強化することに特出の貢献をした」金京玉氏の霊前に昨日、献花を送っていた。

 また、党の機関紙「労働新聞」(インターネット版)をみると、3面に写真入りで訃報記事が載っていた。党政治局員や政治局員候補でもないのにそれなりに紙面を割いていた。

 亡くなったのは1月11日で、病名は「癌性中毒」と報じられている。享年93歳で、ほぼ同じ頃に一線から退いた金永南(キム・ヨンナム)前最高人民会議常任委員長と同じ年だった。金京玉氏の年齢は韓国情報機関「国情院」も北朝鮮担当部署の「統一部」も最後の最後まで把握できなかった。

 「コリアウォッチャー」を自称している筆者も2018年3月18日付に「北朝鮮の『軍師 官兵衛』は誰?知られざる金正恩委員長の『影の参謀』」の見出しで金京玉氏を取り上げた際「80歳前後とみられるが、年齢は不詳」と書かざるを得なかった。思ったよりも年老いていたが、それよりも80代後半まで現役だったことに正直驚いた。

 北朝鮮は周知のように朝鮮労働党による一党独裁支配体制である。労働党の各部署の中で最も力のある部署は他ならぬ組織指導部である。かつてソ連など東欧共産党政権では組織指導部を牛耳る者が「次期後継者」と目されるぐらい党組織指導部は絶大な権力を手にしている。

 北朝鮮では実質的に権力No.2の座である組織指導部部長は金正日(キム・ジョンイル)前政権下で廃止されていた。一人独裁体制を維持するために部下に権力が集中するのを防ぐためだ。

 金正恩政権下でも2019年に職務を軽減し、権限を半減させ、復活させるまで長期にわたって不在だった。部長の役割を2~3人の第一副部長が分担し、担っていた。そして、そのトップが他ならぬ武力部門を担当した金京玉氏である。

 訃報記事には朝鮮戦争(1950-53)に従軍したことや「社会主義建設時期には朝鮮人民軍総政治局課長、同副部長、党中央委員会課長、同副部長として党と武力機関の重要な職責を歴任し、我が革命武力を政治思想的に強化することに貢献した」と紹介されていたが、組織指導部第一副部長に起用されたのは2008年、即ちこの年の夏に脳卒中で倒れた金正日前総書記が3男の正恩氏を内々に後継者に定めた年である。

 金正恩氏が党軍事副委員長として表舞台にデビューした2010年9月には金総書記の実妹、金慶喜(キム・ギョンヒ)党軽工業部長やその夫の張成沢(チャン・ソンテク)党行政部長、後に党序列NO.2にまで上り詰めた崔龍海(チェ・リョンヘ)現最高人民会議常任委員長らと共に金京玉氏は大将の階級を与えられ、党軍事委員にも抜擢されていた。

 なぜ、軍人でもない4人に「大将」の階級が授与されたのか不可解だったが、「金正日死去」後に謎が解けた。「労働新聞」によると、金前総書記は2011年12月17日に亡くなる直前の10月8日に「遺訓」(遺言)を残していたのである。

 「労働新聞」には「遺言」の中身については触れられてなかったが、後に「1年内に後継者の金正恩党軍事副委員長を最高指導者の地位に就け、党からは金慶喜、張成沢、崔龍海、そして金京玉の4人が補佐するよう命じていた」ことがわかった。人民軍大将の称号を与えたのは軍をしっかり掌握させるためだった。金前書記が1991年には党副部長に抜擢していた金京玉氏をいかに信頼していたかがわかる。

 「国情院」傘下の国家安保戦略研究院が2016年に発表した白書によると、金正恩政権発足から4年間で粛清、処刑された党・軍幹部の人数は133人(12年に3人、13年に約30人、14年に約40人、15年に約60人)に達する。

 その中には2013年当時軍No.1だった李英鎬(イ・ヨンホ)党中央軍事委委員会副委員長兼軍総参謀長、金総書記の叔父である張成沢国防副委員長、玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力相、「北朝鮮のゲシュタポ」と称されていた金元弘(キム・ウォンホン)国家保衛相ら「超大物」が含まれていた。

左の金京玉党第一副部長から粛清された金元弘国家保衛相
左の金京玉党第一副部長から粛清された金元弘国家保衛相

 いずれも野心を抱いたとか、政変を企てたとか、最高司令官の命に服従しなかったなどの理由で解任、処刑されている。まさに、これら一連の粛清を主導したのが党組織指導部で、その最高責任者が他ならぬ金京玉氏であった、

 金京玉氏は生涯を「党中央委員会顧問」で終えたが、浮き沈みの激しい北朝鮮にあって最後まで権力の座に留まっていられたのは金親子の信頼が厚かったからに他ならない。

 確か、2年前の建国74周年(2022年9月9日)記念式典に姿を現したのが最後となったが、金京玉氏は現役時代はめったに表舞台に出てこず、姿を現しても後方か、端の方に座っていた、

 訃報記事では「偉大な将軍様(金総書記を指す)の安寧と権威を保衛し、先軍革命領導を忠実に補佐した功労は首領決死護衛の前衛隊伍として威容を振るい、社会主義祖国を強固に守護した共和国武力の遺訓史に刻み込まれるであろう」と称えられていたが、権力基盤を強化するうえで決定的な役割を担ってきた北朝鮮きっての軍師,策士を失ったことは金総書記にとっては痛手であろう。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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