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家族の世話をしていること、誰にも話せない 「消えたい」中学生が見つけた解決の糸口 #今つらいあなたへ

関谷秀子精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)
(提供:イメージマート)

あなたは自分が「子ども」として、毎日生活できていると思いますか?

最近では家族の世話や家事をするために大人の役割を担わされ、子どもらしい生活ができない、「ヤングケアラー」といわれる子どもが増えています。家族の世話をする人が自分しかいないために、学校に通えなかったり、友だちと遊びに出かけられなかったりということはありませんか? 助けてくれる大人が身近にいないために、一人で重い責任を背負いこんで、どんなに辛くても我慢するしかないと思っていませんか? 自分の人生には希望がないから死ぬしかないと絶望していませんか?

今回は精神疾患の母親を一人で支え続けたA君のケースを通じて、解決の糸口は何か考えたいと思います。

「母親の病気のことは一切外で話さないように」誰にも相談できなかったA君

中学2年生のA君は地元の中学に進学したものの遅刻や早退が増え、次第に学校を休みがちになりました。最近になって「生きていても仕方がない。消えたい」と言うようになり、父親とクリニックにやってきました。

診察室に入ってきたA君はやせ型で青白い顔色をした男の子でした。私がどんなことで困っているかを尋ねると、しばらく沈黙していましたが、「できれば消えてしまいたい。生きていても辛いだけだから」とため息をつきました。そして「ここで話した話は親に全部伝えるんですか?」と尋ねてきました。「プライバシーの問題があるから、A君の許可を得ずに、話の内容を親に伝えることはしませんよ」と私は答えました。A君は少し安心したようでしたが、待合室の父親を気にして、小さな声で話し出しました。

A君の母親は、A君が小学校高学年の頃から精神状態が不安定になりました。周囲の人に対して疑り深くなり、泣いたり怒ったりするため入院をしましたが、薬を飲むことで症状は良くなりつつあったそうです。しかし担当医が高圧的だとして治療の途中で退院し、その後はどこにも通院していないとのことでした。父親は何度か通院を勧めましたが、強く拒否されただけではなく「私が嫌だと言っているのにそんなに勧めてくるなんて何か裏があるはずだ」と母親から攻撃されたため、すっかりあきらめて腫れ物に触るような対応をするようになったそうです。

そうこうしているうちに、母親の具合は段々悪くなっていきました。仕事に行った父親の携帯に何度も電話をして、電話が繋がらないと「会社に行っていないのではないか」と直接職場に確かめに行くようになりました。父親は「仕事が手につかない。会社をクビになるかもしれないな」とA君に漏らしたそうです。A君は父親が仕事をクビにならないように何とかして母親を落ち着かせなければと考えるようになりました。

A君は「母親の病気のことは一切外で話さないように」と父親から言われていたため、誰かに相談するという考えはまったく頭に浮かびませんでした。父親は母親が病気になってからは親戚付き合いもやめてしまったため、身近に頼れる人もいませんでした。

「最初は親のために学校を休んでいたけれど、だんだん学校に行きたくなくなってきた」

A君は父親が仕事に行っている間、母親の相手をするために遅刻や早退を繰り返すようになりました。そして母親の代わりに食事作りや洗濯などの家事を行っていましたが、次第に学校を欠席することが多くなっていきました。

「最初は親のために学校を休んでいたけれど、だんだん学校に行きたくなくなってきた。誰にも母親のことは話せないから取り繕っていないとならない。友達とは生きている世界が違うから、学校に行くとかえって辛くなってしまって……」とA君は語りました。

父親は初めのうちは「学校はどうした?」とA君に尋ねていましたが、「学校はつまらないし勉強は家でできるから」とA君が答えているうちに、「Aがそう言うなら」と学校の話をしなくなり、家事や母親の相手を全面的にA君に任せるようになったそうです。

母親はA君が家に居て自分の相手をしていることで精神的に落ち着きを取り戻していったように見えたそうです。父親は嬉しそうな様子で「Aのおかげで仕事を辞めなくて済むよ」とA君に伝えました。

しかしそれは長くは続きませんでした。だんだん母親のA君に対する依存がひどくなり、日中はA君の部屋にしょっちゅう入ってくるようになりました。文句を言ってはいけない、なんとか我慢しなければ、と母親を慰めたり励ましたりしていたA君ですが、さすがに疲れ果て「ちょっと一人で休みたいから後にしてほしい」と言うと母親は「私がこんなに辛いのに」と怒り出したり、「Aがそんなことを言うならもう私は死にたい」と泣き出したりするようになったそうです。A君は自分の発言のせいで母親に「死にたい」と言われたことから罪悪感を抱き「自分が我慢できないと母親が死んでしまうかもしれない。せっかく安心している父親を悲しませたくもないからもっと頑張らないといけない。でもこの先ずっとこんな生活が続くと思うと……消えてしまいたい……」と涙を流しました。私にはA君の辛い気持ちがひしひしと伝わってきました。

「消えたい」気持ちには家庭内の問題が関係している

私はA君に対してまず、誰にも相談できずに今まで一人で頑張ってきた大変さを労いました。そして母親の精神状態は治療により改善する可能性があるので、治療につなげる必要があるが、それを具体的にどのように行うのかは必要な援助を受けながら相談していこうと伝えました。そして父親にA君の今の本当の気持ちを伝えてA君が中学生として生活が送れるように一緒に相談していく必要があることも伝えました。何回か話しているうちにA君はそれらについて私から父親に話をすることを了承しました。

私は父親に、A君の今の「消えたい」という訴えの背景には、病気の母親の世話をはじめとした家庭内の問題が関係しているであろうことを伝えました。

父親は「Aが家に居て母親の世話をしてくれると私は仕事に行けるし、母親もそれなりに落ち着いていたので……もともと強い子だから、Aなら大丈夫だろうと思ってあまり深く考えていなかった。そこまで追い詰められているとは気づかなかった」と涙を浮かべました。

なお、母親の受診については父親とA君だけでは解決が難しいため、精神保健福祉士らが介入し、以前入院していた病院と連絡をとりあい、母親の抵抗感が少ない、近所のメンタルクリニックを受診するように段取りました。さまざまな細かい配慮をし、母親は通院を開始。その後、クリニックでの投薬治療により母親の精神状態は改善し、家事などのサポートを得ながらA君は登校を開始しました。父親はA君がスクールカウンセラーと話ができるようにするために今までの家庭内の状況を担任に話をして学校からの理解も得ることにしました。時間はかかりましたが、A君は徐々に元気を取り戻していきました。

一人の大人に相談してだめでも、他の大人に相談してほしい

家族のために子どもが親の手伝いをすることはもちろん大切なことでしょう。しかし、それが生活のほとんどを占めてしまい、子どもとして発達していくことを阻むのであればどうにかしなければなりません。自分自身を作り上げていくための大切な発達の機会を失ってしまうと、その後もさまざまな面であなたは大きな苦労を背負うことになるのです。

ヤングケアラーを取り巻く環境や状況はさまざまです。幸いA君はクリニックにやってきて相談することができ、A君を取り巻く家庭内の問題は解決方向に向かうことができました。しかし状況が複雑ですぐに解決に至らないケースもたくさんあります。けれどもまずは誰かに相談するところから解決への一歩が始まります。

「相談してもどうにもならない」「信頼できる大人はどうせいない」「他人に迷惑をかけることはできない」「家族のことは家庭の中だけで解決しなければならない」など色々な気持ちや考えが頭をよぎるでしょうが、一旦それを横に置いてください。誰かに助けを求めることは申し訳ないことでも恥ずかしいことでもなく、核家族化が進んだ現代ではお互いが助け合う必要があるのです。

もしかすると、勇気を出して相談したのに話を聞いてもらえなかった、助けてもらえなかった、ということもあるかもしれません。その大人が、具体的にどうしてよいかわからず、支援につながる行動ができなかった可能性があります。しかし、最近では「ヤングケアラー」の問題が広く知られるようになり、支援を行うことができる専門家や専門機関が増えています。

もし一人の大人に相談してみてだめだったとしても、どうかあきらめず、他の大人に相談してください。

*ヤングケアラ―とは:

法令上の定義はありませんが、一般に、本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子どもとされています。(厚生労働省:ヤングケアラーについて)

*ヤングケアラーの相談窓口、当事者の交流会等の情報:「厚生労働省:ヤングケアラーについて」 

*ヤングケアラーを含む心の悩みの相談窓口:「文部科学省:子供のSOSの相談窓口」 

*厚生労働省特設ホームページ:「子どもが子どもでいられる街に。~みんなでヤングケアラーを支える社会を目指して~」 

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)

法政大学現代福祉学部教授・初台クリニック医師。前関東中央病院精神科部長。日本精神神経学会精神科専門医・指導医、日本精神分析学会認定精神療法医・スーパーバイザー。児童青年精神医学、精神分析的発達心理学を専門としている。児童思春期の精神科医療に長年従事しており、精神分析的精神療法、親ガイダンス、などを行っている。著書『不登校、うつ状態、発達障害 思春期に心が折れた時親がすべきこと』(中公新書ラクレ)

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