【時代が変わる―メディア】最古の日曜紙「オブザーバー」をスローニュースの新興サイトが買う?
「時代が変わっている」。
そんなことを日々、思うようになった。
気候温暖化は当初、「そんなことはない」と十分に真剣には受け止めてもらえなかった。しかし、今となってはこの現象を疑う人はほとんどいないだろう。
ほんの小さな小さな変化。でもこれが社会全体、大げさに言うと、地球全体での大きな変動に結びついている。
その小さな動きを記録していきたい。
みなさんにも、今後を考えるためのヒントになればと思う。
インターネットの普及
時代の変化の大きな要因は、1990年代半ば以降のインターネットの普及だろう。ネットによって何がどこまで変わったのか。すべてが変わったとも言えるだろう。
まずは、筆者が長年ウオッチングしてきた英メディア界を取り上げてみる。
英メディアがインターネットを取り込むようになったのは1990年代半ばだが、それ以降、様々な動きがあった。だが、ここに来て新たな局面に入ったように思う。
今回は、旧来のメディアである伝統的な新聞を新興デジタルメディアが買収する、という話である。旧来のメディアは消えないが、新たな担い手がその歴史を紡いでいく。新聞界の世代交代である。
日曜紙「オブザーバー」
英国の新聞は、発行の時間帯でいうと朝刊紙と夕刊紙に分かれ、頻度でいうと平日に発行される新聞と日曜日にのみ発行される日曜紙に分かれる。
「英国最古の日曜紙」と言われるのがオブザーバー紙だ。1791年12月、世界で初めての日曜紙として創刊された。
20世紀に入って、1948年から27年間も編集長を務めたのがデービッド・アスター。アスターの父は新聞の所有者でもあったが、父が高齢化したこともあって、息子たちは新聞を信託組織の所有にし、ジャーナリズムの独立性が維持されるようにした。
デービッドの采配の下、オブザーバーは信頼のおける新聞として名声を高めていく。寄稿者の一人は「1984年」などで著名になる作家ジョージ・オーウェルだった。
デービッドは編集者としては秀逸でも経営の才覚はそれほど強くなく、1960年代に入って日刊高級紙デイリー・テレグラフが日曜紙を創刊させ、ライバルのサンデー・タイムズが熾烈な販売競争を行うようになると、オブザーバーは苦境に追い込まれた。
1977年、オブザーバーは米石油会社に売却され、1981年には複合企業ロンロー社に買収された。
1993年、左派系日刊紙ガーディアンを発行するガーディアンメディグループ(GMG)の傘下に入った。オブザーバーの政治姿勢は左派リベラル系である。今ではガーディアンの日曜版的位置づけにある。
英国の新聞は部数が2ケタ台で落ちてきた
ネットの普及以来、英国の新聞発行部数は月間でもあるいは年間での比較でも、以前よりも二ケタ台で落ちてきた。ネットでニュースを読むことが習慣になってしまったのだから、この流れは止められない。
日曜日になると、保守系サンデー・タイムズやサンデー・テレグラフ、それにリベラル系オブザーバーを小売店に買いに行き、新聞を片手に抱えながら家に戻る。そんな光景がよく目されたものだった。
しかし、今やそんな牧歌的な時代は終わりを告げつつある。
ガーディアンとオブザーバーを運営するのがGMG社である。
ガーディアンはウェブサイト上の記事閲読を無料で提供してきた。会員になってもらう、寄付金を募るなどしてがんばってきた。オブザーバーのウェブ記事もガーディアンのサイトで読めるようになっている。
GMG社は、損失が重なるオブザーバーを売却することにした。2009年にも新聞ではなく、週刊誌に変えようとしたのが、反対運動があって、断念した経緯がある。オブザーバー紙は2021年以降発行部数を公表していないが、2021年時点では約13万6000部だった。今は10万部ほどに落ちているといわれている。
今回、買収に手を挙げたのが、新興のデジタルメディア「トータスメディア」である。
トータスメディアは2018年、元タイムズ紙の編集長だったジェームズ・ハーディング氏のアイデアが元になったニュースメディアだ。「トータス(カメ)」の名が示すように、「スローニュース」の掲載がうたい文句である。
トータスは今後5年間で2500万ポンド(約47億円)の投資を予定している。トータスによると、買収後は一貫して日曜日の印刷・発行を継続する。これにトータスが提供するポッドキャスト、ニュースレター、ライブのイベントなどを加えていく。
トータスの会長は米オバマ政権(2009-13年)時代に駐英米大使だったマシュー・バルザン。その設立には複数の投資者がいた。その一人が多国籍情報企業トムソン・ロイター社のデービッド・トムソン会長である。トムソン氏は英国のメディア王の一人で、タイムズとサンデータイムズ紙を所有していたロイ・トムソン氏の息子である。
トータスメディアの躍進
筆者は、タイムズの元編集長ハーディング氏が新たなメディアを作ると聞いて、注目していた。しかし、有料メンバーでないと読めない形になっていたし、高邁なジャーナリズムのために投資を呼びかけられても、当時は高額に思えて、「お金持ちの人用のメディアだ」、「道楽だな」と受け止めていた。
しかし、その後の数年間で、トータスはメディアの大物たちを支援者として、少しずつ調査報道の記事を繰り出し、ファンを作っていった。
現在までにポッドキャストシリーズ「Sweet Bobby 」、「Left to Die and Pig Iron」、「Londongrad 」を提供し、ニュースレター「Daily Sensemaker」でニュースの注目どころを紹介する。衛星放送のスカイニュースと協力して、国会議員への献金のデータをアーカイブした「The Westminster Accounts 」を作り上げた。
メンバーになるコーナーを今クリックしてみると、以下の会費になっていた。
30歳以下だと、1年間で60ポンド(約1万円)、あるいは月に5ポンド(約955円)。
通常のメンバーだと年に130ポンド(約24800円)、3カ月ごとに更新する場合は40ポンド(約7600円)。
この金額で何が得られるのかというと、ウェブサイトでの記事の購読、ニュースレターの受信、イベントへの参加ができる。これとは別に、トータスメディアはジャーナリズムを教えるセミナーも時折開催している。
また、ニュースの編集会議にも参加できる。
現在の感覚では、上記の金額は高いとは思えない。筆者はタイムズ紙の購読(デジタル版)に毎月26ポンド(約4900円)払っている。年間だと312ポンド(約5万9000円)である。
「高いと思わない」というのは、これも時代の流れである。
かつてはどのウェブサイトでもニュースは無料で読めた。お金を払ってニュースを読むなんて、論外だった。しかし今はそうではなくなったのである。
労組は買収反対
しかし、買収が100%確実になったわけではない。
19日、労組に加盟する250人のガーディアン及びオブザーバーのジャーナリストらが会合を持ち、トータスメディアへの売却に反対するという決議を出した。
オブザーバーで働く70人のスタッフの雇用維持が保証されていても、ガーディアンとは切り離された形のオブザーバーがどこまで続くかという不安があるようだ。
トータスメディアは今後3か月間の独占交渉権を持つが、必ず買収が成立するかどうかはわからない、とウェブサイト「プレスガゼット」が伝えている。